第18話「幼なじみのぬいぐるみ魔法と危機的状況」

 香苗は、先端に星のついたアニメの魔法少女が使うようなキラキラ輝くステッキを振って、呪文を詠唱する。


「もふもふっ♪ もっこもこっ♪ みんなぬいるぐみになれば、ずっと平和っ♪」


 なんか気の抜けるような魔法だが――ともかく香苗のステッキからまばゆいばかりの光が放たれ、空へと拡散していった。


「いけません、みなさん~、早く防御魔法を~」


 ミーヤが慌てたようにテレパシー魔法を飛ばすが、砦の上空に拡がった光の粒子は雪のようにチラホラと砦に舞い降りていく。


 映像の中に映るルートリア軍の兵士は光の粒子に触れた途端――ぬいぐるみのような姿になっていった。


 ただ、ルリアは身に着けている鎧から青白いバリアのようなものが発せられて光の粒子の接触を防いでいた。あとは、魔法使いの部隊もそれぞれがバリアを張って、ぬいぐるみ化を回避しているようだった。


「な、なんということじゃ! 兵士も馬もみな、ぬいぐるみに!」

「これだけ広範囲の状態異常魔法を使いこなすとは~、やはり彼女はただ者ではないですね~。魔法バリアを張るか、ルリアさんのように魔法耐性のある鎧を着た方以外には~避けようがありません~。まさに天変地異級の状態異常魔法です~」


 ぬいぐるみ化した兵士たちは一応動けるようだが……もふもふしたぬいぐるみなので武器を持つことは不可能だった。


 ちなみに、着ていた鎧もぬいぐるみのような素材になってしまっているので防御力も0だろう。なにか叫んでもいるような動きをしている者もいるが、ぬいぐるみなのでしゃべれないらしい。


「くっ、これほどの状態異常魔法を使うとは予想外ですね」


 軍師的な役割を務めるリオナさんにとってもこの魔法の威力はショックだったらしく、映像を悔しげに睨みつける。まさか、戦う前から劣勢に追いやられるとは。


「な、なんだこれは! なぜみながぬいぐるみにっ!?」


 映像の中のルリアも、想定を超えた事態に慌てていた。

 一方で、もうひとつの画面に映るルル姫は得意満面の表情だ。


「見たかしら? これがカナエの魔法の威力よ! リリ、どうせ映像投影魔法で見てるのでしょう? 力の差がわかったのなら降参しなさい! このまま戦いに突入すれば、ぬいぐるみ状態の兵士なんでズッタズタのボロボロよ! あたしとしても余計な血は流したくないわ! さあ、さっさと男をよこすのよ!」

「ぐぬぬぬ……」


 リリは悔しげに呻いて、両手の拳を握りしめた。


 砦に籠っている兵のほとんどがぬいぐる化してしまい、いま普通に戦えそうなのはルリアと魔法耐性のある鎧を着ていたと思われる上級騎士数名、あとはバリアの発動が間に合った魔法使い十数名だ。


「こちらとしても、ある程度の広範囲魔法攻撃は想定していましたが~……まさか、ここまでとは想像以上でした~……」

「くっ……わたしの見通しも甘かったです。騎馬隊の対策は考えていましたが、まさかこんな奇天烈な広範囲魔法を使われるとは……」


 劣勢を目の当たりにして、一気にこちらの士気が落ちていく。

 まさか、戦う前から一気に劣勢に追いやられるとは思わなかった。


「みな、すまぬ……。全兵士に魔法耐性のある鎧を支給していなかったわらわに責任はあるのじゃ。軍事費削減のためとはいえ、こんなことになるとは……」


 こんなところで軍事費削減の影響は出ているようだった。


 しかし、ここまですごい魔法を使う存在はこれまでありえなかったのだろうし、リリは責められないだろう。

 異世界から来た香苗や俺のような存在がチート(異常)すぎるのだ。


「リリ! 長年友好国だったよしみで悪いようにはしないわ! 降参なさい! 男をよこせばそこで兵を引くわ! それとも、このまま砦で一方的な殺戮ショーが行われるのをお望みかしら?」

「ぐぬぬぬぅ……」


 リリは唸りながら、投影されている映像を睨みつける。

 そのとき、映像の中のルリアが叫んだ。


「くそっ! かくなる上は皇国随一の剣の使い手であるわたしひとりで全員を相手にしてやる!」


 ルリアはその場を駆けだして砦から相手側に突っこんでいく。


「ルリア、無理じゃ! 戻るのじゃ! 早く伝令で戻れと伝えるのじゃ!」


 だが、ルリアは伝令の魔法使いすら置いて、単身、走っていく。


「リリさま~、ここはわたくしがどうにかいたします~」

「ミーヤ? しかし、この状況では」

「大丈夫です~、ルリアさんを犬死はさせません~」


 ミーヤは壁のところに置いてあった年季の入った木製の杖を手に取ると、瞬間移動魔法を発動した。それによってミーヤが展開していた映像投影魔法は消えたが、すぐに傍らにいた魔法使いが引き継いで投影魔法を開始した。


 再び映像が投影されたときには、砦を出て平原に出たルリアの前に立ちふさがるようにミーヤが立っていた。


「ミーヤ、どけっ! 相手の軍勢などわたしひとりで十分だ!」

「落ち着いてください、ルリアさん~。いくらルリアさんが皇国随一の剣の使い手でも~、これでは多勢に無勢です~。それに~、一般兵はなんとかなっても、異世界から来た魔法使いの方はひとりじゃ絶対に無理です~」


 それだけ香苗の力はチートなのだ。

 しかし、ミーヤとルリアが香苗と戦うだなんて見たくない光景だ。


「リリ、俺も行かせてくれ! なんとか香苗を説得して、戦いをやめさせる!」


 リリが答える前に、リオナさんが俺を制止する。


「いけません、相手の目的はミチトさまです。最前線にルル姫とミチトさまの幼なじみの方が出てきたということは相手方はよほど自信があるということです。ミチトさまの魔力の高さは承知しておりますが、あちらのの魔法の威力も異常すぎます」


 俺が魔法を使えるとわかってから、たった数日。香苗はもうこちらの世界に何年も経っている。香苗がいつ魔法を覚えたのか定かではないが、よほど俺よりも自在に魔法を使いこなせるだろう。


 でも、このままルリアとミーヤが香苗と戦う姿を見ているだけなんて辛い。

 だって、これは戦争だ。戦って傷つくどころか、誰かが死ぬ可能性だってある。


「行かせてくれリリ! 俺のために誰かが傷つくのは見たくないんだ!」

「し、しかし……」

「リリだって、ふたりが傷つくのを見たくないだろっ!? 真正面から戦ったら誰かが死ぬ可能性だってあるんだぞ!」

「ぐぬぅぅ……」


 リリも揺れているようだった。


 リリにとって、ルリアとミーヤの存在は騎士と魔法使いという枠を越えて家族のような存在だろう。それを失うことは耐えがたいはずだ。


「それに、ここで激しい戦闘をしたら宿場はもちろん国土が荒廃する! リリは内政のためにこれまでがんばってきたんだろっ!? それを俺なんかのために犠牲にしていいわけがない!」


 戦争の原因は、俺なのだ。その俺が、城でただ映像を見ているだなんてできない。


 俺が降伏するだけで誰かの命が助かるのなら――リリが繁栄させてきた国を戦火から救うことができるのなら――俺のやることは決まっている。


「……ミチトさま。投降するおつもりですか?」


 そんな俺の心情は、聡(さと)いリオナさんにはお見通しだった。


「ミチト!? そ、それはだめなのじゃっ……!」


 リリは慌ててとめてくるが――しかし、このままルリアとミーヤを香苗と戦わせるわけにはいかない。


「すまん、リリ。なんとかするつもりだが、最悪の場合は投降する。みんなが傷ついたりリリの発展させてきた国が荒らされるは見たくないんだ」


 ある意味で俺のわがままかもしれないが、争いの元凶たる俺が安全地帯で誰かが殺しあうところを見てられなかった。


 俺は魔導書を開き、瞬間移動魔法を発動した――。

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