第15話「宣戦布告~世界でたったひとりの男を巡って~」

「一国の姫であるわたしのお供だもの、カナエは剣も魔法も一流なのよ」

「なっ……」


 俺としても驚くほかない。

 香苗は、かなり運動音痴で典型的な文化系女子だったのだ。

 それが、魔法も剣も一流?


「確かに~、この魔力は尋常ではないですね~」


 ミーヤも香苗の実力を認めているようだ。


 ルミアとしても、魔法に対しては素手では対応しようがないらしく、その場を動けない。


 帯剣はしているのだが、それを抜刀するとただごとではなくなるから躊躇しているようだ。相手は一国の姫。下手に手を出すと大変なことになる。


「ふふ、今日のところは、これで帰るわ。男が召喚されたという情報を確かめるのが目的だったから。リリ、今ここでその男を差し出せば悪いようにはしないわよ? そうじゃないというのなら、戦の一字あるのみ」


「そんな屈辱的な要求、飲めるわけがなかろう! そもそも友好国である我が国に対して、本当に戦争をしかけるつもりなのか? 信じられぬ愚挙じゃぞ!」


「リリ、これまでの友好関係にはもちろん礼を言うわ。来るたびにおいしい料理も食べられたし。でも、今、世界は滅亡の危機に瀕しているのだから甘っちょろいことは言っていられないわ。こいつが世界でたったひとりの男なんだから。……それに、カナエの幼なじみだっていうんなら、なおさらあたしの国に来るのがふさわしいわ。あなただって、そう思うでしょう?」


 ルル姫は俺のほうを見つめて訊ねてきた。


「い、いや、俺は、その……」


 確かに幼なじみだった香苗と一緒にいられるとしたら、それは悪くない話だ。


 だが、俺はルートリア皇国の魔法使いミーヤによって召喚されて、リリとはまだ一日とはいえ交流を深めた。


 その中で、リリが本当に国や民のことを思っていることを感じた。

 ここで、いきなりリリ姫のほうに行くだなんて、できるはずがない。


「いっそ、ここであなたを連れていってしまったほうが平和かもしれないけど、さすがにそれじゃ面白くないから一度帰るわ。これからこの世界は血なまぐさい戦国乱世になる。だから、一度戦争をして兵の練度も高めておかないとね」


「な、なにを勝手なことを言っておるのじゃ! わらわが下知すれば、すぐにふたりとも捕縛して牢屋行きなのじゃ! ここはわらわのホームグラウンドなのじゃぞ!」


 香苗がすごい実力の持ち主だとしても、ミーヤやルリア、リオナさんたちが総出でかかればなんとかなるんじゃないかとも思えるが……。


 ルル姫からは余裕を感じられた。


「ま、ここでカナエの実力を見せつけるのもかわいそうだから、やめといてあげる。ほら、カナエ、さっさと帰るわよ」

「は、はいっ、姫様っ。……え、遠距離移動魔法陣、発動っ」


 香苗が小声でつぶやくとともに、香苗とルル姫の足元に魔法陣が浮かぶ。


「ぬう、逃げる気かっ!」

「リリ、それでは正式に宣戦布告するわ。いつでも降参しなさいよね?」

「え、ええとっ、ミチトくんっ……ま、またねっ!」


 バリアを保ったまま、ふたりの足元の魔法陣が輝き――光が爆発的に拡がる。

 そして、その光が収まったときには――ふたりの姿は忽然と消えていた。


「あれだけ強力な魔法バリアを展開しながら遠距離移動魔法を同時に発動するなんて~、彼女はただものではないですね~」


 この国一番の魔法使いミーヤがそう言うのなら、香苗の実力は本物なのだろう。


 まさか、この世界で初めてあった同じ世界の住人が香苗な上に、これから敵対する国の戦力だなんて……。


「むうう、なんということなのじゃ! まさか、あそこまでワガママとは思わなかったのじゃ、ルルめ! 宣戦布告など、よくもそんな軽々しくするものじゃ! 戦争をなんだと思っておるのじゃ!」


 しかも、この戦争の原因は、俺なのだ。


 確かに、世界でたった一人の男となれば希少価値どころではない。

 というか、俺がいないと、この世界は人口が減り続けて、いずれ滅びる。

 ただの社畜童貞に過ぎなかった俺がここまで世界に影響を与える存在になるとは。


「リリ様、こうとなっては、いますぐに軍備を整え城の守りを固めるべきかと。隣国までは歩いて半日。宣戦布告をしたからには、相手の軍勢はすでにある程度準備ができている可能性もあります」


「リリ様、下知を! 騎士団を率いて西方の街道を固めます! ヌーラント皇国の軍勢は城下に一兵たりとも入れさせません!」


「もちろん、わたくしも戦いますよ~。せっかく召喚したミチトさまを力づくで奪われるなんて嫌ですから~。ただ、遠距離移動魔法を使えるとなると、厄介ですね~。城内にいても安全ではないということですから~。一応、城内に結界魔法は張ってあるんですが~、さっきのカナエさんという方は打ち破ってしまいました~」


 にわかに慌ただしくなってきてしまった。

 ずっと平和な暮らしが続くのかと思ったのだが、急展開だ。


「リリ、その……いざとなったら俺を相手に引き渡せ。俺のせいで誰かが傷ついたり命を落とすなんてことは避けてほしい。リリはこの五年、内政をがんばってこの国を豊かにしてきたんだろ? それが戦争で荒廃するなんて間違ってる」


 今日城下のさまざまなエリアを見たからこそ、この国民がいかに幸福に暮らしているかがわかった。だからこそ、俺のせいで平和を乱すなんてことはしたくない。


「ミチトは、ルルのものになってもいいというのか? あと、あのカナエという女は本当にミチトの幼なじみなのか?」


 リリは不安げな表情で俺を見てくる。

 こんな表情、こちらに来てから初めてだ。


「俺は、あのルルとかいう軽々と戦争をするようなワガママ姫なんかよりも、もちろんリリといるほうが好きだ。あと、香苗は本当に俺の幼なじみだ。まぁ……現実世界では、俺よりもずっと早く死んでたんだけど……」


「そうか……。わらわといるほうが好きと言ってくれたのはうれしいのじゃ! しかし、あの侍女がまさかミチトの幼なじみだったとは……。これまでも何度か我が城にお供として来たことはあるが、あそこまでの力の持ち主とは気がつかなかったのじゃ」


「わたくしも何度か見かけたことあったのですが~……魔力を隠すのがすごい上手いみたいですね~。結界の効いている城内でバリアと移動の魔法を両方使えるなんてかなりの使い手です~」


「異世界より来る者は、特殊な力やスキルを持っているとは聞くがのう……まさか、あそこまでとは思わなかったのじゃ」


「皇国随一の剣の使い手であるわたしでも、彼女の剣の実力はわかりません……。ハッタリなのか、剣もできるのか……見た感じは、とても剣を扱えるような雰囲気は感じなかったのですが……」


「ともかくも、リリ様。まずは兵を集めて城内外の守備を固めましょう。あとはリリ様とミチト様は城の最も安全な場所に移動してください。あれほどの力の使い手ということは、相手がその気になれば城に侵入することは容易いでしょう」


 ううむ、まさかこんなことになるとは。

 ともかく、相手が宣戦布告した以上ぼやぼやしてはいられないだろう。

 午前の浮かれたデート気分からは一転、本当にとんでもないことになった。

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