第16話「伝説の魔導書が日本語で書かれていたおかげで楽に魔法が使える!」
※ ※ ※
昨日までは俺とリリは別々の部屋だったが、警護を強化するために俺はリリの部屋で一緒に生活することになった。
そして、ルリアは防衛軍の大将となり、ミーヤも魔法軍の統率役となった。
リオナさんは知力の高さを買われて軍師になった。
ルートリア皇国は、にわかに戦時体制になったのだ。
リリは魔道具を使った放送機材を使い、城内から各エリアに設置されている放送塔から国民に呼びかけた。
『みんなに報告があるのじゃ! 昨日、隣国のヌーラント皇国が我が国に宣戦布告をしてきたのじゃ。これから我が国に相手が侵攻してくると思うが、みなは敵兵が来ても逆らうことなく家でじっとしているのじゃ。もし、なにか物資を要求されたら抵抗せず差し出してほしいのじゃ。損害はあとでわらわが補填する。わらわにとって民の命がなによりも大事なのじゃ! なので、生き延びることだけを考えてくれ! 我が国には最強の剣士ルリアと至高の魔法使いミーヤがおる! 必ず敵は追い払うゆえ、しばらくの間、耐えてほしいのじゃ!』
突然の事態に国民は驚いたようだが、民を思うリリの心が伝わったのか大きな混乱にはならなかった。
軍備をしつつも、民のことを最優先に考えるリリは、さすが名君だ。
会議をして、ある程度方針と陣容を整えると、ルリアが兵を率いて西へ向かった。
西の街道の宿場町近くのリリの父親の代に築かれた砦があるらしく、そこへ籠るということだ。
※ ※ ※
――夜になり、俺たちはリリの部屋で休息をとることになった。
「ミチト、急に騒がしくなってしまって申し訳なかったのじゃ。でも、必ずミチトのことは守るので安心してほしいのじゃ。絶対にこの戦には勝利するのじゃ」
午後からずっと軍議や民衆の避難方法についての会議に出ていたリリだが、疲れを見せず逆に俺を気づかってくれた。
「いや、リリこそ、お疲れ様だ」
こんな小さな体で国のために尽くしている姿は、本当にけなげだ。
だからこそ、なにか俺も役に立ちたいと思う。
香苗が魔法と剣の使い手になれたのなら、俺にだってその可能性はあるはずだ。
異世界に召喚された人間は特殊な能力を持つとリリも言ってたことだし。
「あのさ、ミーヤ……。俺に魔法の素質があるって言ってたよな?」
「はい~、確かにミチトさまにはとてつもない魔法的な才能があることが、おっぱい魔法によって判明しています~」
「少しでも力になりたい。魔法を教えてくれないか? いざというときに戦力があったほうがいいだろ?」
「っ! ミチトっ、わらわはミチトのことを危険にさらしたくはないのじゃ!」
リリは驚いて止めようとしてきた。
だが、戦が避けられないのなら、俺もなにかしら役に立ちたい。
守られているだけなんて情けない。
そもそも根っからの社畜体質の俺は、みんなが働いているときになにもしないだなんて罪悪感を覚える。
「そうですね~……それでは、ミチト様に魔導書をお渡ししておきましょう~。古来より伝わっている伝説の魔導書なのですが~、わたしたちの国の言葉とは別のものなので読むことができなかったのです~。もしかしたら異世界より来られたミチトさまなら読めるかもしれません~」
そう言って、ミーヤは自分の胸の谷間に手を突っこむ。
その瞬間――光が拡がり、谷間から一冊の古びた本がワープするように出てきた。
大きさは単行本サイズだ。
そして、書かれていた文字は――えっ?
「……日本語?」
タイトルには、『超強力なチート魔法の簡単な使い方!』と書かれている。
「もしかして~、ミチトさまのいた世界の言語なんですか~?」
「ええ! もろに母国語です!」
まさか、日本語で書かれている魔導書があったなんて!
俺はミーヤから手渡された本を読んでみることにした。
「えっと、最強の攻撃魔法、最強の防御魔法、最強の特殊魔法……」
内容も日本語で、簡潔に魔法の行使手順が書かれていた。
具体的には、魔力の高め方、イメージ、空中に指で綴る文章だ。
なお、綴る文章は漢字とひらがなとカタカナが混ざっていて、書き順が違うと発動しないようだ。
「ぜんぶ、わかります」
「なっ、なんということなのじゃ! 古来より伝わる魔導書をミチトが読むことができるとは!」
「驚きました。わたしの頭脳をもってしても、解読できなかったのですが……」
リオナさんも目をパチパチさせていた。
リオナさんから文字を教わるつもりだったのに、まさかこの世界で初めて読んだ書物が日本語によるものだったとは。
でも、可能性としてはおかしい話ではない。なぜならば、香苗がすごい魔法の使い手なのだ。おそらく香苗も、日本語で書かれた魔導書を呼んだのではないだろうか?
だから、俺と同じく元いた世界の人間なのに、すごい魔法を使えるのだろう。
「しかし、読めることができても、魔法を実際に行使することはできるのか?」
「ミチトさま~、試しに、あまり害のなさそうな魔法を選んで使ってみてください~。攻撃魔法以外の、特殊魔法の中で~、そうですね~、たとえば瞬間移動魔法とか~。ミチトさまの幼なじみの方も使っていましたし~」
「わ、わかった。確かに、魔導書にもそういう項目はあるな」
俺は魔導書の目次かに瞬間移動魔法の項を見つけて、そのページに書いてあるとおりに魔力を高め、イメージし、空中に指で綴りを書いてみた。
具体的には、両手に空気中からエネルギーを集め、これから使う魔法の目的や結果を脳裏に描き、文章を綴る。
『行く雲流れる水。我、心の望むところに現る』
次の瞬間――俺は部屋の一番壁際まで移動していた。
「ぬおおっ! ミチトが瞬間移動魔法を!?」
「すごいです~。わたしも瞬間移動魔法を使えるのですが~、習得にかなりかかりましたから~」
「驚きましたね。ミチトさまがここまで魔法の才能がおありだとは」
俺としても、いきなり魔法を使えるとは驚きだ。
まぁ、すべて魔導書に日本語でやり方が書いてあるのだから、俺としてはそれに従えばいいのだから楽だ。
瞬間移動魔法も使えたのだから、ほかに書いてある攻撃魔法や防御魔法も同様に使えると思う。これなら、俺もただ守られるだけでなく、戦力になれるだろう。
「リリ、俺も協力できることはするから。……まぁ、魔導書の魔法がぜんぶ使えるのかどうかはわからないけど……」
「助かるのじゃ! しかし、ミチトを危険な目に遭わせたくないので、前線に派遣するわけにはいかぬのじゃ」
「ああ、まぁ、相手の目的は俺だしな……。でも、本当に劣勢になったら俺を前線に出してくれ。それでだめなら、俺だけでも相手に降伏して向こうのものになれば戦争は終わるだろ?」
俺が戦争の原因となっているわけだから、それで戦いは収まるはずだ。
内政をがんばってきて国を豊かにしてきたリリのためにも、この地が荒廃することは避けたかった。特に城下での市街戦みたいになったら、犠牲者の数も膨大なことになるだろう。
そうなる前に、相手を追い返すなり、俺が降伏したりしたほうがいい。他人に迷惑はかけたくない。
「ミチトは本当に、わらわや民のことを考えてくれているのじゃ……。本当にミチトのような素晴らしい人物を召喚することができて、よかったのじゃ」
「わたくしも、がんばって召喚したかいがありました~♪」
「最初は子種要員だと思っていたのですが、その認識を改めさせていただきます。もしかするとミチト様は、この国の――いえ、世界の救世主になるかもしれません」
周りからの評価が高すぎて、俺としては居心地が悪い。
ただの社畜――会社の奴隷だった俺には、くすぐったすぎる言葉の数々だ。
「と、ともかく、俺もこの国のためにできることをやるから。みんなと接して色々なエリアを見て、本当にいい国だなって思ったからな!」
俺の元いた世界の労働地獄とは明らかにみんな違った。
どのエリアの人たちも表情が生き生きしていて、幸福そうだった。
満員電車に詰めこまれた生気のない社畜の目とは違った。
だから、この楽園のような場所を俺のせいで壊すわけにはいかない。
「っ……! あ、ありがとうなのじゃ、ミチト。異世界より来たミチトにそう言ってもらえて本当によかったのじゃ。この五年、国を豊かにするためにずっとがんばってきて、本当に……よかったのじゃっ!」
リリは瞳を潤ませて、少し泣きそうになりながらも――最後にはとびっきりの笑顔を見せてくれた。
この笑顔を守るためなら、俺はいくらでもがんばれる。
過労死するほど働いた俺だが、リリのために働きたいと心から思った。
こんなに小さな女の子が――実年齢はひとつしか変わらないのだが――がんばっているのに、元社畜の俺ががんばらないわけにはいかない。
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