第4章 彼女?!

昼ご飯を食べ終わると、宮本課長の車で私のマンションまで送ってもらった。


「宮本課長、送ってもらってありがとうございました。」


私は御礼を言いながらお辞儀をする。


「その“宮本課長”っていうの、止めない?2人のときくらい。」

「え?」

「俺の名前、知らないの?」


宮本課長の名前……。


「圭吾?」

「ふっ。呼び捨てかよ。」

「け、圭吾さん!」


私は慌てて言いなおした。いくらプライベートでも、年上だしね!


「ははっ。あと、2人のときは、敬語じゃなくていいから。」

「……分かった。“ケイゴ”だけにね。」

「……何か言った?」

「いえ、何も。」


ちょっとくらい可愛い親父ギャグに付き合ってくれても、いいんじゃない?


「じゃあ、また月曜日。会社でな。」

「うん。」


圭吾さんはクラクションをプッと1つ鳴らすと、車を走らせて帰って行った。私は車が見えなくなるまで見送りをする。


昨日の終業時間までは圭吾さんのことをなんとも思っていなかったのに、今はもう胸の鼓動が彼に向けて逸る。


私、会社で大丈夫なのかな?それだけが心配だ。






週明けの月曜日に会社に行くと、これまでの足取りと違った。溜め息はもうついていない。


「あれ。今日は溜め息、吐いてないね。」


 昼休みには美香にも指摘された。


「何かイイコトあったの?」


この週末にイイコトはたくさんあった。でも、いくら友達といえど、会社では内緒って圭吾さんに言われてるし……。美香に話すかどうかは、圭吾さんに相談してからにしよう。


「まぁね。新しい料理器具を買ったの。」


嘘はつけないけど、ごまかしておいた。調理器具を買ったのだって本当だ。


「何それー。気分転換できたってこと?」

「まぁ、そういう感じ?」

「今度またともみの料理、食べさせてよね。」

「いいよ。」


美香は、私の料理を気に入ってくれている。2人で外食もよくするけれど、私の家で手料理を振る舞うことも多いのだ。


「先輩、ここいいですか?」


そんな話をしていたら、柚ちゃんが私の隣の席に来た。いつもは同期の子たちと一緒にお昼を食べているようなので、とても珍しい。


「いいよー。どうぞ。」


 私も美香も快く了承すると、柚子ちゃんも満足そうに私の隣の席へとかけた。


「実はお二人に相談があるんです。」


早速、柚子ちゃんが話を切り出した。なるほど、だから私たちのところへとやってきたのか。


「三枝先輩は、この前の飲み会に参加してくれたから、その場の様子を知ってると思うんですけど……。」


柚子ちゃんの言葉で、美香がプレゼンテーションの飲み会に参加したことを知る。その飲み会で何かあったのだろうか。


「私の同期の子達、すごく残念がってたじゃないですか……。」

「残念がってた?」

「はい。宮本課長が急に来れなくなって残念がってたんです。」


圭吾さんの名前をいきなり出されて、胸がドキリと跳ねた。まずい。顔に出ないように注意しなければ。


「私も宮本課長が来れないって聞いた時、すごく残念だったんですけど、それは上司のお話が聞けないからだと思っていたんです。」

「うんうん。」


美香は、柚ちゃんの話に熱心に耳を傾ける。私は表情を注意するのに必死だ。


「だけど、同期の女の子達が残念がったときに、すごく嫌な気持ちになったんです。」

「うんうん。」


ん?なんか、この展開って……。


「これって私、宮本課長のこと好きですよね?」


柚ちゃんが、首を傾げながらそう言った。


なんだそれ!!柚ちゃん可愛いな!!……って、そんなこと思ってる場合じゃなくて!!!


「んー。聞いた限りじゃわかんないけど、柚ちゃんが好きだって思うならそうなんじゃない?」


姉御肌の美香は、柚ちゃんにアドバイスを始めた。


「うちは社内恋愛禁止じゃないし、頑張ってみたら?といっても一般常識的な限度はあるし、ほどほどに。終業後とかプライベートな時間を狙ってさ!」


 美香のアドバイスに、柚子ちゃんは瞳をきらめかせた。


……ああ。こんなことなら、美香にさっき話しておけば良かった。


「宮本課長って、彼女とかいらっしゃるんですかね?」


俄然やる気が出てきた柚ちゃんは、そんな事を言い出す。好きなら彼女が居るかどうかを気にするのは当たり前だ。


居ますよ、ここに。一夜を共にした人が。……と言えたら、どんなに楽だろうか。


「さぁ、どうだろ。結婚はしてないけど。ね?ともみ。」

「う、うん。」


言えないよ!言えない!私が彼女だなんて……。だなんて……。て……。あれ?


「そうですか。でもどっちにしろ、頑張ってみるしかないですよね!」

「まぁ、競争率は高いだろうけどねー。」


あれ?


「んー、でも若いパワーでなんとかします!」

「その意気だ!」


あれれ?


「じゃあ、ご飯も食べ終わったし、やる気の出た佐々木は先にフロアに戻ります!」

「おう、ファイトだー!」


あれれれれ?私、言われたっけ?


「柚ちゃん、気合充分だねぇ。」


“付き合って”とか。“好きだよ”とか。合鍵はもらったけど……。


「私もああいうパワーが欲しいわぁ。とか言って柚ちゃんとは、1歳しか歳変わんないけどねぇ。」


私と圭吾さんって、どういう関係なの?


「ほらともみ!さっさと食べないと昼休み終わっちゃうよ。」

「え、あ、うん。そうだね。」


美香のその言葉でハッとさせられ、急いで昼食を終わらせた。







「で?」


仕事を超特急で終わらせた後、私は買い物をして圭吾さんの家に向かった。そして夜ご飯を作って、帰って来た圭吾さんを出迎えて、食卓につかせて質問をした。


その返事が“で?”。


「“で?”って……。だから、好きとか言われてないから、私って圭吾さんのなんなのかなって。」


私は白いご飯が入った茶碗を持ちながら、俯いた。今日の夜ご飯は、煮物とほうれん草のおひたしと味噌汁。


大好物なラインナップだけど、圭吾さんのその言葉に中々お箸が進まない。


「ともみは、言葉が無いと伝わらないのか?」

「だって……。」


つい一昨日までは、すごく愛されてるって実感できていたのに、言葉が無かったことに気付いてこんなに不安になる。


「俺、なんとも思ってない奴のこと抱いたり、鍵渡したりしないんだけど。」

「そ、それは分かってます!」


分かってるんだけど、自信がない。言葉にしてくれないと、何とでも解釈できちゃうから。


誰になんと言われようと、圭吾さんの言葉があれば、信じていられる。正直、柚ちゃんの告白を聞いて、焦ってるっていうのが、ほんとなんだけど。


「分かってるならいいじゃないか。第一俺は、愛の言葉を夕食時に言う頭の浮かれた奴じゃない。」


圭吾さんは、そう言いながら、もくもくと箸を進めてくれた。


た、確かに。ご飯食べてる最中に、愛の言葉言わないかも。


「……私は、圭吾さんのこと、好きですよ?」


そう言って、チラッと圭吾さんのことを伺ってみる。


「一昨日からな。」

「なんでそれを!!」

「ずっと見てたから、知ってる。ご馳走様。」


圭吾さんはプイッと顔を向こうに向けて、リビングのソファに腰掛けてピッとテレビをつけた。


“ずっと見てた”


それは紛れもなく、愛の言葉だった。


「圭吾さぁんっ。」


圭吾さんが耳まで真っ赤になっていることに気付き、ソファにダイブして圭吾さんに抱きついた。


「大好きっ。」

「知ってる、離れろ。」

「いやっ。」


耳まで真っ赤な圭吾さん、10キュン。


「……言うことが聞けないともみは、おしおきだな。」

「え?」


すると、一気に視界が逆転した。


「ちょ、ちょっと待って!!」

「待たない。」


あっという間にソファの上で、圭吾さんに組み敷かれていた。


「きょ、今日は泊まるつもりじゃ。」

「後で送ってやるから。」


圭吾さんはそう耳元で囁くと、私の耳たぶを甘噛みした。


「っ。」


声にならない声しか出ない。


「ふっ。もう俺の事しか、考えられない?」


圭吾さんの言葉に、コクコクと何回も頷く。元彼とことなんて、もう思い出せない。


「俺の愛は、他の奴よりも大きく深いってことだよ。逃げたくなっても、逃がさないからな。」


もう、逃がさないで。私を離さないで。圭吾さんに会うたびに、好きになってしまってるから。私のことだけ、見て。







結局、その夜は腰が立たないほど抱かれてしまって、自分の家に帰れなかった。それゆえ、朝早く圭吾さんに私のマンションまで車で送ってもらった。


「俺も悪かったと思うけど、今度から俺の家に来るときは、泊まる用意して来い。」

「はい。」

「……帰せなくなるから、さ。」

「……はい。」


朝っぱらから、愛の言葉を頂戴してしまった。これは7キュンですね。


「じゃあ、また会社で。」

「あぁ。」


そして圭吾さんの車を見送る。よし、気合を入れなおして出社準備だ!社会人なんだから!


圭吾さんとの恋愛を続けるためには、私もビシッとしなきゃいけない。仕事に支障をきたしたら、社会人として失格だし。


でもこれは、田中くんと付き合ってるときに学んだ事。もう一ミリも好きじゃないけど、6年間付き合った元彼も、田中くんと付き合った事も、全部意味があったと思う。じゃなきゃ、圭吾さんと付き合うようには、ならなかったと思う。


過去の恋愛が、私を成長させる。


田中くんと付き合ってる時は、それは分からなかったけどね。これは圭吾さんが深い愛で、私を好きだと言ってくれるから気付けたこと。






出社すると、1階のフロアでバッタリ柚ちゃんに会った。


…なんか気まずい。そう感じているのは、私だけだけど。


「おはようございます。」

「おはよう。」


今日の柚ちゃんは、いつにも増して可愛い。


「私、少しでも宮本課長に見てもらえるように、気合入れてきたんです!」

「そっか。」


私に言える事は、それだけだ。応援もできないし、私と圭吾さんの関係を話すわけにもいかない。柚ちゃんは、キラキラと輝いているけど、私も負けるわけにはいかないと思って、今日は気合入れてきた。


だって、私だって益々好きになってもらわないとね。柚ちゃんの言葉に、不安を抱いてる場合じゃない。


私は私。胡坐をかいてちゃ、ダメなのよ。


「美香、ランチは外に行かない?」


今日のお昼は、社外に美香を誘った。


「珍しいね。ともみの方から社外に誘うなんて。」


美香は不思議そうな顔をしてたけど、快く了承してくれた。


私達は、社外のときに利用するいつものパスタ屋さんに行った。私達のようなOLさんで溢れていたけど、空いてる席に案内されて料理を注文する。


実は昨日の夜、ベッドの中で圭吾さんに相談しておいた。美香に話してもいいかって。そしたら圭吾さんは、アッサリ承諾してくれた。


私と仲が良い事と、美香がそんなにおしゃべりじゃない事を分かっているからだろう。


「実は会社内では話せない話があって。」

「え、なにそれ。すっごい気になる。」


美香が頼んだペペロンチーノと、私が頼んだミートソースが運ばれてきた後、私は本題に入った。


「実は私、宮本課長と付き合ってるの。」

「……。」

「……。」

「……。」

「……。」

「は?」

「え?」


暫くの沈黙の後、美香が発した言葉は“は?”だった。


「うっそ。いつから!」

「こないだの土曜日、かな?」

「まじか!だからだったのね!」

「え?」

「あんた昨日、柚ちゃんの話に乗り気じゃなかったじゃん。」


バレてた。


「だって、宮本課長の彼女は、私だなんて言えないし。」

「まぁ、確かに。」

「でも、美香には言っておきたかったから、今報告した次第です。」

「そうだったんだぁ。もしかして、金曜日の飲み会の宮本課長の急用って……。」

「私なの。」


私は、顔を真っ赤にして答えた。そこに気付かれるとすごく恥ずかしい。


「もう、ちょっとなにそれぇ。詳しく聞きたいから今日はともみの家に行くわ!美味しい晩御飯、用意しなさいよ!」

「分かった。」


こうなる展開は、美香に話す前からあらかた予想済みだったため、今日は美香に何を食べさせようかとすでに考えていた。


ランチから社内に戻ると、宮本課長が柚ちゃんのデスクになにやらつきっきりになっている。


……なんか、嫌だな。


「あ。なるほど。だからここがこうなるんですね。」

「そう。それで、こっちをこうして。」


思わず、2人の会話に聞き耳を立ててしまう。仕事の分からないところを聞いてるだけって、頭では分かってるけど。


柚ちゃんがあんまり乙女の顔で圭吾さんのことを見るから、ヤキモチを妬いちゃう。「柚ちゃん、仕事中だよ!」って言って、2人を引き離したくなる。


ヤキモチ妬いても仕事はしなきゃならないから、午後の始業の合図と同時に黙々と作業を進める。


いいの!仕事が終わったら、目一杯美香に惚気話するんだから!


どうやら他の事には目もくれず、はりきって仕事をしている時だった。


「先輩、珈琲どうぞ。」


ニコッと柚ちゃんに珈琲を渡された。


「あ、あぁ。ありがとう。」


柚ちゃん、なんでこんなに可愛いんだろ。私はなんとか笑顔を絞り出して、柚ちゃんからもらった珈琲を受け取る。


「宮本課長にも持って行こうと思って。行ってきますね。」

「えっ、あ、ああ、そう。」


ふいうちの攻撃になんとか対処するが、同時に羨ましいとも思う。「柚ちゃんって積極的なんだなぁ」と感心してしまうほどだ。柚ちゃんはニコニコした表情で、宮本課長に珈琲を差し上げていた。


きっと柚ちゃんなら、好きじゃなくても、可愛いって思っちゃうよね。……こんなにネガティブになっちゃいけない!仕事、仕事!!


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