第14話:グーッジョブだっ!

 神社に着いた私は、お賽銭を投げ込み、拝殿に向かって大きく2回お辞儀をする。

 そして柏手かしわでを2回打った。

 さらに1回お辞儀。


 そう。神式にのっとって、2れい、2拍手はくしゅ、1れいをしっかりと行う。

 これが神様への礼儀だ。

 そして私は神様への感謝の言葉を口にした。


武甕槌大神タケミカヅチノカミさま! グーッジョブだっ!」


 ──あ、いや、間違えた。


 いかんいかん。あまりに嬉しくてテンションが上がり過ぎて、変なノリになってしまった。もう一度やり直し。


武甕槌大神タケミカヅチノカミさま、ありがとうございます。これからも私をお見守りください」


 その時急に風が吹いて、私の長い黒髪がふわりと舞い上がる。

 なんだか神様に頭を撫でられたような気がした。


 そして境内の木々がざわざわと葉の音を立てる。

 神様が私に、がんばれよと言っているように感じる。

 いや、きっとそうだ。

 武甕槌大神タケミカヅチノカミさまは、私を応援してくれているに違いない。


 そう言えば──とふと気づく。


 ここ二日ほどは国定くんの夢を見なかった。

 現実世界で国定くんと接する機会ができるから、もう夢の中での訓練は必要ないってことかな?


 国定くんに素直に自分の気持ちを伝えるのは、夢の中じゃなくて、現実世界でがんばれという神様の思し召しだろうか。


 だけどなかなかそう簡単にはいかない。

 昨日は色々あったけど、国定くんも親切に教えてくれたおかげで、仕事のことなんかは素直に訊けるようにはなった。


 けれども自分の国定くんへの気持ちを素直に伝えるなんて……


 ──ああ、無理無理無理!


 だってピンクのリボンを国定くんに見てもらいたいと思ったけど、「このリボンどう?」のたったひと言が出ないんだから。

 彼を好きな気持ちを言葉にするなんて、完全に絶対に間違いなく無理だ。


 だけどせっかくのリボンを見てもらいたくて、バイト中に後頭部を国定くんに見えるように、ついつい挙動不審な動きをしてしまった私。

 国定くんはポニーテールのピンクリボンを見てくれたのだろうか。

 もし見てくれたとしたら、どう思ったんだろうか。


『姫。可愛いよ』


 ──きゃーぁっっっ!


 もしもそんなこと言われたら死ぬ。

 死ぬ。絶対に死ぬ。

 尊死間違いなし。

 ああ……ドキドキする。


 あ、──私ってバカ?

 完全に妄想が膨らんでる。


 ちょっと落ち着こうよ私。

 ここはまだ焦らないでおこう。

 まずは日々の彼とのコミュニケーションを大事にして、徐々に慣れていこう。

 自分の気持ちを伝えるのはそれから。


 そういうふうに考えた。

 参拝を済ませた私は、その足でバイト先のカフェJKに向かった。





◆◇◆◇◆

〈勇士side〉


「「え~っ!? コスプレイベント!?」」


 ほら、やっぱりな。

 まだバイト2日目の二人にいきなりそれを言ったら、絶対に引かれるぞって親父に言ったのに。


 親父のヤツ、能天気に「大丈夫、大丈夫!」だなんて高をくくっていやがった。

 そして出勤してきた二人にいきなりそれを言った結果がこれだ。


 しかし岸野と加納の二人はセリフは同じだが、表情をよくよく見るとその意味合いは違うようだ。


 加納は目をランランと輝かせて、楽しそうに笑っている。

 コスプレイベントをめっちゃ喜んでいるなコイツ。


 そして一方の姫騎士さまは、引きつった顔で眉をしかめている。

 きっとコスプレイベントのことを、なにか汚らわしいものとでも思っているんだろう。


 実はウチのカフェでは、1年前から毎月一回コスプレイベントをしている。

 男女ともスタッフが、その日は1日中コスプレをして接客をするのだ。

 それが今月は再来週の日曜日にある。


 親父が最初にこれをやると言い出した時に俺は親父にこう言った。


「いかがわしい店じゃないんだから、コスプレってどうなんだよ?」


 すると親父は即座に反論してきた。


「バカ野郎。ハロウィンはいかがわしいイベントか? 当店には毎月ハロウィンがやって来る。そう思え、勇士」


 まあ親父の言うことも、一理はないこともない。

 そう思って渋々始めたコスプレイベントなのだが。


 やってみるとこれが案外楽しい。

 普段の自分と違う自分の姿になれるのも楽しいし、なにより常連のお客さんが喜んでくれるのが嬉しい。

 その証拠に、イベントの日は毎回、店は満員大盛況になる。


 そしてバイトスタッフの女の子の可愛い姿を見れることも……あ、いや。コホンコホン。

 それは一旦、横に置いておくとしよう。


 俺はウチのような店がコスプレイベントをする意味合いや、案外楽しいんだということを岸野と加納に説明をした。

 すると姫騎士さまもわかってくれたようで、「やります」と快く承諾してくれた。


 俺は、店としてちゃんとイベントができるということにホッとしたと同時に──

 あの姫騎士さまのコスプレが拝める!

 なんて好奇心全開になったことは……姫騎士さまには内緒だ。


 そしてその日の仕事が終わった後に、具体的にどんなコスプレをするのか打ち合わせをすると親父が言って、まずは一旦仕事に入った。



***


「姫ちゃんも澄香ちゃんもお疲れ様。じゃあ再来週のイベントの打ち合わせをしようか」


 1日の営業が終わった。

 客席テーブルの一つに親父と俺が横に並んで座り、向かい側に岸野と加納が座って、4人でコスプレイベントの打ち合わせを始めた。

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