第18話:なにか引っかかる

 岸野が、俺がピンクのリボンに気づいたかどうかわからなくて寂しかったなんて話をした。その話を聞いて、俺はなにか引っかかるものを感じた。


 ──ん?


 その瞬間、バイトの最中に何度も岸野の後姿が目に入ったシーンが、まるでフラッシュバックするかのように俺の頭に浮かんだ。


 ──そうだ。


 何度も何度も、岸野は俺に後頭部を見せていた。

 そしてそこには、岸野のポニーテールとピンクのリボン。

 もしかして、あれはわざと俺にリボンを見せようとしてたのか?


 あ、いや。

 今岸野が言ってることは、あくまで夢の中のことだ。だから現実で岸野がした行動と結び付けて考えるなんてナンセンス。

 現実世界の姫騎士さまは、別に俺に見せるためにリボンをつけてきたわけじゃないだろし。


 あ……


 ここまで考えて、急に更衣室での二人の会話を思い出した。

 あの時加納はこう言っていた。


『そのリボンって、やっぱ例のに見せたくて学校に付けてきたんでしょ?』


 今の岸野の話からすると、加納が言ってた例の彼って……まさか俺かっ!!??

 いやいやいや。ないだろ、ないだろ、ないだろ。


 でも待てよ……

 そう言えばその『例の彼』は、巨乳の女の子といつも仲良くしてるって加納が言ってたな。

 俺がいつも仲良くしている蓮華寺あおいは巨乳だ。


 だから今目の前の岸野が言ったことと、現実でのできごとが辻褄が合う……

 まさかこの夢の中の岸野の言うことは単なる俺の妄想ではなくて、現実の岸野の意思を反映してるとしたら?

 そして俺が夢の中でピンクのリボンが良いって言ったら、岸野は実際にピンクのリボンをしてきた。

 夢の中の俺の言葉が、現実の岸野にちゃんと伝わってるとしたら?


 ──ということは、いったいどういうことだ?

 ちょっと整理して考えよう。


 例えば、俺と岸野の夢が繋がっていて、夢の中で実際に会ってるとか?


 いやいや。

 そんな突拍子もないことがあるわけがないな、あはは。

 まあでもそんなことがあるなら、SFとしては確かに面白い。


 もちろんそんな漫画みたいなことが起こるわけはない。

 それは俺もわかってる。


 だけど──


 遊び心って言うか。

 ホントに俺と岸野の夢が繋がっているか、ちょっと試してみたくなった。


「ピンクのリボンはちゃんと気づいてたよ。すっごく可愛かった」

「えーっ! ありがとう勇士くん!」


 姫騎士さまは頬をピンクに染めて喜んでる。

 もじもじして腰を左右にフリフリするもんだから、制服のチェックスカートが揺れてこれまた可愛い。


「でもさ、ピンクはこの前付けてくれたからさ。魔法少女のコスプレでは、違う色のリボンを付けた姫の姿が見たいな」

「違う色……? 何色がいいの?」

「そうだなぁ……」


 タブレットの画面を一生懸命思い出せ。

 あの10色の中で、選ばれる確率が低そうな色はどれだ?


「バイオレット色かな」

「バイオレット?」

「うん。爽やかな色だし、姫の可愛いさを引き出してくれると思う」

「えっ? んもうっ、勇士くんったらっ!」


 岸野は顔を真っ赤にしてうつむいた。熟れたトマトみたいってやつだ。

 そしてなんと、岸野は人差し指で俺の二の腕をツンツン突いてくる。

 普段の凛とした岸野だったら、まったく考えられないデレデレなリアクションだ。

 めっちゃ可愛いぞ。


 でもまあ俺も、よくそんな恥ずかしいセリフが言えたものだ。いくら夢とはいうものの、ちょっと自分を褒めてあげたい。


 ところでバイオレットは紫だけど、赤や青、白、緑、黄色といった他の色に比べて、選ばれる確率は低いように思う。


 さらに紫と言えば言葉としてはパープルの方がメジャーで思い浮かびやすい気がする。

 パープルは赤みがかった紫で、バイオレットは青みがかった紫。いわゆるスミレ色だ。


 岸野がチョイスする可能性が低そうということで、俺はバイオレットを選んだわけだ。

 けれども、たまたま岸野がバイオレットが好きだという可能性もある。だから俺は、保険をかけることにした。


「それと、バイオレットはさ。成功を呼び寄せる色だって言われてるんだ。だからコスプレイベントでお客さんをたくさん呼び寄せて、成功を呼び寄せる効果があるかなって思ってさ」


 そんな効果は、今俺が適当に考えたことだ。

 実際にはそんなことは言われてはいない。


 もしも夢の中で俺の言ったことが本当にリアルの岸野に伝わっているなら、岸野はバイオレットのリボンを選ぶはずだ。

 そしてなぜそれを選んだかと訊けば、岸野は俺が可愛いといったから、なんて恥ずかしい理由は答えるはずがない。それよりも、今俺が説明したいい加減な理由を口にするだろう。


 もしもそんなことが起きたら、俺と姫騎士さまは、本当に夢の中で繋がっているという証拠になる。


「へぇ、そっかぁ。わかった。じゃあコスプレは魔法少女にして、リボンはバイオレットにするよ」

「うん、いいね!」

「勇士くんに、私の可愛い姿を見せつけちゃうぞぉー」

「おお、見せつけちゃってくれ!」


 こんなバカップルみたいな会話をしている最中にはっと目が覚めた。


 ああっ、くそっ!

 夢の中で岸野の可愛い魔法少女コスプレを見れるかと期待してたのに。期待外れに終わっちゃったよ。


 窓からは朝日が差し込んでいる。もう朝か。


 現実に戻ると、急激に恥ずかしさがこみあげてくる。

 岸野に可愛いだとか、あんな恥ずかしいことよく言えるよな。

 やっぱ夢だからだな。

 現実では到底無理だ。


 しかも俺、なんかわけのわからないこと考えて、実験をしようとしていたな。

 俺の夢と岸野の夢が繋がってるかどうか、試してみるだって? 

 アホだな、俺。

 夢の中だから、あんな発想になったんだな、きっと。


 まあホントに夢同士が繋がってるなんてことはあり得ないし。


 俺はそう思って、学校に行く準備をすることにした。

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