青葉と楓ーあと少しもう少し (BL)

婭麟

第1話

 楓が寝ている。

 微かに寝息を立てて、こちらに顔を向けて少しうつ伏せなのは、楓の小さな時からの癖だ。

 閉じられた瞼に重そうに主張をするのは、黒くてカールの掛かった睫毛。

 青葉だって年子の兄だから、同じ様に長い睫毛だと、何人も関係を持った女子に見惚れられたが、こんなに都合よく巻き上げられてはいない。

 ほんとうに……母親はどうやって腹の中で、こんなに楓を上手く作りあげたのか……

 青葉は毎回楓の寝顔に、時間も忘れて見惚れている。

 それは今まで、関係を持った女子あいてがしていた事だった。

 行為の後にふと視線に気がつき目を開けると、目の前の女子はとても優しく穏やかな顔を向けて見ていて、目が合うと同じ様に微笑んで青葉の前髪に触れるのだ。

 そしてそれと同じ事を、この自分がしていると思うと、彼女達の気持ちが手に取るように分かって、そして申し訳ない気持ちが起きる。

 ……そう、あの時青葉は彼女達を、決して愛してはいなかったからだ。


 青葉はずっと、年子の弟の楓を愛していた。

 兄弟愛がいつから、同じ様な感情でありながら、決してそれとは違う愛情に変わったのか……それを知りたいのは青葉の方だ。


 初めて同級生から告白されて、付き合った時からだろうか?

 その彼女と、キスをした時だろうか?

 それともぎこちなく、身体を合わせた時……

 彼女とは別の、年上のお姉さんに誘われた時……

 青葉が望むものを、決して彼女達が与えてくれる事が無い事を悟り、転々と誘われるままに身体を繋げる相手を変えた時……

 もはや分からなくなる程に、青葉はずっと楓を愛している……


 楓がゆっくりと、伏せていた躰を動かした。

 だから青葉は、微かな笑みを浮かべて楓を覗き込んだ。

 たぶんその表情は、鏡を見なくても想像ができる。

 まさに青葉は彼女達同様の、優しく穏やかでそしてそれは幸せそうな笑顔を作っているはずだ。

 そして瞳を合わせたら、少し伸びてきた楓の前髪にきっと触れる事だろう。

 だが楓は目を開ける事は無く、うつ伏せ気味だった躰を、仰向けにして再び寝息を立て始めた。


 白くて鼻筋の通った鼻が、青葉の目を留めさせる。

 スッと綺麗な鼻筋の先に、ほんのちょっと上向き加減の小さな鼻。

 それがまた可愛くもあり、青葉を惹きつける。

 青葉も同じ様な鼻筋の通った鼻が、顔の中央にあって、それがバランスの良い顔立ちへと仕上げていると言われるが、楓の鼻は青葉から比べると少し鼻先が上がっている。

 その上向き加減が絶妙に青葉の好みだ……否、楓の鼻がそうだから、だから青葉はそんな鼻が、好みとなったのかもしれない。

 今時点で暇を持て余して、楓の寝顔を見つめながら思い起こせば、関係を持った女子の大概がこの鼻系統だったかもしれない。

 思わずちょっと、平らな鼻尖に触れてみたりする。


 ……ああ……やっぱ女子達と同じ事してるわ……


 自分がちょくちょく鼻筋を弄られたり、頰を摩られたりした事を思い出して、ちょっと口元を歪めた。

 その時、決して嬉しく思った事が無かったからだ。

 青葉は楓以外の相手に、愛しいとか恋しいとか、そんな感情を抱いた事が無い。

 そんな感情を抱いた事が無いのに、どうして彼女達と付き合ったのだろう?

 一つには自分の感情に、戸惑いを持った時期があったからだ。

 物心が付いた時から、ずっと傍にいる弟という存在。

 その存在に兄弟の愛情以外の愛情を抱いていると、それが恋愛の感情であると理解するまでには、それは多少の時間というものが必要だった。

 愛情は愛情なのだ……その違いを理解するには、それなりの経験が必要だ。

 一瞬にして、弟愛と恋愛との違いに気付くはずが無い。

 だって恋というものを理解しなくては、恋愛感情を理解できるはずはない。だから青葉は、もがく様に異性と付き合った。

 節操の無い軽い人間だと噂されても、青葉は青葉にとっての楓を模索したのだ。

 そして判然と楓に、彼女以上の恋愛感情を抱いている事を理解したのだ。

 そう理解した以上、青葉は楓が絶対に欲しかった。

 兄では無く弟では無く……躰を繋げ合う相手として……

 そして楓を手に入れる為に、青葉は彼女達を利用して楓の気を引いた。代わる代わる彼女を変えては、青葉は楓に見せつけて気を引いた。

 今考えれば、同じ彼女をずっと……でもよかったのかもしれないが、のめり込む関係は逆効果となり得るから、やはり一つの処に、定まりを見つけられない姿を晒す必要もあったと思う。

 楓は青葉の、彼女には決して満たされる事のない何かを、直ぐ様察する事ができた。そしてが、自分である事も容易に察したのだ。

 青葉があれ程苦しんで理解した事を、青葉が楓を欲して信号を送れば、直ぐに楓は理解し受け入れたのだ。

 否、そうではないかもしれない……楓は…………

 青葉が一瞬考えに囚われていた隙に、楓が細っそりとした指で微かに頬をなぞったので、青葉は恥ずかしい程の表情を、楓に見せている事だろう。


「……寝てないの?……」


「寝たさ……」


「……フッ……そうかなぁ……」


 楓はそう笑みを浮かべて言うと、頰に置いていた指の力を抜いてしまった。


「楓?」


 青葉が再び眠りにつこうとする楓に、慌てて声を掛けた。


「……ねぇ……」


「………………」


「抱き合って、もう少し寝ようよ……」


 瞼を開ける事無く腕を伸ばすと、青葉の首に絡み付けて言った。

 目の前に青葉が愛してやまない、ちょっと上向き加減の小鼻が、何時もに増して艶めかしく浮かんでいる。そしてちょっと視線を移せば、長く巻き上がった睫毛が微かに揺れて見えた。


「もう少し一緒に居たい?」


「……ずっと居られるのなんて、そうないじゃん?同じ家に住んでるのに……」


 楓は目を瞑ったまま、青葉の首に腕を回してもたれ掛かる様に言う。

 ……確かに……

 両親は共働きだが家に居る。

 だが今日が土曜日だというのに、昨夜は二人共仕事関連で不在だった。

 最近は何時も忙しそうで、一緒に食事もしていない。

 楓によく似た母は、青葉達が中学生になる頃迄育児に専念していたが、知り合いの仕事を手伝う様になって、その仕事が面白くなってしまった様だ。

 そんな母を、昔から容認派の父が文句を言う事は無い。

 子育てもひと段落ついて、再び人生の輝きを持った母に、とやかく言う事は無く、それどころか二人で仕事帰りに待ち合わせなどして、かなり楽しくしている様だ。

 そんな風に、しか持ち合わせ無い様な、の二人を休みの日に家に置いておいては、それは感情に赴くまま劣情に赴くまま、互いを求め貪る様に夜を過ごし、朝を迎え昼を過ごすに決まっている。

 いくら年子の兄弟だといっても、幼児でもない青葉と楓が一糸纏わぬ姿で、抱きあって狭いベットに寝ているなんて事は、不自然なんてものではなくて、それは目に入れた者を驚愕させ嫌悪させるものだろう。

 さすがにそんな事は理解しているから、だから青葉は楓と共に夜を甘く過ごしたとしても、夜が明けぬ前に冷たく冷え切った自分のベットに戻る事にしている。

 両親が決して、二階に上がって来ない事を知っていても、それでも青葉は用心を欠かさない。

 それが自分の思いを、ずっとずっと続けて行く為だと思っているから……。

 それ程までしても、手放したくない事だから……。

 そんな青葉に楓は


「恋人同士みたいだね」


 と言って笑う。

 楓の恋人同士の感覚が解らないが、そんな状況が楓の気持ちに刺激を与えられれば好都合だ。


 ………少しでも淋しいと思ってもらいたい。少しでも長く一緒に居たい、隣の部屋にすら帰したくない………と。


 そう思って貰えれば、これ程幸いな事はない。

 だから青葉は用心を欠かさないのと同様に、少しの淋しさを楓に持たせたくて、明け方にはベットを抜け出して自室に戻るのだ。


 ………あと少しもう少し、一緒に肌を合わせていられる筈なのに………


 と楓が残念な気持ちを抱く様に……。



 青葉はもはや、力を抜いてもたれ掛かったままの楓を抱いて、温かな布団に潜り込んだ。

 青葉の腕を枕にした楓が、再び深い寝息をたて始めている。

 さもあらん、昨夜は誰もこの家に居ないと思うと、青葉の劣情が抑えを忘れさせて激しく楓を求め、幾度も幾度も強いてしまったから……。

 楓は臆面も無く甘い喘ぎ声をあげて、青葉にしがみついた。

 その細くて白い肌が、温かくて気持ちよくて……。

 青葉は幾度も、組み敷いて組み伏せて……。

 気が付いたら楓は、うに意識を手放してしまっていた。

 これ程迄に執拗にするのは楓だけだ……

 今迄もそしてこれからも……

 そう思いながら綺麗な寝顔を見ていたら、楓の言う通り朝がしらじらと明けて来てしまったのは本当だ。

 ずっとずっと……いつからの思いなのかすら忘れる程にずっと、青葉はこうして楓と過す日々を夢見ていたのだから……。

 そしてとうとう手に入れた楓は、全てを青葉に委ねて眠っている。

 それが当たり前の様に……それが当然の様に……

 部屋の窓のカーテンの細い隙間には、明るくなり始めた空にポカリと、白く細い月が浮かんで見える。


 ………ああ、少しは寝ないと………


 青葉は、楓を抱いて目を閉じた。


 ………今日一日二人きりで、何をして過ごそうか……楓の望む様にこうして、一日抱きあって寝ようか……それとも何時もの様に、楓がもっと欲しがる様にほんの少しの距離を保とうか……微かに触れて微かに口付けて微かに互いを求めあう……すると楓は瞳を潤ませて、青葉に誘いかけてくる……もっと触れてもっと口付けてもっと……もっと……そうして楓は青葉から離れられなくなっていく……


 長い間思い続けながら身につけた自制心が、楓を焦らし夢中にさせていくのを知った……。愛され思われ慣れてしまっている楓の方が、抑制する事に長けてはいない。己が欲した物を、青葉が拒めない事を知っているから、貪欲に欲しがる……。だから青葉は決して、楓が飽きる程にを与えない。

 あと少しもう少し……を上手く残すのだ。

 ずっとずっと楓が、欲しいと思い続ける様に………。


 部屋のカーテンが、微かに色を見せ始めた。

 新聞屋のバイクだろうか?忙しく走る音がする。

 鳥の囀りが聞こえて、飛び行く羽音がする。

 ……そんな中、楓の寝息の心地良さに、青葉が微睡んでいく……。


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青葉と楓ーあと少しもう少し (BL) 婭麟 @a-rin

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