第13話:なぜか彼女の動きには無駄が多い
お客さんにお詫びにスイーツをプレゼントするという親父のアイデアのおかげで、店内はすぐに平静を取り戻した。
そしてそれからしばらく岸野の動きを見守っていたが、その後は落ち着いたみたいで、特に大した問題もなくウエイトレスの仕事をこなしている。
しかしなんというか……
確かに特に大した問題はないんだけど。
なんか動きに無駄が多いというか。
岸野は女子剣道部の主将を務めるくらいだし、昨年2年生で県大会優勝までしている人物だ。
運動神経もいいはずだし、無駄のない身のこなしとかできるはずだと思っていた。
事実、普段の教室での彼女の動きは、隙のない美しい所作をしている。
しかし今、目の前の岸野はなぜか動きがぎごちない。
俺が思っているよりも、コイツは不器用なんだろうか?
例えば店内からキッチンに向かう時でも、なぜか一旦立ち止まって身体の向きを変えてからもう一度歩きだすとか。
俺に何か訊きたくて近づいて来た時も、なにか背中の方が気になるのか、一旦向こうを向いてからまた俺の方を向くとか。
その度に岸野の後ろ姿が見えて、髪に結ばれたピンクのリボンが目に入る。
そう言えば……
さっき更衣室で、岸野と加納がなにかリボンの話をしてたよな。
あれっ? なんだったっけ?
あの後バタバタしてたし、忘れてしまった。
「おい勇士。本日のパスタ、あがったぞ」
「あ、了解」
親父が声をかけてきたせいで、俺はそれ以上リボンのことについて考えるのをやめた。 注文品を客席に運ぶのが先決だ。
そんなこんなで忙しく仕事をこなしているうちに、俺はリボンのことなんか完全に頭から抜けてしまった。
*****
「2人ともお疲れさん! 初日なのに色々あってすまなかったね」
バイト終わりの時間が来て、親父が岸野と加納に声をかけた。
「2人とも慣れないことで疲れたろ。今日は帰ったらゆっくり休んでな。また明日よろしく」
「はい、ありがとうございます」
「わかりましたぁ〜」
岸野と加納が口々に答えてから、2人は帰って行った。
彼女たちは俺と同じく、土日限定のアルバイトだ。
だから明日の日曜日もバイトにやってくる。
最初更衣室のところで岸野を見た時には、ちゃんと一緒にバイトをやっていけるかと不安に思ったけど。
姫騎士さまは案外素直だし、徐々に慣れてもきた。これならなんとかやっていけそうだ。
まあよくよく考えたら、岸野だって何もないのに四六時中怒っているわけじゃない。弱い者いじめとか何か理不尽なことが起きた時に、その怖さを発揮するだけだ。
とはいうものの、正義感が強くて凛としたあの態度は──
そう。言うなれば、まるで警察官を前にしているかのような緊張感がある。
「姫騎士さまの前では悪いことをしないように気をつけなきゃな」
俺は思わずそう呟いてから、いや別に岸野の前以外でも悪いことなんてしないけどな、と思い直した。
◆◇◆◇◆
〈姫騎士side〉
今は日曜日の朝だ。
昨日、生まれて初めてアルバイトに行った。
そこがなんと国定くんの実家が経営するお店だっただなんて。
更衣室の中で国定くんの声が聞こえてきた時にはびっくりし過ぎて、ひっくり返るかと思った。
この偶然はきっと、あの神社の武道の神様『
夢の中で国定くんと関わる訓練をさせてくださっただけではなく、リアル世界でも彼と接する機会を作ってくださったのだ。
なんてありがたい神様。
この前、顏に竹刀を打ち込んでやるなんて言った私をどうかお許しくださいませ。
今回、最初に澄香ちゃんから一緒にバイトに行こうって誘われた時には気が乗らなかった。
今までしたことがないから、怖気づいたっていうのが正直なところだった。
だけど私ももう高校3年生だし、このまま卒業までバイト経験がないよりも、社会勉強としてやってみようかと思い直した。
だけど来月には剣道の県大会があるから、それが終わってからとも考えた。
けれども澄香ちゃんがこう言った。
「すっごく衣装が可愛いカフェのバイトがあってさ。たまたま今新しいバイト募集をしてるんだよぉ。人気のバイト先だから、この機会を逃したらもうそこには行けなくなるよ。だからさ、一緒に行こうよぉ」
澄香ちゃんが熱心に誘ってくれたのもある。
そして可愛い衣装という言葉に心惹かれたのも確か。
私だってもっと女の子らしく、可愛い姿を見せることができるんだ。
そう思いたかった。
だから私は今回バイトを始める決心をしたわけだけど。
そのバイト先のカフェが国定くんのところで、しかも彼もそこでバイトをしているなんて。
それに気づいた時には心臓が止まるほど驚いたけど、なんとかかんとかギリギリ平静を装った。
でもこんなのラッキー過ぎて、もうどうしたらいいのでしょうかって感じ。
さらに言えば──
カフェの制服を着た国定くんが、めったやたらとカッコ良かった。
執事服のような、きりりとした国定くんのお姿。
そんなありがたいものを拝めるなんて。
これ、なに特典ですかと神様に訊きたいくらいです。
変なお客さんのせいで、大変な目には遭ってしまったけど……
可愛いねなんて言われて気持ち悪い思いをしていたら、国定くんはニコリと笑って励ましてくれたし。
お尻を触られた時は──あれは今思い出しても、身の毛もよだつくらい気持ち悪いけど──だけど私が怒りに震えて動揺していたら。
そう。そこに颯爽と現れた国定くんは、名前の勇士のように、まるで勇者のようだった。あまりにカッコよくて眩しくて、キラキラと後光が差して見えた。
ああ、あんなにカッコいい国定くんを目にすることができたなんて、これを眼福といわずしてなにを眼福というのだろう。
だから私は澄香ちゃんに、声を大にして言いたい。
「澄香ちゃん! グーーーッジョブだっ!」
そうだ。『
そう思いついて、私は今日のバイトに行く前に、町外れにあるいつもの神社に向かった。
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