第3章 愛鍵
「ん…。」
今日は日曜だから、もう少し寝ていていいはずの時間だ。シルクのようなシーツの肌触りを、直接肌に感じる。とても気持ち良い。
……ん?……直接?
私はその瞬間、パチッと目を開けた。そして、布団の中の自分の状態を確認して、驚愕する。
は、裸!!いつものパジャマは?!何故裸?!
そして気付いた。
……あれ、ここ、私の家じゃない。
途端に背中を冷や汗がつーぅっと落ちた。私のベッドよりも明らかに広いその上には、もう一人の人の気配を感じる。私はなんとなく分かってはいるものの、その人の顔をそーっと覗き込む。そして、絶望する。
や、やっぱり!!宮本課長!!
そして当然の如く、宮本課長も体に何も纏っていない姿だ。
な、なに?!なにやっちゃったの私!!なにやっちゃったって、やっちゃったことは1つしかないみたいだけど!!
でも、昨夜のことをゆっくりと思い返すと、少しだけ覚えている。宮本課長が丹念に私を愛してくれた事。
ひゃー!!私ったら、何を思い出してるの!!破廉恥!!
思わず自分の両頬を両手で包む。
「ぷ。百面相だな。青くなったかと思ったら、赤くなった。」
すると、隣から宮本課長の声が聞こえてきた。
「み、見てたんですか!!」
「可愛いなと思って。」
宮本課長のその言葉に、私は更に顔を赤くせざるをえない。
「んなっ。」
「俺とのセックス、どうだった?思い出したりした?元彼とのセックス。」
そう言われてみると、高校時代の元彼のことも、田中くんのことも、何も思い出さなかったように思う。ただ、宮本課長だけに感じてたというか……。思い出したら、またボンッと赤くなってしまう。
「ぷ。ともみは、変態だな。俺とのセックスすら思い出せないって言うんなら、もう1回してあげるよ。」
「……っ!!」
今、ともみって呼ばれた!!
呼び捨てされたことに気を取られていたら、宮本課長は私の上に覆いかぶさり、組み敷いた。かっこいいご尊顔とほどよい筋肉のついた胸板に、私はどこを見たらいいのか分からない。
「ちょ、ちょ!待ってください!思い出せました!!思い出しましたから!!」
私は慌てて、宮本課長に抗議する。このままじゃ心臓がもたないのだ。
「だから?そんなの関係なく、愛してやるよ。」
「ふうっ。」
宮本課長はそう言うと、私に深いキスを落とした。もうそれだけで、抵抗ができない。
「んっ。」
昨晩感じた体に電気が走るような感覚が、また私の体を熱くさせる。そしたらもう何も考えられなくなってくる。
「ともみは、俺だけに感じてればいいんだよ。」
宮本課長の色っぽい目つきが、私を捉えて離さない。だけどそれは、とても心地よい。ずっとずっと見つめられていたい感情が込み上げてくる。
全身が宮本課長を、求めるようになる。
だけど頭の片隅で、この状況を冷静に俯瞰している自分もいる。なんか、すごい展開だ。宮本課長を好きになったその何時間か後に初めて抱かれて、次の日にも……。まるでどこかの御伽噺のようだ。
「…ともみ…っ。」
宮本課長の切ない声を聞くと、私の中心がきゅんって疼く。宮本課長の愛に応えるように、私も彼の大きな身体を精一杯抱きしめた。
「…ん。」
次に目を覚ますと、もうお昼過ぎくらいの時間になっていた。今度は隣に、宮本課長はいない。
どこに行ったんだろう。
とりあえず、お酒臭さが少し気になりながらも、自分の衣服を身に纏って、寝室を出た。改めてこの家のリビングを見ると、とても広い。私の家とじゃ、比べ物にならないなぁなんて、考える。
というか、私の家は一人暮らし専用のワンルームだからリビングなんて無いしね。
リビングをきょろきょろとすると、ガラスのローテーブルの上に、置手紙を発見した。
<ちょっと出掛けてくるから。シャワー使っていいよ。あと、お腹が空いたなら、冷蔵庫の物を勝手に物色してくれて構わない。14時には戻る。>
みみずみたいな字で書かれていた。宮本課長って完璧に見えるけど、字はあんまり綺麗じゃないんだね。
可愛い。胸がきゅんっと高鳴った。10点満点で、3キュンくらいかな。
それから宮本課長の言うとおり、シャワーを使わせてもらった。浴室の鏡で自分の顔を確認すると、化粧ででろでろになっていて、なんて醜いんだろうって思った。こんな姿を、さっき宮本課長に晒していたなんて!
シャワーを終えると、冷蔵庫を覗いた。昨日の夜から何も食べてないから、さすがに空腹だ。宮本課長の家は「本当に男の人が1人で暮らしてるの?」ってくらいに、綺麗にしてあるのに、冷蔵庫を見て唖然とした。
宮本課長は、男の1人暮らしだ……。
冷蔵庫の中は、ビールとお茶の飲み物以外、ほとんど入っていない。卵はいつのか分からないから、使えそうにない。入っているものは、マーガリン、納豆、マヨネーズ、キムチくらい。
冷蔵庫物色しろってどういうことよ。
溜め息を漏らしてキッチンを物色すると、ご実家から送られてきたであろうダンボールに詰められた野菜とお米を発見した。
冷蔵庫に何も入ってないんだから、使っちゃっていいよね?これだけの野菜があったら、大丈夫そうだ。
私は料理にとりかかった。
「ただいま。」
ちょうど料理が完成した頃に、宮本課長が帰ってきた。
「お帰りなさい。勝手にキッチン使っちゃいました。宮本課長の分も作ったんですけど、召し上がります?」
今日のお昼のレシピは、ピラフ風チャーハンとオニオンスープ。
「ともみが作ったのか?」
「私以外、誰が作るんですか?」
宮本課長は目を丸くさせて、リビングの入り口でボーッと突っ立っている。
「さ。早く、食べましょう。」
私はキッチンから出て、ダイニングテーブルに宮本課長を促す。
「あ。あぁ。」
大人しくダイニングテーブルに着く宮本課長を見てどうしたのかと心配になる。大丈夫かしら?
「いただきます。」
「いただきます。」
宮本課長がチャーハンを口にするのを、じっと眺める。
どうかな?美味しいかな?口に合うかな?
「うまい。」
宮本課長のその言葉に、ホッと胸をなでおろす。
「良かったです。じゃあ私も。」
うん。美味しい。いつもより、上出来なんじゃない?
私が幸せそうにご飯を口に運んでいると、宮本課長が私をじっと見つめてきた。
え?なに……?まさか、すっぴんはブサイクだと思われている……?
「実はさ、さっき出掛けたの。これのため。」
カチャンと金属音をたててテーブルの上に差し出されたのは鍵だった。
「ここのマンションの鍵。管理人の所に行って、スペアキーもらってきた。」
「私に、ですか?」
「ともみ以外、誰にあげるの?」
う…嬉しい。嬉しすぎて、どんな反応をしていいのか、ポカンとしてしまう。
「ちなみに、会社では内緒だからな。」
「は、はい。もちろんです。」
そりゃそうだ!宮本課長に私が居るなんて社内でバレたら、大変!
「いつでもここに来ていいから。」
「はい。」
「また、飯作ってくれると嬉しいし。」
「はい。」
私はそんな風に言う宮本課長が、可愛くて堪らなくなって、クスクスッと笑う。
あぁ、これは8キュンだ。私、愛されてるんだなあ。
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