第265話 生命 ノ 終ワリ
終わりの瞬間というのは切ないものだ。
二度もの人生を経験した俺だが、今回ばかりは、もう助からないだろう。誰かに殺されるとか餓死するとかいう単純な死に方じゃない。神の一部になるのだ。
「ねぇファウストさん、ちょっといい?」
「なんですか、ヴェ……オスト!」
「おぉ、正解!」
「で、なに?」
「ファウストさんって、いまから死ぬんだよね?」
「えぇ死にますよ?」
「本当に死ぬの?」
「えぇ、本当ですけど?」
「なんでそう平然としていられるの?」
「平然としているように見えますか?」
「うん」
そっか。そんな風に見えてんだな。
「一応それなりに辛いんだけどね」
「へぇ」
「ここ最近は、悲しい別れの連続だったけど、涙一つ流さなかったなぁ」
「悲しのは悲しいの?」
「うん、すごく悲しい。でも涙も流れなくなった。【ホメオスタシス】で感情をコントロールしまくって、辛いことを経験しまくって、脳の伝達物質をいじる毒を投与してきた弊害かもしれないし、知の神が俺の体に施してくれた成長のお陰かもしれない」
「大人になったんだね」
「かもね」
大切な人たちとの別れで涙も流せなくなるなら、大人になるってのは案外、寂しいことなのかもしれないなぁ。
「ちゃんとお別れは言ってきた?」
「いや、ほとんど言ってないなぁ」
「なんで?」
「みんな大人じゃないんだよ。もの凄く賢いネズミの獣人の友達がいるんだけどね……」
「ジェイ?」
「そう。ジェイは世の理を理解しているし、頭の回転も速い。でも俺が死ぬと言えば、現実を受け止められずに混乱し、体を張ってでも止めてくるだろう」
「だろうねぇ」
「デルア竜将ワイズ君もそうだ。世界を救うためだと頭では理解していても、それを行動に反映できない。大人になれないんだ」
ジーっと俺の顔を観察するオスト。
「なにか?」
「一人一人と向き合って納得させるべきだったんじゃないの? 勝手に死んだら、みんな怒ると思うよ?」
「そう出来たら理想的だったんだけどね。いままで大陸を創造したり、侵略者と融合するための細胞を造ったりで余裕がなかったんだよ。ギリギリまで粘らなくちゃいけなかった」
「昔のファウストさんなら、多少の無理をしても、味方になってくれた人のために時間を使ったと思う」
おっと。
相変わらず双子ちゃんは容赦ないな。
俺は葉っぱを千切ってタバコに変質。火をつけた。
「昔の僕が戦ってたのは、せいぜい自分自身のためにとか、味方のためとか狭い範囲の話だった。そのうち街を守る立場になって、いまは世界のために動かないといけない。考え方も変わるし、優先順位にも変化がある」
「わかるよ。ファウストさんがなにを考えているとか、なぜそんな風になっているのかもわかる。でも……。私は昔のファウストさんが好きだった」
ふふふ。
双子ちゃんの言葉はやっぱり骨身に浸みるぜ。
確かに昔の俺だったら、この場にジェイとかワイズ君、ゲノム・オブ・ルゥのメンバーを連れてきたりしていたかもしれない。みんなが納得する感動的な最期を目指しただろうなぁ。
「僕も昔の僕のほうが好きだった。いまよりもずっと素直だったし、生活に喜びがあった」
「いまは?」
「
「なんだか、可哀想」
「まったくだ」
一度、大きく煙を吸い込んで、吐き出した。
「世界は不条理で溢れている。世界のために必死に戦ってきた僕やマンデイが苦しみ抜いた末に人知れず死んで、なにもしない生き物が楽に生活するなんて、どう考えても間違えてるよな」
どう考えても不条理だ。どう考えても間違えてる。どう考えてもおかしい。
「なんで、そんなに嬉しそうなの?」
「嬉しそう? さぁ、なんでだろう。見間違えじゃないかな」
そろそろ準備が終わる頃か。
「マンデイ、調子はどう?」
「障壁の地点を決定した。ファウストが【
「わかった。じゃあマンデイ、オストさん、ヴェストさん。最終確認をしようか。まずは俺が麻酔を打った状態で【楽園喪失】を発動させる。俺の体が変化し始めるのを確認したら、双子ちゃんは障壁を張って、俺と侵略者を閉じ込めてくれ。俺は侵略者のエネルギーを封じ込めているワトの檻を破壊して、侵略者と融合する」
「なぜファウストだけ」
「一番成功率の高い選択肢なんだ。俺とマンデイが二段階で侵略者と融合することで、より純度の高い融合が可能になる。波状攻撃だな」
「……」
マンデイが獲物に向けるような瞳を、こちらに向けている。
「なに?」
「ファウストはマンデイに嘘をついたことがない」
「そうだな。約束したことは全部守ってきた」
「でもいま、マンデイは嘘をつかれている」
「なぜそう思う」
「ファウストよりマンデイが賢い」
うぅん。
やはりマンデイを騙し通すのは無理か。
なんとかマンデイだけには助かって欲しかったのだけど。
「なぁマンデイ、俺が嘘をついていることを知りながら騙されてくれたりはしないか?」
「しない」
「俺一人でもいいと思うんだ。命が勿体ない」
「ファウストがいる場所がマンデイのいる場所」
やっぱ、無理だな。
俺よりマンデイの方が賢いし、強いんだよな。このまま粘っても勝てる気がしない。
「どうしてもダメ?」
「うん」
ぐぬぬ。
「ファウストの創造する力はマンデイが一番よく知っている。出し抜くのは無理」
「最後に抵抗してみたかっただけだ。他にもいくつか手を考えてたんだけど、どれも無理そうだなぁ」
「うん」
マンデイの本質は昔から変わっていない。
生まれたばかりの頃は盲目で、耳も機能していなかった。知識もなかったから、俺が一つずつ教えていった。
あれは井戸です、あれは馬車です。
視力を獲得して、聴覚や痛覚を獲得して、賢人の知恵を学び、マンデイは大人になっていった。そして、いつの間にか俺の遥か先を歩んでいた。
でもスタンスは変わっていない。
「無理はしなくていいんだぞ?」
「ついて行く」
「わかった」
この子は昔からそうだった。
どんな困難が待っていようと、どんな苦境であれ、俺が行くと言えばいつもマンデイは迷わずついてきた。ずっと支えてくれていた。
「オストさん! ヴェストさん!」
「「はーい」」
「障壁をお願いしいます」
「「はーい」」
【楽園喪失】は俺とマンデイの存在するステージを、侵略者と同一のレベルまで引き上げる代物だ。当然、いままで使っていた体は深刻なダメージを受ける。
マンデイ曰く。
――その痛みは想像を絶する。
らしい。
だから俺たちはあらかじめ、体の痛覚をすべて壊しておく。脳、神経、末梢痛覚、すべての段階で痛みをシャットアウトする。よって体の一部が欠損しようと、細胞が変質しようと、俺たちは痛みを感じない。死ぬまで。
普段の創造物は、危険性や自然界に対する影響などを考えて慎重に進めていくのだが、今回の【楽園喪失】は、使った後の副反応などは考えていない。
なぜなら侵略者と融合した段階で、我々の存在する次元は、痛みや苦しみとは無縁になるのだから。
「さて、麻酔術を始めようか」
「うん」
マンデイと開発した麻酔術は、吸入式、注射式、埋め込み式、貼用式の薬を同時に投与することで完結する。これですべての痛みをシャットアウト出来るようになるのだ。
痛みを感じないというのは危険である。
危機に敏感でなくなるし、なにより痛みは快楽や愛の裏に存在しているのだから。
「なぁマンデイ」
「なに」
「俺はお前のことが好きだ」
「そう」
「例えこれから痛みを感じなくなったとしても、体を失ったとしても、いま、この瞬間にお前を好きだという気持ちは揺るぎない」
「うん」
用法用量を守りながら麻酔術を始める。
「マンデイもファウストが好き」
「知ってるよ」
「いま、マンデイが感じている気持ちも」
「あぁ、揺るぎない」
さぁ行こうか。
最終章の始まりだ。
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