第16話:今でも可愛いのに、もっと可愛くなっちゃうなぁー!
俺は、岸野が衣装を決めるのを固唾を飲んで待った。
しかしまず最初に好きな衣装を決めたのは加納だった。
「あ、私これにしますぅー!」
加納はタブレット端末の画面を親父の方に向けて、写真を指で指し示した。
俺も横からその画面を覗き込む。
そこには、緑色のロングツインテールのウィッグに、大きなネクタイ付きの派手なミニスカートの衣装を着ている写真があった。
これは──いわゆるボーカロイドアイドル。
「おっ、可愛いじゃないか。澄香ちゃんにはきっと似合うよ。今でも可愛いのに、もっと可愛くなっちゃうなぁー!」
「えーっ!? マスターお上手ですねぇー! じゃあ私、やっぱこれにけってーい!」
「よし決定だな!」
親父のヤツ。
スケベ親父丸出しじゃないか。
よくこんな親父で、息子である俺が真面目に真っ当に育ったもんだ。これぞ奇跡ってヤツだな。
「ねぇねぇ、姫ちゃんはどれにする?」
「えっと、私は……」
加納が差し出したタブレットを受け取って、岸野は画面を指先でスクロールする。
そして岸野はパッとスクロールを止めて、画面をじっと見つめた。
彼女はテーブルの向こう側に座ってるから、画面は逆だし遠くてよくわからない。だから俺は席から立ち上がって、姫騎士さまが座る横に立って画面を見た。
タブレットの画面に写っていたのは──
なんとも可愛い魔法少女の衣装。
岸野ってこういうのが好きなのか?
いや、まさかな。
「へぇ、可愛いじゃん、それ! ねえ国定はどう思う?」
「えっ?」
加納がいきなり俺に振ってきた。
「あ、そうだね。それ可愛いな」
その写真のモデルは少し童顔で、にっこりと笑っている。それが魔法少女のコスチュームとぴったりマッチしてて、余計に可愛く見える。
ふむふむ。
モデルは黄色のリボンを髪に付けてるけど、リボンの色は10色から選べるのか。
なるほど。
──なんてどうでもいいことに感心していたら、突然加納が嬉しそうに言った。
「じゃあ姫ちゃん、それにしたら?」
姫騎士さまが──魔法少女?
そう考えた瞬間、頭の中に魔法少女姿の岸野がぽわんと思い浮かんだ。しかもそれは夢の中に出てくるデレモードの岸野。
あ、やべ。
めっちゃかわゆい。
「えっと……でも……私には似合わないだろ」
「そんなことないって。姫ちゃんがそのカッコしたら、めっちゃ可愛いよ。ねえ、国定もそう思わない?」
「えっ? あ、ああ。そう思う」
俺は本心からそう思う。
整った美人の岸野が可愛いカッコをしたら、きっと可愛いに違いない。
そんな姿をぜひ見てみたい。
うん、ぜひぜひ見てみたい。
「でしょー! ほら姫ちゃん。国定だってそう言ってるし、これにしようよー」
「でもこれは、さすがに恥ずかしすぎる……」
やっぱそうだよな。
あの正義感あふれる凛々しい姫騎士さまからしたら、魔法少女なんて可愛いキャラはやりたくないんだろう。
岸野は戸惑った表情で、横目でチラと俺を見た。
ああこれは、きっと俺に助けを求めてるんだ。
「あ、でも。岸野はやっぱ、姫騎士さまのコスプレの方が似合うかもなぁ」
岸野に助け舟を出すつもりでそう言ったのに。
俺の言葉を聞いた姫騎士さまは、さっと顔色が変わった。
「やっぱりこんな女の子っぽい可愛い姿は、私には似合わない……ってことかな?」
──あれっ?
助けるつもりが、俺、もしかして地雷を踏んだ?
岸野のこめかみがピクピクしてる。
やっべ、めっちゃ怒ってる?
「あ、いや。そうじゃなくてさ。やっぱ岸野には姫騎士さまが、より一層似合うなぁ……という意味です」
あ。
岸野の視線の圧に負けて、つい敬語になっちまった。
「ふーん……」
岸野は訝しげな表情でまたタブレットを触り、女騎士のコスプレを表示して見始めた。
これはこれで、やはり岸野のイメージに合ってて悪くはないと思う。
しかし岸野は、また魔法少女の写真を出して食い入るように見つめてる。
それから姫騎士さまは「ふぅー」っとため息をついた。
悩んでいる……のかな?
「あのさ、岸野。魔法少女も可愛いと思うよ……あはは」
俺の言葉に姫騎士さまは、少し訝しげな眼で俺を見る。
どうしたらいいんだよ、俺。
めっちゃヤバくないか?
俺が困っていたら、様子を見ていた親父が横から口を挟んでくれた。
「まあまあ姫ちゃん。別に今決めなくてもいいよ。2~3日考えても間に合うからさ。またゆっくり考えて決めてくれよ」
「あ、はいマスター。わかりました」
一瞬、ホッとしたような表情を浮かべた岸野はコクンとうなずいた。
それを見て俺もホッとした。
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