第12話:許せない客

 俺が笑顔で姫騎士さまを励ましたら、岸野が珍しく丁寧な口調で返事をしながら、一瞬ニヘラと笑ったように見えた。


 ──いや、気のせいだな。


 あの凛とした姫騎士さまが、こんなやり取りでニヘラ笑いをするはずもない。

 でもまあ岸野ががんばるって言ってるんだ。しばらく気をつけて、様子を見ることにしよう。




 しばらくするとさっきの小太りの男性客がピラフを追加注文した。岸野は落ち着いて注文を取っている。

 そして注文のピラフを客のテーブルに置く時も落ち着いた様子で、なんの問題もなかった。


 姫騎士さまも少しは慣れてきたようで良かった。

 しかし岸野がテーブルから立ち去ろうとその男性客に背中を向けた瞬間、彼女は肩をすくめて飛び上がった。


「ひゃんっ!」


 ん? なんだ?


「貴様、何をするんだっ?」


 姫騎士さまは男性客の方を振り返ってる。

 何かが起こってるようだ。

 俺はすぐに、早足で岸野が彼女がいる席に向かう。


「今、私のお尻を触っただろ」

「はあ? なんのことだ?」


 なんだってぇ!?

 お尻を触った?

 痴漢行為じゃないか!


 だけど小太り野郎は、すっとぼけた顔をしてやがる。

 岸野はさっきと違って、今回は本気で怒っているようだ。

 眉間にしわを寄せて鋭い目つきで男を睨んでいる。

 岸野の横まで来て、俺も男性客を睨みつけた。


「ちょっとアンタ! 女の子のお尻を触るなんて、犯罪行為だろ!」

「はあ? この子の勘違いじゃないの?」


 男はニヤニヤしてる。

 コイツ、明らかに怪しい。


「いいや、勘違いなんかじゃない。当たる程度じゃなくて、はっきりわかるくらい触られた」

「知らんなぁ。被害妄想じゃないの?」

「なんだって……?」


 はぁっ?

 コイツ、あくまでもすっとぼけるつもりか?


 姫騎士さまは真っ赤な顔で眉間に皺を寄せて、唇をプルプルとふるわせている。

 何かを言いたげだけど言葉が出ない様子だ。


 いつもは他の子のために怒りを表す姫騎士さまだけど、今回は自分のこと。

 しかもお尻を触られている。

 あまりの怒りと恥ずかしさで動揺して、さすがの姫騎士さまも言葉にならないんだ。

 これは俺がしっかりとしなきゃいけない。


 そしてあの凛とした姫騎士さまがこんなに動揺することをした男に、怒りがこみ上げる。


「とぼけるなっ! この人はそんないい加減なことを言う人じゃない! 真面目で正義感にあふれた人なんだ! お前、本当にお尻を触ったんだろ!」


 俺はあまりに腹が立って、店内にも関わらず思わず声を荒げてしまった。周りがざわざわとしだす。

 俺の一喝に小太り男は急に焦った顔になって、オドオドし始めた。


「いや、あの……そんなこと言うなら、じゃあ俺が触ったっていう証拠を出してくださいよ……」

「はぁ? なんだって?」


 俺がさらに男を睨んだら、コイツ目を逸らしやがった。間違いなくクロだ。


「私、見たよ。コイツ、姫ちゃんのお尻を触ってた!」


 いつの間にか近くに来ていた加納も援護射撃してくれた。ありがたい。

 男はさらに慌てた顔になってキョドってる。


「いや、おんなじ従業員の証言なんて、嘘かもしんないじゃん……」


 なんて往生際の悪いヤツだ。

 許せん。


「わかったよ。アンタそこまでシラを切るなら、店内の監視カメラをチェックしてくるから待ってろ」

「えっ……監視カメラ? いや、あの……僕……」


 男はオロオロして急に立ち上がり、出入り口に向かって脱兎のごとく走り出した。

 俺は男の背中に向けて、大声を出した。


「こら待て! 逃げる気かっ! 天誅をくだしてやるっ!!」


 いつもの姫騎士さまの口癖を真似て、天誅なんて言葉がつい口から出た。

 そして俺が追いかけようとしたら、突然後ろから腕をつかまれた。振り返ると親父だ。


「勇士、あいつはもうほっとけ。それよりも……」


 親父はそう言うと、店内をぐるっと見回して他のお客さん達に向かって話し始めた。


「皆さま、お騒がせしまして大変申し訳ございません。お聞きのとおり、スタッフの女の子に痴漢行為をする輩がおりましたので、お引き取りいただきました」


 店内のお客さん達はみんな黙って、深々と頭を下げる親父を見ている。


「あの男が悪いとは言え、大きな声を出して皆さまに不快な思いをさせてしまったのは大変申し訳なく思います。ですのでお詫びとして、皆さま全員におひとつずつ、お好きなスイーツを差し上げます! 今からご希望を伺いにスタッフがテーブルを回りますので、ご遠慮なくお申し付けください」


 親父の言葉に、店内からは拍手が巻き起こり、お客さんの声が飛び交った。


「おおーっ! さすがだマスター!」

「いいねー! マスターおっとこ前~!」

「このお店のそういうとこ、好きだよー」


 さすが親父だ。

 俺は目の前のことで一杯いっぱいになってたけど、親父はちゃんと他のお客さんに気を配ってる。


「息子さんも身体を張って女の子を助けるなんて、カッコ良かったぞー!」


 ──あ、褒められた。照れる。


「ありがとうございます」


 照れ臭くて仕方ないけど、声をかけてくれたお客さんに会釈した。


「国定くん、ありがとう」


 姫騎士さまは、剣道の開始のように背筋を伸ばして腰を折り、俺に向かって礼をした。


「あ、ところでお客さまがた。さっき息子が監視カメラなんて言いましたけど、あれは痴漢男の嘘を封じ込めるためのブラフですから、実際には店内に監視カメラはありません。安心してお過ごしくださいね」


 そう。親父の言うとおり、さっきのアレはとっさに思いついたブラフだ。


「国定くん。そうなのか?」


 岸野が驚いた顔をしたから、俺は「そうだよ」と笑って、舌をペロリと出した。

 すると姫騎士さまは感心したようにうなずいた後、口に手を当ててクスクスと笑う。


 あ。

 岸野って、こんなに可愛く笑うんだ。

 こんな姿、初めて見た。


「国定くん、そこまでしてくれて本当にありがとう。さすが肝が据わってる」


 肝が据わってる?

 相変わらず姫騎士さまの言葉遣いは、なんとなく騎士っぽいな。

 だけど俺なんて、全然肝は据わってないないけど。


「さあ、君たち。いつまでもおしゃべりしてないで、お客さまにお好みのスイーツを訊いて回ってくれないか?」

「あっ、そうだよな」


 親父の言葉で、俺と岸野と加納の三人はお客さんにスイーツの注文を聞いて回った。

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