第17話「侵攻と砦」

※ ※ ※


 宣戦布告から、三日後――。

 ついに、ヌーラント皇国の部隊が国境を超えて、侵攻を開始した。


 相手としても軍備に時間がかかったのだろう。

 つまり、あのタイミングでの宣戦布告はルル姫の独断専行ということだ。


 ともあれ、いきなり攻めてこられないだけよかった。

 おかげで国境に近い村の者はあらかじめ避難することができた。

 やむをえず家に残った者もリリが放送で呼びかけたので抵抗することはなかった。



 ヌーラント皇国の軍勢は規律がしっかりしているのか乱暴狼藉をすることもなかったのだ。なぜそのようなことがわかるかというと、ミーヤの魔法だ。


 魔法で見たい場所を映像として、まるで映画館のスクリーンのように映し出すことができる。それを使って、相手の状況を逐一知ることができるのだ。ルートリア皇国内なら、どんな場所でも映せるらしい。


 ちなみに、今、俺たちがいるのはルートリア城にある作戦会議室。

 壁にはヌーラント皇国の騎士団の姿の進軍する姿が映っている。


 銀の鎧に身を包み、黒い軍馬で統一された軍勢は、威風堂々。

 しかも、かなり数が多い。軍事に力を入れてきただけに、軍隊の規模がルートリア皇国よりも大きいようだった。


「敵は強大であるがルリア率いる軍勢も負けておらぬのじゃ!」


 壁には、砦で防戦の準備を整えているルリアの姿も映っている。

 なお、こちらは歩兵が中心で、騎馬はルリアを含めて数名ということらしい。


 そのあたりは軍事費を削減して内政に力を入れていた影響が出ているようだ。

 ほとんどが騎馬VSほとんどが歩兵という対照的な両軍の映像を眺めながら、リオナさんが口を開く。


「軍勢が進軍するとき必ず補給が必要となります。ですから、まず相手の軍勢はこの宿場を抑えようとします。なので、宿場前のこの砦周辺が戦場となると思われます。こちらは歩兵が中心ですが砦にいるぶんには騎馬と歩兵の戦力差はありません。むしろ相手が馬に乗っているだけ、こちらの弓矢の命中率は上がります。兵か馬、どちらかを仕留めればいいのですから」


 ルリアの詰める砦は宿場に入る手前の街道沿いの丘にある。

 そして、高低差を利用しているので敵の攻撃を防ぐ仕組みになっていた。

 これだと軍馬といえど、その機動力を生かせないわけだ。


「……この砦は父上の遺言で絶対に廃城にするなと言われていたのじゃ。内政大好きっ子のわらわとしては砦の維持管理費がもったいないと思っておったのじゃが……まさか、こんな形で役に立つ日がくるとは思わなかったのじゃ……」


 やはりリリの父親も国王をやるだけあって、この砦の戦略的価値をよくわかっていたのだろう。もし宿場の近くに砦が築かれていなかったら、相手の騎馬隊と真正面からぶつかることになったわけだ。


 そうなると、軍事費を削減して歩兵中心のルートリア皇国軍ではひとたまりもなかっただろう。

 そういう意味で、死してなお、前国王は死してなお国を護(まも)ったともいえる。


「一応、魔法部隊もルリアさんに半分ほどつけておりますので~、もし相手の軍勢が街道をそのまま突っきり砦を無視して宿場にいこうとしても~、丘の上から火や雷の魔法を降らせればなんとかなるかと思います~。そうなれば、背後からルリアさんの軍勢で追い討ちもかけられますし~」


 性格的に正反対なところはあるが、ルリアとミーヤもリリを支えることでは一致しているので連携はバッチリだ。兵士の数は少なくても、みんなリリのためにがんばろうという気持ちでは負けてないい。


 こんな小さな体で一生懸命がんばっていれば力になってあげようと思うのが人情だ。会ってまだ一週間経ってない俺ですらそう思うのだから、ずっとリリと一緒にいたふたりはなおさらだろう。


 ともかくも、こちらの防衛体制は整った。


「お城の結界もさらに強力にしておきましたから~、外部から転移魔法でお城に入って奇襲するのは極めて困難になっています~。お城から外に転移できるのは~、わたしと~、わたしが許可しただけというふうに設定しておきました~」


 ミーヤのおかげで城の防備も万全といったところだ。

 ルリアが前線にいっている以上、城はどうしても手薄になる。


 こう考えると、転移魔法で前線にも城にも移動できる魔法使いが一番戦力になるのかもしれない。


 ちなみに、俺はあれからも魔導書を読み、ミーヤとリオナさん立ち合いのもと城の近くの練兵場でさまざまな攻撃魔法を使ってみた。


 いずれも普通に発動できたので、この魔導書に書かれている魔法はおそらくぜんぶ使えるようだ。


 そして、俺の魔法量は無尽蔵といっていいほど膨大らしくマジックポイント切れを気にすることなく魔法をいくらでも使えるようだ。

 やはり童貞のまま三十歳を越えて死んだからだろうか?


「ミチトさまのチート魔法に頼らずに済むのが一番ですが~……いざとなったら助けていただくかもしれません」

「……ううむ、しかし、ミチトを危険な目には遭わせたくないのじゃが……」

「自分の身をバリアーで守る魔法とかもあるし大丈夫だと思うぞ? 俺も、この国のために戦いたい。だから、遠慮せずに俺のことを使ってくれ」

「ミチト、その気持ちありがたく思うが、なんとかこの砦で食い止めたいのじゃ」


 ルルは壁に映されているルリアを見守りながつぶやく。


 なお、ルリアは映像が魔法によって流されていることは知っているが、こちらと直接会話をすることはできない。


 テレビ電話じゃなくて、あくまでも動画中継みたいな魔法なのだ。城と連絡をとる場合は、連絡役の魔法使いを通じてすることになっていた。

 魔法使い同士なら、テレパシー的に意思を伝える魔法があるのだ。


 ともあれ、こちらとしては相手が攻めてくるのを迎え撃つほかない。

 なお、砦の周にはリオナさんの指示のもと罠をしかけていた。


 ……それから一時間ほどして――ついに、敵の戦闘部隊が砦付近までやってきた。

 映像の中のルリアは騎馬に乗ると抜刀して、兵や魔法使いに呼びかける。


「皇国のため、リリ様のため、民のため! 必ず敵を追い払おうぞ! みな、力を貸してくれ! 我ら心ひとつにして、必ず勝利するぞ!」


「「「おーーーーーっ!」」」


 ルリアの呼びかけに応えて、騎士団と魔法使いが声を上げる。

 全員が若い女性なので、かなり高い声だ。

 士気もかなり高い。


 一方、ヌーラント皇国側は進軍を止めて、丘の上の砦を睨みつける。

 誰も言葉を発せず――軍隊そのものが不気味な静寂に包まれていた。


「むう……相手はどう出るのじゃ……」


 リリは食い入るように両軍の映像を見つめる。

 と、そこで――。


 敵軍の前にふたつの光が出現して拡がったかと思うと――ドレス姿のルル姫と魔法使い姿の香苗が現れた。


「ふふ、ここであたしの国の騎馬隊の力を見せつけるのもいいけれど良き将というのは戦わずして勝つ者のことを言うのよ! カナエ! あの魔法を使いなさい!」

「は、はいっ、姫様!」


 ルル姫の命令を受けた香苗はステッキを構えた。

 なんだ……? 香苗はなんの魔法を使う気だ?


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