第9話:新しいバイトの子

◆◇◆◇◆

〈勇士side〉


 その日は土曜日だった。

 ランチタイムに合わせて、11時頃から親父のカフェにバイトに向かう。

 向かうって言っても、自宅のすぐ裏手がカフェなんだけど。


 裏口から店に入って更衣室に行くと、入口のドアノブに赤いマークが出ていた。中から鍵が閉まっている。


 誰かが着替え中なのだろう。

 そう思って、ドアの前でしばらく待つことにした。

 するとドアの向こうから、女の子の声が聞こえてきた。


「──でさあ姫ちゃん。そのリボンって、やっぱ例のに見せたくて学校に付けてきたんでしょ?」


 姫ちゃん? リボン?

 そう言えば、この声は同じクラスの加納によく似てる。そう、岸野と仲が良くて同じ女子剣道部員の加納かのう 澄香すみか



 彼女は岸野とは正反対の性格で、割とフレンドリーなタイプだ。さすがにあおいには負けるけど。


 まさか新しく入るバイトって、岸野と加納の2人か?

 うっげぇ!

 加納はともかく、姫騎士さまがウチのバイトに来るなんて、ヤバすぎだろっ!?


「えっ? な、なにかな、例の彼って? 澄香ちゃんの言うことがぜんぜんわからないんだが」


 ──ん?

 これは岸野の声だ。


 そしてなんとっ!

 姫騎士さまには好きな男がいるのか!?

 嘘だろっ?


 いや……姫騎士さまはとぼけているけど今の二人の会話からしたら、そんな感じだぞ?

 もしそうなら、これは──すっげぇスクープじゃないか!


「こらこら、姫ちゃん。今さら私に隠してどうすんの? ちゃーんとわかってるんだから。だって姫ちゃんは彼のこと、大好きだもんねぇ」

「か、香澄ちゃんは、いったいなにを言ってるのかな。違うぞ」


 それにしても岸野って、仲の良い友達同士だったら割と柔らかな喋り方をするんだ。姫騎士さまの柔らかな話し方なんて初めて聞いた。


 あ、そう言えば初めてでもないか。夢の中ではもっとフレンドリーでデレデレな姫騎士さまの声を何度も聴いてるな。


 いやいや。いったいなにを言ってんだ俺は。

 夢の中のできごとを現実に当てはめてどうすんだって。


「じゃあ嫌いなの?」

「いやだから嫌いじゃない。だけど……まあ、ついつい見てしまうってだけだね」

「そういうのを好きって言うんじゃない?」


 うおっ!

 やっぱ岸野には好きな人がいるんだ!!

 あの凛々しい美少女が好きになる男って、いったいどんなヤツなんだ?

 きっとさぞかしイケメンでカッコいい男なんだろうなぁ。どんなヤツなのか見てみたい。


 だけどあんなに凛々しくて怖い女子と、ちゃんと付き合えるのかその男は?

 よっぽどしっかりした男じゃなきゃ難しそうだよなぁ。

 ちょっとその男が気の毒に思えてきたよ、かわいそうに。


「え? そう……かな? あ、いや。別に違うと思う」

「わかったわかった。ふふふ」

「なにかな……その笑い?」

「べつにぃ……でも姫ちゃん。早く素直にならないと、あの子に彼を持ってかれちゃうよ」

「あの子……?」

「そう、あの子。姫ちゃんもわかるでしょ?」


 なぁーにぃーっ!

 岸野が好きな相手の男は、他の女子にも好かれてるってことか?

 その男、めっちゃモテモテなヤツじゃん!

 いったい誰なんだよそいつは?

 おんなじクラスのヤツか?


 そいつ、殴ってやりたい。

 いや、絶対に殴ってやる。


 でも同じクラスに、そんなモテそうな男いたっけか……?


「あのおっぱいが大きい子?」

「そうよ。あの悪の巨乳女よ! あの子、彼といつも仲良くしてるからね」


 なるほどっ!

 正義の姫騎士さまの恋敵は、悪の巨乳女なのだな!


 ──って、悪の巨乳女っていったい誰なんだよ!?


 巨乳で、かつそんな性格の悪そうな女の子なんていたか?

 誰なのか思い浮かばない。

 それにしても加納のヤツ、たいがい口が悪いな。

 まあふざけた口調だから、真剣に言ってるわけじゃなさそうだけど。


 それにしても、姫騎士さまのどえらい秘密を聞いてしまった。

 岸野は一番の親友の加納にすら、その男のことを好きと明言はしていない。

 ということは、他の連中は誰も、岸野に好きな男がいるなんて知らない可能性が高い。

 俺もそんな噂すら聞いたことがないし。


 だからもしも姫騎士さまに好きな男がいるなんてことがクラスで知れたら、めちゃくちゃ話題になるだろう。

 誰なのか突き止めて、みんなに教えてやりたい気持ちがふつふつと湧いてくる……


「ほらぁ姫ちゃん。早く着替えてよ。私はもう着替え終わったよ」

「あ、澄香ちゃん。もうすぐだから、ちょっと待って」


 ──あ、やべ。


 もうすぐ着替え終わったら、二人は更衣室のドアを開けて出てくる。

 ドアの目の前に俺が突っ立っていたら、さっきまでの会話を盗み聞きしていたのがバレてしまう。


 もちろんたまたま聞こえてきただけであって、決して盗み聞きをしようと思ってしたわけじゃない。

 だけど誰もそんなことは言い訳だと思って信じてくれまい。


 エライことだ。

 早くこの場から立ち去らないといけない。


 そう思って俺は踵を返そうとした。

 しかし焦ってしまって、スニーカーのつま先が床に引っかかって態勢を崩してしまう。


 ──どんっ!


 つい目の前にある更衣室のドアに手をついてしまった。


「えっ? なに? なんの音?」


 更衣室の中から加納が驚く声が響いた。

 俺は全身から血の気がさぁーっと引くのを感じた。

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