教室中にひびわたる私の高貴ボイス。

 吉田くんが口を半開きにしたままこちらを見ている。

 佳代まではとまめでつぽうらったような顔で聞いてくる。

「咲、なにそのかつこう

「なにってほら、小学校の時、ピアノの発表会で着たやつ。……ですのよ。おーほっほっほっ」

 今日持ってきた大荷物はえ用のしようだ。

 今の私は貴族のおじようさま、マリーなのである。

 オフホワイトのタイツに、ダークブルーのドレス。上がきゅっとまっていて、スカートはふんわりと広がっている。少しサイズがきつくなっているが、まあ問題ない。

 勝算はある。

 最初は断られるかもしれないし、時間がかかるかもしれない。それでも、私は吉田くんを手に入れるのだ。余計なじやでも入らない限り。


「さて庶民。今日はお話があって参りましたの」

 佳代はすわったままぼけっとしている。あれ?

「そこの庶民B。どうしたの、のってのって」

「ちょま、なんなのこれ」

 理由説明しないとだめなのか。

「ちょっと待ってね」

 吉田くんに一声かけて、佳代とひそひそ話。

(素で告るとか絶対無理じゃん? だから役に入ってみることにしたんだよ)

 佳代がちらっと吉田くんを見る。

(そう、頑張ってるね。それで、その口調はなんなのよ、咲)

(咲じゃなくてマリー。ワタクシは中世ヨーロッパとかのほら、いいかんじのおじよう様なの)

(知らんがな)

 佳代が冷たい。

「吉田くん、お待たせ」

 いやな顔もせず待っていてくれた吉田くんに向き直る。

 よっしゃ、言ったる。

 好きです、とずばっと告げるのだ。

 届け、私のおもい!

 

「吉田くんって庶民っぽい顔してるよね」

 ……言えなかった。

 しかも何をくちばしってんだ。

 でも、流れ的に私が好意を持っていることぐらいは伝わっているかも?

「ごめん、どういう意味?」

 ツタワッテナイ。まあそうだよね。

 ちょっと相棒、なんとかして。

「庶民B、吉田くんに解説お願い」

「腹立つな、その呼び方。自分でがんばれ」

 佳代の肩をゆする。

「むーりー。もういっぱいいっぱい。タスケテ」

「分かった、分かったから。初めからそう言え」

 佳代はうなじをかりかりいて、顔を吉田くんに向ける。

「えーと吉田くん。こちらのマリー嬢が、吉田くんとお付き合いしたいとおおせです。あれね、男女交際的な意味で」

 私の目をまっすぐ見る吉田くん。

 ひるまずにらみ返すマリー。

「ちょっと咲、じゃなくてマリーなんだっけ? 目つき悪いよ。がお!」

 立ってるだけでやっとなんだって。顔の表情までエネルギーがまわらない。足ぷるぷるしてるし。

「ええと、マリー? さん?」

 おお、吉田くんのってくれた。やさしい。

「はい」

「本当にぼくと――」

「うわあああぁっ! やっぱり嫌だよね、私と付き合うのなんか!」

 さけぶ私。

「いや、そうじゃなくて」

 困った顔で笑う吉田くん。う。これやっぱダメっぽい気がする。OKの返事が期待できない以上、ここはてつ退たいあるのみ。

「じゃ、じゃあ庶民たち! このへんでばいばい! ですわ!」

「ちょっと咲!」

「マリーさん!」

 二人を置いたままダッシュ。

 吉田くん、ちゃんとマリーって呼んでくれてありがとう。

 さっき入ってきた教室の後ろのドアを抜けて廊下へ出た。

「咲もふざけてるわけじゃなくて、あれでもしんけんなんだよ」

 佳代がフォローしてくれている声が教室から聞こえる。


 廊下のかべに、体を預けた。

 マリーの衣装がしまわれていたバッグに目をる。足はまだふるえているが、どうにか姿勢を保つ。 

 人のいなくなった通路。

 薄い緑色のリノリウムががまっすぐに伸びている。


 その廊下にひかえめな足音がひびく。

 マリーが出てきた教室の後ろのドアとは反対、前のドアにがらひとかげが浮かぶ。

 教室の前のドアがからからと静かに開き、おとなしそうな女の子が教室に入る。

 サイズの合わないぶかぶかの白衣、顔全面をおおくしかねない大きな丸眼鏡。かみはバサバサで手には理科の教科書を持ったちびっこ。

「はじめまして、吉田くん。まどと言います。昨日の竹下くんとの話はわたしも聞いちゃったの」

 この展開は予想していなかったのか、ふたりとも言葉をなくしている。

「吉田くん、わたしもあなたのことが好き」

 うつむいたまま、そう言ってのけた。

 眼鏡むすめを真剣に見つめる吉田くん。

「わたし、色気なんて全然ないんだけど。もし本当に吉田くんが変な子が好きだったら、わたしでももしかしたらって……」

 小さな声をさらにもう一段トーンを落とし、消え入るように続ける。

「吉田くん、わたしと付き合って下さい」

 両手で理科の教科書を持ったまま、頭をこれでもかと下げて、その姿勢で固まった。

 吉田くんも佳代もだまって見守る。


 だんっ!

 マリーの足がせいだいに教室のゆかみつける。

「急に出てきてなんなのこの女はっ!」

「あれ、マリーまだいたの。いなくなったのかと思った」

 佳代がマリーの存在に気付く。

「いるわよっ! で、どうなの?」

 吉田くんをにらみつける。

「どうって?」

「この窓井とかいう女と付き合うの?」

 多少無理があるのは分かっているけど、勢いだけでる。

「吉田くん。やっぱりわたしじゃだめなの?」

 窓井も引かない。

「そんなことないよ」

「そんなことないってどういうこと! 庶民、はっきりしなさいよ!」

「吉田くんがマリーさんと付き合うと言うのであれば、わたしも潔くあきらめます。わたしかマリーさん、どちらかを選んで下さい」

「さあ庶民、せんたくを!」

 混乱気味の佳代が吉田くんの答えを待つ。

「どちらかなんて選べない」

 ダメかー。

 そうとする私の手を吉田くんがつかむ。

「そうじゃなくて。あのさ、二人とも僕と付き合ってよ」

 佳代がぶはっ、として大口を開けて笑う。

「やるなあ、吉田くん。おもしろいけど、それだと話がまとまらなくない? ふたまたになっちゃう」

 私は持っていた本をいつたん机に置いて、吉田くんの手を両手で包んだ。

 かんにむせびながらお礼を言う。

「ありがとう庶民! これからワタクシたち、愛を育んでいきましょう! もちろん窓井さんもご一緒に!」

「いや、いいんかい!」

 佳代が手のこうでマリーのスカートをばふっとはたいてツッコム。

 何の問題もないでしょ。

「わたしもうれしいです! 吉田くん、マリーさん、これからどうぞよろしくお願いします!」

「眼鏡ちゃんもか。この後どうすんのこれ」

 こほん、と小さくせきばらいをして窓井がよどむ。

「それで。少々申し上げづらいのですが、もう一人わたしたちに加えて欲しいんです」

 十分だとは思うけど、やっぱりちゃんと私自身のことを確認しておきたい。

「佐藤咲さんも一緒でよろしいでしょうか?」

 佳代は手を叩いて大喜び。

かのじよこうにんみつまただ! 吉田くんごときにこんなチャンスはもう来ないよ!」

 だからなんで吉田くんに対する佳代の評価はこんなに低いんだ。せん。

 吉田くんはこめかみをかきながら笑う。

「もちろん。よろしくお願いします」

 私は天高くりよううでげた。

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