第9章 あなた

次の日、会社に行くと私は、時の人となっていた。


「すっごかったんだよぉ!宮本課長!」


先輩、同期、後輩。それはもうありとあらゆる人に声を掛けられた。圭吾さんは、倒れた私をお姫様抱っこして救護室まで運んだらしい。


「あれは僕でも惚れ惚れしたよ。」


部長もそんな事をほざいていた。


「ご迷惑をお掛けしました。」


私はそんな風にひたすら平謝りするしかできなかった。


すっかり元気になった私は、しっかり業務に突入モード。私が休んじゃった分を変わりにしてくれた人にお詫びとお礼を言って、自分の仕事に取り掛かる。仕事に集中したら、時間が経つのも早いもので。


「ともみ、お昼行こう。」


いつものように美香が声を掛けてくれた。


「うんっ。」


久しぶりに明るい気持ちで社員食堂だ!そう思っていた時だった。


「大島先輩、三枝先輩。」


柚ちゃんが私達に近付いてきた。


「私も一緒にいいですか?それで、良かったら外に行きません?」


お昼を誘われた。なんとなく気まずい感じもするけど、断るのも気まずい感じがする。


「いいよ。行こうか。」


だから私は笑顔で快諾した。


「本当にすみませんでした!!」


私と美香がいつも行くパスタ屋さんに入って席に着くや否や、柚ちゃんは私たちに頭を下げた。


「え?」


私は吃驚するしかない。


「私、嘘ついて大島先輩のこと傷付けて……。自分の感情しか、見えてませんでした。大島先輩さえ引いてくれれば、宮本課長は振り向いてくれるって思ったんです。」


柚ちゃんは、正直に自分の心境を話してくれた。


「しかも勝手に上司の携帯を盗み見したりして。……最低でした。一昨日の宮本課長が大島先輩を運ぶ様子を見て、自分の愚かさに気付きました。」


柚ちゃん……。


「私も、ごめんね。柚ちゃんが宮本課長を好きだって話してくれたとき、私も好きなんだよって話せなくて。」

「今なら分かるから、謝らないでください。いくら社内恋愛禁止じゃなくても、人にほいほい言うもんじゃないですもんね。……おかげで今日は、同期から針の筵です。」

「柚ちゃん……。」


柚ちゃんは悪い子じゃない。ただ自分の気持ちで一杯一杯になっちゃっただけだ。


「まぁ、もういいんじゃない。暗いまんまじゃご飯も不味くなるし。」


そこで美香が、明るく言ってくれた。


「柚ちゃんも。卑怯なことしても、いい男は振り向いてくれないから。いい教訓になったんじゃない?」


そしてズバッと言ってくれた。


「まぁ、そうですね。三枝先輩よりは早くいい男を見つけようと思います。」

「もう!可愛いくない後輩ね!」

「可愛くない先輩ですね!」


2人は楽しそうなテンションで冗談を言い合った。意外とこの2人って、気が合うのかな?


お昼に柚ちゃんとも仲直りでき、午後からは更にルンルン気分で仕事を終わらせた。


「お疲れ様でした。」


私は超特急で仕事を終わらせ、帰り支度をして、会社を出る。圭吾さんは取引先から直帰になっていたけど、間に合うかな?


今日は仕切りなおしで、圭吾さんが夕食をご馳走してくれることになっていた。初めて2人で食事に行った日のように、駅前で待ち合わせをした。


駅前に着くと、圭吾さんはすでにコンビニで立ち読みをしていた。


「すみません。遅くなりました?」


会社の近くには誰が居るか分からないから、敬語で話しかける。


「ううん。今来たところ。行こうか。」

「はい。」


圭吾さんが読んでいた雑誌をラックに戻すと、私達はコンビニを出た。






圭吾さんに付いて行くと、見覚えのあるルートだった。


「またここになるけど。」


申し訳なさそうにする圭吾さんが連れて来てくれたのは、やっぱり2人で初めて食事をしたお店だった。だけど私にとっては、十分嬉しかった。だって圭吾さんに恋した思い出の場所だから。


「いらっしゃいませ。宮本様ですね。こちらへどうぞ。」


そしてやっぱり今日も、圭吾さんの顔を見ただけで店員さんは席へと通してくれた。


「乾杯。」

「乾杯。」


料理と飲み物が運ばれてくると、2人で乾杯をした。


「美味しい。」


今日はカシオレじゃなくて、りんごジュースを頼んだ。


「この店はお酒だけじゃなくて、ジュースにもこだわってるんだよ。そのりんごジュースも絞りたて。」

「えっ。」


だからこんなに美味しいんだ。


「だけど今日は何でお酒はダメなの?」


初めて食事に行った日はお酒を勧めてくれたのに、今日は止められた。まぁ、酔っ払ったらちょっとひどい方だとは思うけれど。


「真面目な話が、したくてね。」

「真面目な話?」

「あぁ。」


真面目な話って、なに?圭吾さんの神妙な面持ちに、胸の鼓動が高鳴る。は!もしかして、圭吾さんが山口に転勤になっちゃうとか?!ありえない話じゃないよね?!


「……。」

「……。」

「……。」

「……。」

「……。」

「……?」


珍しく、中々話し出さない圭吾さん。焦らされる方が、緊張しちゃうんですけど!


「断られたらショックなんだけどさ。」

「はぁ。」


断る?私になにか関係することなの?


「俺達、一緒に住まないか?」

「……え。」


深刻な話って、それ?


「あ、いや。ともみが嫌ならいいんだが。付き合い始めた時から思ってたんだけど、一緒の家に住めたらなって。しかも今回みたいにともみにシカトされたら、どうしてともみが俺の事を避けるのか話もできなかったし。」


……そうでした。怖くて圭吾さんを避けたんでした。


「それから、ともみに“お帰りなさい”って言ってもらった時に、こういうのなんかいいなって思ってさ。」

「圭吾さん……。」

「ダメか?嫌か?」


圭吾さんは不安そうに、私の顔色を伺った。


「ダメでも嫌でもないよ。これから宜しくお願いします。」


私はきっぱりと答えた。私だって、もっと色んな圭吾さんを知って、もっとたくさんキュンキュンしたい。


「はぁ。良かったぁ。」


圭吾さんはそう言うと、机に突っ伏した。


「同棲の話が、そんなに深刻な話なの?」

「深刻だろ。まだお嫁に来てないともみと、一緒に暮らすんだぞ。」


私より下の位置から、私を見上げる圭吾さんが可愛くてしょうがない。これは5キュンですね。


「お嫁って……。いまどき同棲なんて珍しくないでしょ?」

「まぁそうなんだろうけど……。」

「私だってきちんと成人してるし。」

「それとこれと関係ないだろ。俺はただ、ともみが自分の意志で俺と一緒に暮らしてくれるか不安だっただけだ。それに当たり前だけど、一緒に暮らすからには将来のことも視野に入れてるからな。」

「えっ。」


 それって……!


「さらに言っとくけど、ともみより6歳も年上だけど。同棲なんて初めてだからな。覚悟しとけよ。」

「覚悟?」

「一緒に生活するのって、やっぱ大変だろ。」


そうだよね。どんなに好き合っても他人同士だもんね。


「うん。」

「だから簡単には言えないな、と思って。真剣に話した。」

「うん。」


そうやって、真面目に真剣に私達の事を考えてくれている圭吾さん。


「付き合ってまだ2ヶ月弱じゃ早いかな、とは思ったんだけどさ。」

「そんなこと。」

「うん。それも俺達のペースかなって。」

「うん。」

「付き合ってる長さよりも、どれだけ誠実かかな、と思って。」

「うん。」

「改めて聞くけど。俺と一緒に暮らしてくれますか?」

「はい。喜んで。」


圭吾さんとなら、喜んで。


「よし!じゃあ、今度の休みはともみのご実家に行かなきゃな!」

「え、は?!なんで?!」

「何でって、まだお嫁さんに出していない大事な娘さんだぞ。きちんと了解を得ないと。」


なにそれ!!何時代!!


「い、いいよ。私だってもう成人してるんだから。自分のことくらい責任持てるよ。」


私のことは私の責任でしょ?


「そういうわけにもいかないだろ。考えてみろ。自分の娘が知らない男といつの間にか住んでましたって。シャレになんない。」

「でもそこまでしなくても……。」

「ともみ。」


圭吾さんは、少し強い口調で私に言った。


「責任を持つって、親にも恥ずかしくないってことだと思うけど。俺はともみと一緒に住みたいと思うけど、それがちゃんと認められたものじゃなかったら、しない。成人しているんだからこそ、どういう態度が責任のある態度なのかきちんと考えられるだろ。」


私を嗜める圭吾さん。


「……圭吾さんってちょっと頭固いんだね。」

「農家の息子だからな。ともみにも、俺の両親に会ってもらうつもりだし。」

「えっ。」

「それくらい俺は真剣なんだけど?」

「展開、早過ぎやしない?」

「俺がともみを好きになって、どれくらいだと思ってるの?」


私が圭吾さんを好きになって、まだちょっとだけど、圭吾さんには色々と考える時間があるくらい、私を好きでいてくれたようだ。


「……分かった。お母さん達に言っておくよ。」

「うん。」


もしかして。もしかしなくても。これはあの圭吾さんとの甘い結婚生活の妄想に、近付きつつあるのかもしれない。


「とりあえず。今日は帰ってから寝かさないからな。」

「えっ。」


私の3番目に付き合った人は、今までの恋はあなたのためにあったんだと思わせてくれるそんな人。


「ともみ、俺だけに感じてろよ。」

「うん。」

「俺以外に感じたりするなよ。」

「うん。圭吾さん以外、無理。」

「むりってなんだよ、それ。可愛いな。」


だからもう、あなた以外思い出せないし、あなた以外に感じることはできない。







3番目のあなた 【完結】


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