第7話:幼馴染・蓮華寺 あおい

 顔を上げると予想どおりあおいが近づいてきていた。岸野の横をすり抜けるように追い抜いて、俺の目の前まで来る。


 すぐ目の前に立ったあおいは、クリっとした目を細めて満面の笑顔。朝っぱらから元気なヤツだ。

 席に座ったままの俺は、あおいを見上げるような形になる。

 コイツはEカップだかなんだか知らんが胸がおっきいから、目の前には大きな丘があって、その向こうに笑顔があるように見える。


 栗色のショートヘアが似合う可愛いヤツなんだが…… 

 コイツとは小学生から一緒だから、親友って感じだ。それはきっとあおいも同じで、お互いに友達感覚。


 めんどくさいヤツが来たなんて言ったけど、別に本気でめんどくさいって思ってるわけじゃない。

 お互いにディスるようなことも平気で言い合える仲とでも言おうか。腐れ縁の悪友って感じだ。


「どした?」

「今日のガッコ帰りに服買いに行きたいんだけど」

「ああ、勝手に行けよ」

「ちょっとぉー ゆーじ、冷たくない? お買い物、付き合ってよぉー」


 周りの目も気にせずに、あおいはあっけらかんとしてる。そんなあおいの向こう側に立つ岸野がこっちをキッと睨んでいる。

 しかし突然くるっと踵を返して、自分の席の方に戻って行った。


 うっわ、なんか知らんけど、岸野はめっちゃ不機嫌な顔してねぇか?

 負けず嫌いなヤツだからあおいに追い抜かれたのが、気に障ったのか?


「ねぇ、ちょっとゆーじぃ! 聞いてんのぉ!?」


 こらこらあおい。

 文句を言いながら上半身を揺らすな。

 バストがゆさゆさ揺れるのが気になるじゃないか。


「お、おう。聞いてるぞ」

「じゃあいいよね。お買い物付き合ってくれる?」

「ああ、わかったわかった」


 俺は離れて行く姫騎士さまの後ろ姿が気になって、ちょっと上の空であおいに答えた。


 岸野が不機嫌になっているのは、あおいに追い抜かれたからか?

 それともさっき俺がじっと見ていたからか?


 いやいや。落ち着いてよくよく考えたら、顔を見たなんて、怒ってくるほどの案件じゃないな。ガン飛ばしやがってとか、ヤンキーじゃあるまいし。


 と言うことは、岸野がこっちに向かって来たのは、もしかして俺に何か用があったのか? しかし彼女が俺に用事があるなんて、特に心当たりもない。

 俺に用事がないなら、あおいが先に俺に声をかけてきたのも、別に岸野の邪魔をしたことにはならない。


 ならばなぜ姫騎士さまは不機嫌になったのか?

 理由が思いつかない。


 ということは──単なる思い過ごしということだな。そうに違いない。そういうことにしておこう。 


 俺は、岸野が不機嫌な表情になった理由を考えることはやめにした。

 そして離れていった岸野の方をふと見ると、また黒崎が千原に変なちょっかいを出したみたいで、黒崎に向かって怒ってる。


「黒崎! 千原さんに謝れ! 天誅が下るぞっ!」


 うーん……姫騎士さまは、いつも以上に厳しい顔をしてるな。やっぱ今日はだいぶん不機嫌みたいだ。

 黒崎のヤツかわいそうに。ビビりまくって、また逃げ出したよ。


 俺はそんな光景を遠くから、ただ眺めていた。


***


 俺は中学の時は剣道部だった。


 中2の時には県大会で優勝するところまで行ったんだが、3年の県大会中に肩にケガをしてそれを機に引退した。

 そのケガが無ければ中3でも俺は優勝候補筆頭と呼ばれていたのだが、それももう遠い過去の栄光ってやつだ。


 そしてそのケガの影響で肩に強い痛みが残り、まともに剣道ができなくなった。だから高校では部活には入らなかった。ずっと帰宅部だ。


 ウチの高校は市内で一番大きな駅が最寄り駅で、駅前にはそこそこ大きな商業ビルもある。

 実は父親が経営しているカフェがその駅の近くにあって、俺の家はそのカフェの裏手にある一戸建て。つまり高校へは徒歩通学をしてるってわけ。 


 幼馴染のあおいも帰宅部だし家も近所だから、一緒に下校することも多い。

 あおいが「買い物に付き合え」と言う時はだいたい駅前近辺なんで、わざわざ一緒にお買い物に行くって言うより、まあ家に帰る途中にちょいと立ち寄るって感じだ。


「ねぇゆーじぃ。これとこれ、どっちがい~い?」


 あおいがTシャツを買いたいと言って、俺たちは駅前商店街にあるガールズファッションの店に来ている。

 店頭に置かれた中から、あおいがグリーンと黄色のTシャツを選んで、広げて俺に見せた。


「ん~……どっちでもいいんじゃね?」

「んもう、ゆーじ、テキトーすぎっ! ちゃんと見てよ!」

「あ、いや。テキトーじゃねぇって。あおいならどっちでも可愛いって言いたかったんだよ」

「おおーっ……」

「なんだよ、おおー、って?」

「さすがゆーじ様、わかっていらっしゃるぅー!」

「だろ?」

「うん。じゃあやっぱあたしが好きなグリーンにしよっかな」


 あおいはくりっとした目を細めて、ニヘラと笑ってる。

 コイツは結構可愛いし明るいし、学校でも人気者だ。

 だから俺の言ったことは、決してテキトーに言ったのではない。コイツなら、どっちの色だって似合うのだ。


 うん、そうだ。

 断じて、テキトーに言ったのではない!


「でもさ、あおい」

「んー? なに?」

「ぶっちゃけ俺は、ファッションを見る目には自信がない。女友達とか、もっとファッションに詳しいヤツに見てもらった方がいいんじゃないの?」

「いいんだよ。ファッションに詳しいとかより、ぱっと見て可愛いと思えるかどうかの方が大事だかんね」


 あおいはグリーンのTシャツを手の中に残して、黄色い方を陳列棚に戻している。


「それならさ。いつまでも俺に選ばせるより、お前もいい加減彼氏でも作ったらどうなんだ?」

「彼氏を作る?」

「そうだ」

「彼氏ってどうやって作るん? 製造方法を教えてちょ」

「アホか。人造人間と違うっちゅうに!」

「あははー! てか、ゆーじ、マジ顔しないでよー 怖いって」

「マジ顔なんてしてねぇし」


 俺は高校に進学してからは、割と大人しめに日々過ごしている。

 だからあんまり友達が多いわけじゃないけど、あおいとだけはこうやって腹を割ったバカ話をできる。


 そういう意味ではありがたい存在だし、俺は心の中ではあおいに感謝している。

 コイツはすぐに付け上がるから、口には出さないけど。


「どう? 似合うかな?」


 あおいは制服のブレザーの上から、グリーンのTシャツを身体の前に当てている。

 豊満な胸のところがこんもりと盛り上がってて、思わずそこに目が行った。


「お、おう。似合うんじゃないか」

「ゆーじ、目がやらしいし」

「や、やらしくなんかねぇし」

「うぷぷ。ごまかすなごまかすな」

「ごまかしてなんかねぇし」

「まぁ、いっけどねぇ。溜まってんじゃない? 抜いてあげよっか?」

「こらあおい。そういうことは彼氏以外には言うな。お前の女としての品格が下がるぞ」

「大丈夫。ゆーじ以外にはこんなこと言わないから。あたしガッコでは案外、清楚で純情派で通ってるんだかんね」

「うそつけ」

「マジだし」


 ──ん?


 俺が『彼氏以外にそういうことは言うな』って言って、あおいは『ゆーじ以外には言わない』って答えて?

 文脈おかしくないか?


 俺がきょとんとしていると、あおいはそのままパタパタとレジの方に向かって行った。


 ──あいつ、相変わらずスカート短すぎだろ。


 あおいの後姿を見て、俺はそんなことを思っていた。

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