第11話:俺が教育係?
***
男性スタッフの服装は白いワイシャツにグレーのベスト、黒の上着の執事服っぽいスタイル。
スタッフ衣装が執事とメイドなのは、完全に親父の趣味だ。
最初は「おいおいおい、大げさすぎないか?」と思ったものの、これがお客さんのウケが良くて、実は当店の売りのひとつになってたりする。
ちなみにウチのカフェの店名は『
メイド服姿の女の子がいるカフェJK。
ヤバくないかっ!?
いや、JKってのは親父の名前、
それにしたって知らない人が聞いたら、いかがわしい店だと思うだろ。
まあそれはさておき、俺は執事服のような制服に着替えて、店内に入っていった。
ウチのカフェはウッディな内装で、落ち着いたシックな感じ。
そして大手チェーン店とは違い、ウエイター、ウエイトレスがテーブルで注文を取って飲食物をテーブルまで配膳する、昔ながらの喫茶店スタイル。
自家焙煎のコーヒーやパンケーキが売りの、オーソドックスなカフェではあるのだが。
駅に近いことと、そして可愛い女性スタッフが多いと評判の店なのだ。
可愛い女の子のバイトを確保するのはなかなか大変なんだけど、制服が可愛いことが功を奏して、今まで割と可愛い女の子がバイトに来てくれている。
「おお勇士来たか」
「ああゴメン、遅くなって」
親父が俺を見て、声をかけてきた。
父の目の前には岸野と加納が立っている。
「今聞いたんだけど、この子たちお前の同級生なんだって? びっくりしたぞ」
「ああそうだよ。親父、バイトの採用する時に履歴書くらい見たんだろ? 俺とおんなじ高校で同学年だって、わかってなかったのかよ?」
「ああ。履歴書なんて、ろくすっぽ見てないからなぁ。この子たちあまりに可愛いから、履歴書なんてみないうちに採用を決めちゃったよ。あっはっは」
あっはっはじゃねぇよ。
スケベ親父丸出しじゃねぇか。
同級生女子の前で自分の親父のスケベさを出されるなんて、恥ずかしすぎて死にそうだ。
これはいったいなんの公開処刑ですか?
「じゃあ勇士。お前がこの二人に仕事を教えてやってくれ」
「えっ……俺が教育係? えっと……まあ、いいけど」
岸野はきりっとした顔で俺に「よろしくお願いするよ」と、丁寧に頭を下げた。
加納は「よろしくね」とニコリと笑った。
加納はともかくとして、姫騎士さまに仕事を教えるなんて前途多難な気しかしない。
それから俺は2人に、注文の取り方やメニューの内容など、基本的な業務をレクチャーした。
さすがに姫騎士さまに仕事を教えるのは最初は緊張したが、素直に俺の説明を聞いてくれるから、俺も教えることに徐々に慣れてきた。
加納は過去にファミレスでバイト経験があるらしく、悠然とした顔で話を聞いてたから大丈夫そうだ。
岸野はバイト経験皆無でちょっと心配なのだけれども、本人はキリッとした顔で「心配するな、大丈夫だ」と言った。
単なる強がりなのか自信があるのか。
それはわからないけど、まあ本人が大丈夫だと言ってるんだから様子を見ようかと考えた。
──と思っていたら。
姫騎士さまは、早速失敗してしまった。
男性の一人客にホットコーヒーを持って行って、テーブルに置く時にカップを倒してこぼしてしまったのだ。
「ああ、お客さま! 大変申し訳ございません!」
幸いこぼれたコーヒーがお客さんにかかることはなかったけど、テーブルの上に茶色の液体が広がっている。
岸野は大慌てで客に頭を下げて謝っている。
俺はダスタークロスを手にして、急いでそのテーブルに向かった。
「お客さま。大変失礼いたしました。衣服の方にはかかっていませんか?」
俺はお客さんに頭を下げて、テーブルの上を素早く拭き取る。
「あ、ああ。だ、大丈夫ですよ」
ちょっと小太りでやや年配のその男性客は、なぜか俺から目をそらしてうなずいた。
「く、国定くん……申し訳ない」
岸野は視線をキョトキョトとさまよわせながら、情けない八の字眉になっている。
こんなにおろおろする岸野は初めて見た。
さすがの姫騎士さまも、慣れないバイトではこんな感じになるんだな。
「岸野さん。ここは俺がやるから、急いで代わりのコーヒーをお待ちして」
「うん、わかった」
岸野が慌ててキッチンに戻るのを見届けて、俺はもう一度お客さんに頭を下げた。
「大変申し訳ございませんでした。すぐに代わりのコーヒーをお持ちしますので、しばらくお待ちください」
「あ、うん」
俺がキッチンに戻ると、加納が岸野に声をかけていた。
「姫ちゃん大丈夫?」
「あ、うん。やっちゃったな……」
姫騎士さまはそれでも背筋をぴんと伸ばして、凛とした態度を崩さないけれど……
さすがに引きつった青い顔をしている。きっと心の中では落ち込んでいるんだろう。
ちょっと気の毒だ。
「岸野さんは大丈夫? やけどはない?」
「えっ? あ、それは大丈夫だ」
「そっか。それは良かった」
とにかく岸野にケガがなくてホッとした。
「でも運動神経がいい姫ちゃんがあんな失敗するなんて珍しいね。緊張しちゃった?」
「実は……コーヒーをテーブルに置く時、お客さんが顔を近づけて『キミ綺麗だね』なんて言うから……びっくりしたんだ」
そうなのか!?
この店は可愛い女の子見たさに来てくれるお客さんも多いから、可愛いって言われるのは無くもない話だけど……顔を近づけて言われるなんて驚くよな。
それにあの小太りの年配男、スケベそうな感じだから岸野も余計に気持ち悪かったんだろう。
でも岸野はいつもの感じで「天誅が下りますよ!」とは、やらなかった。
さすがにバイトで、客にいきなりそんな態度を取るようなことはせずに我慢したんだよな。
「姫ちゃん、真面目だからなぁ。私、前のファミレスでもそんなこと何度もあったよ。慣れたら『ありがとーございまーす』って言っときゃいいんだよー」
「そ、そっか。あ……あれくらい、気にしちゃ……ダメなんだよね」
「そうそう。綺麗だねくらいだったら、別に酷いことを言ってるわけじゃないからさぁ」
「うん、わかってる。これくらいのことは我慢だ」
岸野は気丈に振る舞ってるけど……
普段あれだけ正義感が強い岸野だし、ホントはかなり怒ってるんじゃないか?
「あの……岸野さん。ホントに大丈夫? 嫌な思いをしたんなら、俺がお客さんに注意するよ」
「あ、大丈夫だよ国定くん。これしきのことでは私は負けない!」
これしきって……
なんとなく姫騎士さまっぽい表現というか。
岸野はちょっと無理してる感じもあるけど、キリッとした表情を作って、がんばろうとしてる。
姫騎士さまは強い女性だ。
だから俺なんかがそんなことを言わなくても、きっと自分の気力と能力で乗り越えていけるんだろう。
けれどもなんと言うか──そんな頑張り屋の姫騎士さまを応援したくなった。
「わかったよ。もしもこれ以上不快なことを言われたりとか、我慢できないことがあったら遠慮しないで俺に言ってよ岸野さん。それにあんな客ばかりじゃないからね。あんなのは滅多にいないんだから」
そう言って俺は、岸野に笑いかけた。
がんばろうとしている姫騎士さまは、いつものおっかない感じではない。
だから俺は、心からの自然な笑顔を岸野に向けられたと思う。
「はい、わかりました」
──ん?
一瞬、俺には岸野が珍しく丁寧な口調で返事をしながら、ニヘラと笑ったように見えた。
夢の中ならともかく、現実の姫騎士さまがそんな表情をするなんて考えられない。
だから俺は、きっと見間違いなのだろうと思った。
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