第5章 プロジェクトチーム
「柚ちゃんって意外と積極的よねぇ。」
私の家で夕食を貪る美香も、私と同じ事を思っていたみたいだった。
「美香もそう思う?」
「ていうか、あれはバレバレじゃん。」
ビールを飲みながら、一蹴する。
「可愛くていいんだけどさ。応援した手前にこんなこと言うのもなんだけど、社内恋愛には向いてないかもって思った。」
「そう、かなぁ。」
「その点、ともみは分かんないよね。田中くんとの事だって、一部の教えてる人間しか知らなかったし。」
「そう、かなぁ。」
田中くんとの事、圭吾さんにはバレてたんだけど。
「もう。つまり、ともみの方が宮本課長にお似合いって励ましてるの!分かった?」
は、励ましだったの?
「も~分かりづらい~。でも、ありがとう。」
もしかしたら、美香なりに色々考えてくれたのかな。
「でも私、柚ちゃんのことを応援しちゃったからなぁ。どうしよう。」
「まぁ、しょうがないよ。」
あの時美香は、私と圭吾さんの関係を知らなかったんだし。
「柚ちゃんには悪いけど、応援できなくなっちゃったわ。」
そう言って、美香はビールを飲み干した。
「ていうか宮本課長って、ともみみたいなのがタイプだったんだね。なんか分かるかも。」
「なんで。」
「宮本課長の女の趣味がいいねって話よ。」
「なにそれ。」
酔っ払い始めたのか、美香がニヤニヤした目つきで私を見てくる。美香ってすごくスレンダーで美人なのに、酔っ払うとオッサンなんだよね。
「そういえば今日、宮本課長は良かったの?」
「え?」
「仕事終わりに会ったりするんでしょ?」
「別に、毎日会わなきゃってわけじゃないし。美香は友達なんだから。」
「やぁっだ。そんな嬉しいこと言ってくれるのー!私、今日ここ泊まるー!」
最初から泊まる気満々だったくせにと、私は笑った。美香はいつも私の家に入り浸るから、美香のお泊りセットは、常備してある。
「でも、柚ちゃんは宮本課長とともみのこと知らないから、ガンガン責めるだろうねぇ。」
「そうなのよねえ。私が止めるのもなんか違うし。」
そうなのだ。柚ちゃんのあの可愛さだから、圭吾さんが一晩だけでも絆されないかと心配だ。
「まぁ、でも大丈夫っしょ。宮本課長なら浮気するとしても、バレないようにしそうだし。」
「ちょっと美香!不吉なこと言わないでよ!!」
だって私もそう思う。圭吾さんが浮気するなら、バレないように上手くやるって。しかも、一晩だけの関係だと、割り切りそうだって。
はぁ。あんなカッコイイ人を彼氏にすると、今度はこういう悩みが出てきちゃうんだね。
「とりあえず。あんまカッカしなけりゃいいじゃん。付き合ってんのはともみだし。どーんと本妻の顔してればいいのよ!」
「本妻って。私達のことを知ってるの、美香だけなんですけど。」
そうは言ったけれど、美香なりの励ましに少しだけ心が軽くなった。だから美香と一緒に居るのはいつも楽しいんだ。
次の日、いつものように出社すると、フロアの雰囲気がいつもと違った。
「新しいプロジェクトを立ち上げることになったため、正式にメンバーを発表する。」
部長の一声で、第一営業部だけ臨時の朝礼が行われる事になった。みんな席を立ち、部長に注目する。
「名前を呼ばれた者は、返事をしてその場で一礼。」
うわぁ。誰がこのチームのメンバーになるんだろう。私にその話は来ていないから、確実に私はメンバーではない。
「まずこのチームを引っ張ってもらうチーム長に、宮本圭吾課長。」
「はい。」
……え?チーム長に圭吾さん?!
わぁっとみんなが拍手する中、フリーズしてしまった私は、完全に出遅れた。だけど、そんな私のフリーズにもお構いなしで、部長は次々にチームのメンバーの名前を、読み上げていく。
「そして最後に、佐々木柚。」
「はい。」
「以上で、メンバーの発表は終わる。各自、自分の仕事を始めるように。以上。」
え……。柚ちゃんも?
「ともみ、仕事。」
「あっ。」
ぼーっと突っ立ってしまっていたようで、美香に促されてやっと自分の仕事を開始する。
だからだったんだ。柚ちゃんが、圭吾さんに仕事を教えてもらったりしていたの。なんだか、複雑な気分だ。仕事だっていうのはきちんと分かっているし、理解もしているけれど、なんだか胸の奥がざわざわと五月蠅い。
プロジェクトって事は、暫く一緒に仕事することとか、多いんだろうし。さっきだって早速チームのメンバーは打ち合わせと称して、第一営業部専用の会議室に入って行った。
だけど、チーム長だなんて、宮本課長すごいな。というか、あの歳で課長になってるのも、すごいんだよね。
そんなすごい人が、私の彼氏。……何だか私、このままじゃいけない気がする!よし、私は私のやらなきゃいけないことを頑張ろう!そして今日、圭吾さんの家に行って、心境とか聞いてあげたいな。
そう気持ちを切り替えることができたら、今日の仕事にも熱が入って、いつもよりガンガン飛ばして仕事をした。
「お疲れ様でしたぁ。」
お陰で、18時前には仕事を終え、ピッタリに退社する事ができた。充実感に満ち溢れている。
よし!!今日の夜ご飯はごちそうだ!!
私は気合を入れて、スーパーで買い物をした。今日のメニューは、フレンチレストランのシェフも顔負けのともみスペシャルフルコースです!
買い物を済ませたら一旦自分の家に行ってお泊りセットを用意してから、圭吾さんの家に向かった。そして彼の家に着いたら、早速料理に取り掛かった。
きっと圭吾さんは、新しいプロジェクトの仕事で、遅くなるはず。だから、時間のかかる料理でも問題ないはず。
ふふっ。私ってば、なんだか圭吾さんの奥さんになったみたい。
そう考えると、にやにやと頬っぺたも口元も緩んでしまう。私は自然と鼻歌を歌いながら、料理をすすめた。
圭吾さん。喜んでくれるかな。喜んでくれるといいな。
そういえば圭吾さんって30歳だけど、結婚とかしないのかな。とっくに適齢期だよね……。
……まさか、私?!でもその可能性はなきにしもあらずだよね?!?!
ふふっ。
「やぁっだ圭吾さんったらぁ。」
「何が嫌なんだ?」
……あれ?今絶対に、圭吾さんの声がしたよね?
おそるおそる声がした方を振り向いてみると。
「だから、何が嫌なんだ?」
怪訝な顔をしたこの部屋の主人、圭吾さんが居た。仕事から帰ってきたらしい。
「お、お帰りなさい!!」
「なぁ。何が嫌なんだ?」
しかも聞かれてた!私のお花畑満載のドリームストーリーを正直に話すわけにはいかない!
「た、ただの妄想!もう少しでご飯できるから、先にシャワー浴びてきてもいいよ!!」
「妄想、ねぇ。」
顔を真っ赤にさせて必死に言いつくろう私を、圭吾さんはニヤニヤしながら横目で見て、防寒具とスーツのジャケットをソファに置き、浴室へと向かった。
危なかったぁ。あなたとの新婚生活を妄想してました、なんていえない。だってまだ私達は付き合い始めて、一週間もならないんだから。
「おっ。すごい上手そう。」
シャワーを浴びてきた圭吾さんは、スウェット姿だった。まだ少しだけ渇いていない髪の毛がより、彼の色気を引き出していて、まさしく水も滴るいい男である。会社とは違う無防備な彼の姿に、ドキッとする。
「これから忙しくなるチーム長へのお祝い、かな?」
圭吾さんがあまりにも目を輝かせて私の料理を見てくれるから、ふふっと笑みがこぼれる。今日の料理は上出来だ!!
牛の頬煮をメインに、アボカドのサラダ、サーモンのマリネ、ポタージュスープ、赤ワイン。デザートにはティラミスです!
「ともみって料理上手だったんだな。」
「見えないでしょ?」
お昼はいつも社員食堂だもんね。
「料理教室とかに通ったの?」
「通ってないよ。ただ、料理が好きだから、自然とするようになっただけ。」
1人暮らしを始めてから、料理の楽しさに気付いた。お弁当を作る時間はないけれど、夜ご飯はできるだけ自炊をしている。
「そっか。それは嬉しいな。俺は、料理はそこそこできるけど、自分から率先してしたタイプじゃないから。実家が農家だから、野菜は定期的に送ってもらえるんだけど使いこなせない。」
だから冷蔵庫はあんまり入ってないのに、野菜はしっかりあったんだね。
「じゃあ、明日の朝には野菜ジュース作りましょう。」
さっきキッチンでミキサーを発見した。「これ、いいやつじゃん!」と早く使ってみたい欲望に駆られていたため丁度いい。
「朝ごはんか。もう何年も食べてないな。」
圭吾さんが幸せそうに、ハハッと笑う。
「朝ごはん食べないなんて、体壊しちゃいますよ!」
1日の始まりは朝だから!
「そうだな。じゃあそろそろ夜ご飯頂いてもいいかな?腹減った。」
「そうですね。そうしましょう。」
赤ワインは、圭吾さんに開けてもらってグラスに注いでもらった。
「まず俺が確かめないとな。」
そう言って、フレンチのレストランでよくやるテイスティングをしてくれた。なんか、それだけで楽しい。圭吾さんといると、こういう冗談にも心までワクワクしちゃって、楽しくなる。
「うん。牛の頬肉も美味しいよ。よく煮込まれてる。」
「よかった。」
料理も褒めてくれるから、すごく最高な気分だ。
「え?山口?」
「あぁ。」
だから、デザートのティラミスを食している時は、どん底に落とされた気分だった。来週から2週間、柚ちゃんと2人で山口に出張に行ってくるらしい。
今回発足されたプロジェクトは、短期間的に忙しくなるというよりも、長いスパンで進めていくものだそう。だからまあ、忙しいは忙しいけれど思って居るほどではないそうだが、今回のプロジェクトは山口の事業開拓であるため、山口支社と協力してやらなければいけない分、山口に出張に行くことが多くなるらしい。
ここから山口は日帰りで行けるから、出張と言っても泊まる事はほぼ無いそうなのだが、今回は初顔合わせって事で、色んな現場を見てくるために2週間行っちゃうらしい。
それも、柚ちゃんと2人。それが唯一、私の心に引っかかるところだ。だって一晩きりの関係を持つにしたら、絶好のチャンスなんだもん!柚ちゃんだったら絶対に、このチャンス逃さないよね!
そう考え出したら、自然と私の表情も暗くなって俯いてしまった。
「……そんなに寂しい?」
圭吾さんの顔を見なくても、その声だけで彼にも寂しい顔をさせていることが分かる。
「寂しい……けど。」
「けど?」
「……柚ちゃんと2人っていうのが……。」
柚ちゃんの気持ちは教えられないけど、私の気持ちに嘘つくこともできない。
「ヤキモチ?」
ヤキモチっていうか……心配。柚ちゃんが圭吾さんに触れてしまうんじゃないかって。そんなの嫌だ。私の圭吾さんなんだもん。
「……。」
「大丈夫だよ。佐々木さんとは、別のホテルだし。」
私は圭吾さんのその言葉で、俯いていた顔をぱっとあげた。
「俺は向こうの支社長の家に泊めてもらうことになってるんだよ。」
「そうだったんだ。」
少しだけ安心して、私はあからさまにほっとした表情をした。
「でも、ともみがそんな風に思ってくれたなんて、少し嬉しい。」
「私だけが心配しちゃうなんて、なんかずるいよ。」
柚ちゃんだけじゃなくて、きっと山口支社の女子社員の目もハートにしちゃうんだろうなっていう大方の予想もつく。
「俺は、いつも心配してるんだけど。」
「私のこと?」
「そう。ともみは俺と違って気付いてないから。」
「気付いてないって、なにに?」
私が分からなさそうな顔をしていると、圭吾さんは溜め息をつきながら笑う。
「そこが可愛いところでもあるけど、危なっかしくてしょうがない。……俺から離れるなよ。」
ひどく色っぽい圭吾さんのその声に、私はすぐに捕らえられてしまう。
「圭吾さん……。」
2人の間に甘い空気が流れて、示し合ったかのようにどちらともなく口付けを交わす。
「テーブル、邪魔なんだけど。」
ダイニングテーブルを挟んで座っているから、その距離は少なからず遠い。
「ともみ、おいで。」
圭吾さんは私を呼ぶと、膝の上で向かい合わせになる形で私を座らせた。
「これならたくさん抱きしめられる。」
圭吾さんは口端をニヤッとあげたかと思うと、私にキスの大豪雨を降らせた。
「んんっ。」
お陰で、息が続かない。あぁ、洗い物もあるのに……。
「……ともみ、今違うこと考えただろ。」
す、するどい。
「許されないね。」
そう呟いた圭吾さんは、私の脇腹と腰回りを優しく撫でながら、首筋にキスを落とす。
ままま待って!!そんな風にされたら、もう何も考えられなくなってくる!
「ともみは、俺だけに感じてろ。」
首筋で響く圭吾さんの声も、心地良い。……あぁ、もうダメだ。圭吾さん以外のことは、考えられない。
……って!!ちょっと待って!!
「だめー!!!!!」
私は最後の理性を振り絞って、圭吾さんから離れた。
「……なんだよ。」
そしたら当然のように、圭吾さんは少しだけ怪訝な顔をした。
「キスまではいいけど、その先はダメ!」
「……なんで。」
その声は、完全に機嫌が悪い声で、いつもはバリトンばりの素敵な声だけど、今はドスが効いてる。
「だって、ダメな日なんだもん。」
「ダメな日って……あ。」
そう、今日はダメな日なんだ。朝、起きたらそうなってた。
「女の子の日なの。」
はぁーっと圭吾さんは深い溜め息をついた。
「まじかよ。この盛り上がった気持ちを、どうしてくれる。」
「……お口でご奉仕しますか?」
「………はぁ。寝る。」
拗ねた圭吾さんは、そのまま寝室に入って行ってしまった。
先に言っとけば良かったかな。ま、いいや。ほっといて洗い物してお風呂に入ってきましょう。私は、圭吾さんをほっておくことにした。
だってしょうがないじゃんね。月の物なんだし。
洗い物とお風呂を済ませると、私も寝室に入った。あれから1時間ちょっとは経ってるけど、圭吾さん、本当に寝ちゃったのかな?でも、仕事で疲れてるから、寝ちゃったかもしれないね。
圭吾さんの居る布団をそっと持ち上げた時、腕を引っ張られてあっという間に中に潜り込んだ。
な、なにごと?!
「遅い。」
どうやら、圭吾さんは私が来るのを待っててくれたみたい。
「洗い物があったから。」
「ともみってドライなとこあるんだな。」
「そう?」
相手が拗ねた時は、ほっとくに限ると思うんだけど。
「まぁ、それがともみのいいところでもあるか。ちなみに、残念には思ったけど、面倒くさいとは思ってないからな。」
「?うん。」
どうしたんだろ、いきなり。
「女性が毎月そうやって命を育む準備をしてくれているって思ってる。」
もしかして、付き合って初めての生理だから、それに対してどう思ってるかきちんと言ってくれている?
「そうだね。お母さんに感謝しなきゃ。」
「ああ、そうだな。俺とともみも新しい命を育んでいけたらいいな。」
……あれ?今、何気にすごいこと言いませんでした?
圭吾さんの胸に抱きしめられている私は、圭吾さんの顔を見上げる。
「どうした?」
圭吾さんは至って普通の顔だ。そうだよね。まさか、プロポーズじゃないよね。……でもそうなれる日が来たらいいなって、希望は捨てずにおこう。
「ううん。大好き。」
「俺も。」
チュッとおでこにキスを落としてくれる。
「はぁー。だけど、セックスできずに山口に行くことになるのかぁ……。」
「……。」
寝る前はそんな事をぼやいていた圭吾さんだけど、寝ている間中、私を抱きしめていてくれた。お腹を優しく抱えていてくれた。
圭吾さん、大好きだよ。圭吾さんの優しさを感じて、ゆっくり眠ることができた。肌を重ねなくても、こんなに愛情が伝わることってあるんだね。
圭吾さんの優しさが嬉しくて、次の日の朝は野菜ジュースを作った。朝ごはんも味噌汁と焼き鮭と卵焼きを作って、栄養満点にした。
今日も1日、笑顔一杯で頑張りましょう!!
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