第264話 愛息仔

 ワイズ君と別れると、すぐに不干渉地帯に飛んだ。


 ガイマンと仲間たちは、普段と変わらない様子で俺を出迎えてくれた。


 産後すぐに親に捨てられたガイマンだが、反抗期の類は一切なく、とても素直に育っている。


 青は藍より出でて藍より青し。マンデイにしろガイマンにしろ、俺なんかより遥かに立派だ。


 体のサイズはすでに大人のケリュネイア・ムースの二倍近くに到達しているし、威圧感はすでにハマドやムドベベを凌ぐほど。


 コイツに会えるのもこれで最後かと存分に体をなでなでして、別れの挨拶を。


 「ガイマン、それじゃ。またね」

 「父さん」

 「なに?」

 「本当のことを言ってくださいませんか?」

 「本当のこと?」

 「マンデイ姉さんから聞きました」


 カマをかけられている。とっさに、そう思った。


 上手になったものだな、ガイマン。俺が警戒していないタイミングを見計らっての爆弾投下。妙な反応は出来ん。


 マンデイは注意したことや、やるなと言ったことは絶対にしない。いたずら心で、とか、うっかりして、とかそういう事故はまずないと見ていい。


 俺が侵略者と融合することはトップシークレットだ。マンデイが漏らすはずがない。となれば、ガイマンがカマをかけていると考えるのが普通だ。


 「なんて?」

 「父さんの口から聞きたい」


 やはり。


 俺がすることを把握しているわけではない。マンデイからなにかを聞いたというのも、おそらく嘘。


 「嘘だな」

 「え?」


 ガイマンは賢くて良い子だ。


 ここまで気取っているのなら、ちゃんと真実を伝えたうえで納得してもらう他あるまい。


 「マンデイは、大事なことは絶対に言わない。例え俺の息子が相手だとしてもな。ただお前の読みは正しい。俺たちはガイマンに隠し事をしていた。俺たちがここに滞在しているあいだの様子や会話から、なにか良からぬことをやろうとしているのに気が付いたんだな?」

 「うん」

 「正解だ。俺たちは近いうちに死ぬ。あと数日の命だろう」

 「え!?」

 「タバコを吸うけど構わない?」

 「あっ、うん」


 喫煙は悪い習慣だ。


 メロイアンの市民は結構な割合で吸っていて、一部のデルア国民も愛煙家だったりする。


 最初こそ煙なんて吸ってなにがおもしろいんだと思っていたが、孤独に作業を繰り返すうちに、自分で創造したタバコを吸うようになっていた。


 長い仕事でクタクタに疲れた体や頭が、一服するだけでスッキリと回復する気がするのだ。


 ――気がするだけ。


 と、マンデイ。


 その通りだ。体力と気力が回復する魔法の煙であるはずがない。体によくないことも、喫煙をしたところで生産性が上がるわけでないことも、知っている。


 枯れ葉を拾い上げ、創造する力を行使。タバコを造り出し、火をつけた。


 「侵略者を解析した結果、制御不能であることが判明した。俺が接触した時点ですでに手遅れだった」

 「手遅れ?」

 「こことは違う、まったく別のルールに従って、あれは存在している。俺もマンデイも、いままで様々なエネルギーを扱ってきた経験があるから、最後まで分析を頑張ったんだけど、手も足も出なかった。神の世界の秩序は、あまりにも複雑だったんだ」

 「それで?」

 「根本から断つことにした。侵略者と融合して、神の破滅願望をなくさせるんだ」

 「そんなこと……」

 「可能だ。侵略者に取り込まれた俺とマンデイの体の一部が霊体の拠り所となり、レイスとしての人格を保護する。侵略者にやられた個体は、どんなアプローチをしても回復することはなかった。あいつの攻撃は体を破壊すると同時に、魂を傷つけているからだ。先に吸収された俺たちの体や、擬似細胞はプロテクターとなり、俺とマンデイの魂を守る。そのあいだに、魂を変質させて奴と融合するんだよ」

 「お父さん、本気で言ってるの?」

 「もちろん」

 「前例がないし不確定要素が多すぎる」

 「フューリーと俺がルーラー・オブ・レイスのところまで侵略者を誘導して、捕らえた。数千年後、獣の世界の一部の生物がレイスを活用する技術を開発、ルーラー・オブ・レイスの力が弱体化。侵略者は逃げ出した」

 「父さん、なにを?」

 「未来だよ。帝国蟻の巣の最奥部で管理していた。国規模にまで膨れ上がっていた未来のメロイアンが資源を巡って帝国蟻と戦争。混乱に乗じて侵略者が逃亡。どれだけ厳重に管理しても無駄だ。いつか必ず逃げ出して、世界を壊そうとするし、奴に感化された生物は仲間を集め、破壊活動をする」

 「だからって父さんが」

 「これでよかったんだ。俺がいまやっておかなければ、いつか被害を受ける生物が現れる。誰かが犠牲にならなくちゃいけない時があるんだ。やりたいことがあっても自分を押し殺さなければならない場面がある。ガイマン、お前を育てたのは、知の世界に選ばれた勇者だ。己の利益よりも、優先すべきことがあるんだよ」

 「父さんじゃなくちゃダメなの? 父さんの力は今後の世界のためにも必要じゃないか」

 「いや、不必要だ。創造する力はあってはならない技術だから」

 「なぜ」

 「世界を転覆させる力がある。そんな危険な因子である俺が、やはり危険な存在である侵略者を封じ込めることが出来るのなら、これ以上に効率的なことはない」

 「効率的? 冗談だろう? 父さんはいつも諦めないじゃないか。最期の一瞬まで抵抗するじゃないか!」

 「最期まで抵抗した結果がこれなんだよ」

 「へ?」

 「エネルギーは俺の専門分野だ。だから理解できた。侵略者の力をコントロールするのは不可能だと。ゆっくりしてる時間がない。早く奴を鎮めなくては」

 「……わかった」

 「ガイマン」

 「はい」

 「良く、成長したな」

 「はい……」


 ちっ、時間をかけすぎた。


 巻いていこう。


 女の子の寝室に潜入するのは心苦しいが、そろそろ夜があける。ダラダラして計画が一日延びたら無用なリスクが増す。


 なんとか今日中に終わらせる。


 「「え?」」


 久しぶりの双子ちゃんだ。もう体はすっかり良いようだ。


 「オストさん、ヴェストさん。お願いがある」

 「なにー?」


 返事をしたのはオス……、いや、ヴェスト。いいや、オストかもしれん。


 どっちでもいいか。


 「障壁を張って欲しい」

 「別にいいけど、ファウストさんって生きてたんだねー」

 「なんとかね。しかし僕が生きているということは内緒です」

 「どうしてー?」

 「作戦があるからですね」

 「作戦?」

 「えぇ、それは世間的には死んだことになっていないとダメな作戦なのです。詳しくは教えられないんだけど」

 「そうなんだー」

 「で、君たちに障壁を張ってもらいたい。安全な仕事じゃないんだけど……」

 「危ないの?」

 「俺とマンデイが成功すれば安全。でも失敗したら大変なことになる」

 「大変なこと?」

 「最悪の場合、命を落とすこともありえるだろうね。でもね、近くにいたオストさんとヴェストさんだけじゃなくて、世界中の生き物が危険にさらされるわけだから」

 「よくわかんないなー」

 「僕とマンデイが成功すれば、世界は救われるし失敗したらマズイことになる。そしてあなた方の障壁が必要。それだけ」

 「もし断ったら?」

 「僕が造った障壁を使うことになる。あなた方の障壁より遥かに耐久性に劣る出来のやつを。たぶん失敗するでしょう。エネルギーが漏れるからね」

 「私たちじゃないとダメなの?」

 「えぇ、ル・マウの再来、最強の魔術師姉妹オスト・マウとヴェスト・マウでなければいけない。あなた方の魔術は、この僕をもってしても再現できないほどのクオリティだから」

 「本当はゆっくりしてたいんだけどなー」

 「どうか頼む」


 目を合わせる双子ちゃん。


 「しょうがない。やるか」

 「だね」


 よし。


 拉致成功だ。


 これで準備は整った。あとは決行するだけだな。

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