SS集

魔法の言葉

「ねぇ、圭吾さん。」

「なに?」

「私、ずっと疑問に思っていたことがあるんだけど、聞いてもいい?」

「なに?」


そう。私にはずっと疑問に思っていることがある。だからある日、一緒にお風呂に入っているときに聞いてみた。


「圭吾さんって、いつ私のこと好きになってくれたの?」

「……ん?」


水もしたたるいい男。その名も宮本圭吾さん。全裸でも素敵です。


「だから、いつ私のこと好きになってくれたの?」


兼ねてから疑問だった。私と圭吾さんに、そんなに接点なんてあったっけ?


「……忘れた。」

「忘れたってなに?」


私は少しむっとして、逃げ場の無い二人で入る湯船の中でずいっと圭吾さんに詰め寄って聞いてみる。


「……。」

「……。」


少しだけ訪れる沈黙。圭吾さんは何かを考えている風だ。え?!まさか本当に忘れちゃったの?!

 

ピチャンと、湯船に水滴が弾く。


「……まぁ、そんなのいいだろ。どうでも。」


やっと圭吾さんが何かを喋ったかと思ったら、そんな言葉だった。


「どうでもよくないよ!」


“どうでも”って言われたことが、私を好きになったことがどうでもいいって言われた気がしてしまう。だから少し、声を荒げてしまった。


「そんな怒ること?」

「だってどうでもよくないもん。」


私は唇を尖らせて、圭吾さんと向かいあっていた体をぷいっと回転させて彼に背を向けた。今、圭吾さんは私を愛してくれているんだから、始まりはどうでもいいことかもしれない。


だけど、私が圭吾さんに恋に落ちた瞬間を圭吾さんは知っているのに、圭吾さんの瞬間を私が知らない。なんだかそれって、ずるいって思った。私だって、圭吾さんが私を好きになってくれた瞬間を知りたい。


あ、やばい。じわじわと目に涙が滲んできた。その瞬間だった。後ろからザバッと水の音が聞こえたかと思うと、温かいぬくもりに包まれていた。


「なに一人で泣こうとしてんだよ。」


耳元でそう囁かれて、背中がゾクゾクする。圭吾さんの声は、ちょうどよく低くて、甘くて、きっと誰もが虜になってしまうんだろうなって思う。


「……だってどうでもよくないもん。」


もう一度同じ言葉しか発せ無い自分にも、呆れる。どうでもよくないけど、圭吾さんに後ろから抱きしめられているせいか、出ようとしていた涙は引っ込んだ。圭吾さんに触れている背中が、ジンジンと熱いような感覚を持つ。


やばい。心臓がどきどきしてきた。


「どうでもいいだろ。」


圭吾さんはもう一度同じ言葉を、私の耳元で囁いた。圭吾さんの声って、魔法でも掛かってるのかな?耳元で囁かれれば囁かれるほど、体がゾクゾクして、どうでもいいような気分になってくる。


「だって、毎日ともみに恋してんだから。」


そして圭吾さんは、私の首筋にキスを落とした。


「っ。」


ほらね。圭吾さんの言う通りにもうどうでも良くなった。だって毎日私に恋してるなんて言われたら、最初なんて、どうでもいいのかもしれないと思えてくる。


「ふ、んっ。」


いつのまにか、圭吾さんの両手は、私の胸を捉えていてじわじわと快楽がよじのぼってくる。


「ともみ。お風呂だから、ともみの声が響いてるよ。」


そんなエロチックな言葉を耳元で囁かれちゃったら、圭吾さんが欲しくなる。圭吾さんを全身で感じたくなる。圭吾さんは、私の体の向きを回転させると、深いキスを唇に落とした。


水音交じりのリップ音も、いやらしく浴室に響き渡る。その音を聞けば聞くほど、体も熱を持ち始める。それは圭吾さんも同じらしい。


「……ともみ、のぼせそうだからベッド行こ。」


耳元で囁かれた圭吾さんのその言葉には、抗えない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る