第263話 挨拶

 俺を支え、何度も窮地を救ってくれた仲間たちと別れた俺がまず向かったのはメロイアンだ。


 三大勢力のトップや、思入れのあるガスパール、ユジー、キコの三人、両親に会いたかったという気持ちもあるが、全員に挨拶していたら時間がいくらあっても足りない。それに、俺が生きているということを知っている生き物が多くなればなるほど情報の管理が難しくなる。


 狂鳥が実は生きていて、そんでもって囁く悪魔のために大陸を創造した。そんなことを知っている奴が何人もいては困るのだ。だから会うのは最小限だし、与える情報も制限する。


 メロイアンで一人に絞るのならもちろん。


 「久しぶりです、ジェイさん」

 「えぇ」

 「うまくやってますか?」

 「アンタがいた頃よりも良いかもね」

 「それは安心だ。色々と迷惑をかけました。そろそろすべてが終わります。侵略者はこの世界からいなくなるでしょう」

 「これから、どうするつもり?」

 「まだわかりません。まずマンデイと旅をしようかな」

 「メロイアンには帰って来るの?」

 「僕は世間的には死んでいるので、メロイアンには戻らないと思います。メロイアンの近くに寄った時、深夜にこうやって会いに来るくらいはするかもしれないけど、ずっとここに住むことはない」


 大きく溜息をつくジェイ。


 「本当は私も一緒に旅をしたいんだけど、アンタの隣はいつも埋まってるからね」

 「そうですね……。旅はマンデイと二人だけでしようかな」

 「そう。ねぇファウスト」

 「なんです?」

 「ネズミの獣人の寿命はアンタたち人間より短いの。あと何度会えるかわからないわ」

 「ですね」

 「ちょっとしゃがみなさい」

 「いいですよ」

 「目を瞑りなさい」

 「はい」


 唇に温かいなにかが触れた。


 「また、来なさいよね」

 「は、はい」


 記念すべき初めてのキスの相手は、生意気で上から目線の、ネズミの獣人だった。


 「次は、いつ?」

 「わかりません。最後に一つ大きな仕事があるので」

 「危険なの?」

 「いえ、おそらく大丈夫でしょう」


 心がズキンと痛んだ。


 俺は嘘つきだ。勝つために敵をあざむいて生き残ってきた。しなきゃ負けるかもしれないのなら、いくらでも嘘をつくし、恥もかく。


 しかし仲間に嘘をついて騙すのは、精神的にくるものがある。思えば死の偽装もそうだった。俺は、俺を信じて一緒に戦ってくれた生物を裏切ったのだ。


 ジェイの性格を考えると、こうするしかない。


 俺が死ぬと知っていれば、彼女はなにをしても止めようとするだろう。いまからジェイを説得する時間はない。


 「それじゃ、また」

 「はい。また」


 嘘の挨拶。


 「ジェイさん」

 「なによ」

 「ありがとう。あなたのお蔭で、うまくいきました」


 ジェイは照れたように顔を伏せていた。


 これが、きっと最後になるだろう。ジェイの顔を見る最後の瞬間に。


 ずっと生意気な奴だった。頭が良くて魔法が上手で、努力家で一途な奴だった。死の偽装とかいう無茶苦茶な作戦を実現させてくれた、最大の功労者だった。


 さよなら、ジェイ。


 本当にありがとう。




 次はデルアだな。


 「マンデイ」

 「なに」

 「飛行船を引いて行くのは時間の無駄だ。俺一人で行ってくるから、待っててくれるか?」

 「わかった」


 普段使いのフライング・スーツ【鷹】を着用して、空を飛ぶ。


 生きているというのは不思議だ。


 どんなに突拍子もないことでも苦しいことでも、慣れてしまえば生活に組み込まれ、なにも感じなくなる。


 新しい世界の俺は、前世の俺より遥かに多くの物を見てきたし、触れてきた。


 いまの俺が空を飛んでいるということを、前世で膝を抱えていた俺や、不干渉地帯を目指して必死に逃げていた俺に伝えてやりたい。


 いつかお前は自由に空を飛び、世界を救う英雄になるのだと言ってやりたい。


 もう少しで死ぬのだとわかっているからか、世界がいつもより美しく見えた。


 俺はいつもこうだ。


 いつもなにかに忙殺されている。


 すべきことが多すぎるから、ゆっくり風景を楽しむ時間もない。なにかの拍子にふと我に返ると、自分が空を飛んでいることや創造する力とかいう不思議な能力、世界の力強さや美しさに驚く。


 この光景を侵略者、いや、神にも見せてあげよう。


 これだけじゃない。俺が美しいと思ったものをすべて、見せてあげよう。


 そんなことを考えているうちにデルアに到着。


 ここで会う相手も最低限に抑えておきたい。


 デルアの面々のなかから誰か一人としか会えないと言われたら、間違いなくこの人を選ぶ。


 「え? ファウスト君?」

 「シッ。ウェンディさんの眠りは深くしてるけど、あまり大声を出すとさすがに目を醒ます」

 「なんで君は……」

 「散歩でもしながら話をしよう。そこまでゆっくり出来ないけど、ワイズ君と離れていた頃のことも教える」

 「わかった。すぐに服を着替えてくるよ」


 空の申し子、竜将ワイズ。


 心から信頼できる数少ない友人だ。


 彼の着替えを待ってから、我々は夜の散歩に繰り出した。


 空で出会った友達同士、空の散歩だ。


 俺はスーツで空を飛び、ワイズ君は飛竜に乗って空を飛ぶ。


 (気持ちがいいね)


 ワイズ君の念話である。


 (うん、気持ちがいい)


 わずかな間。


 (よかったよ、君が生きていて)

 (騙してごめんね、ワイズ君)

 (必要なことだったんだろう? 君はなんの考えもなく、そんなことをする人じゃない)

 (そうだね。お蔭で囁く悪魔に勝つことが出来た)

 (本当に? それは最高のニュースじゃないか!)

 (喜んでばかりもいられない。完勝ではなかったから)

 (どういう意味?)

 (囁く悪魔は、自分がやられてもいいように、何年もまえから手を打っていたんだ)

 (それで!?)

 (これから最後の戦いが始まる。そのまえに君に会って謝っておきたかった)

 (謝る必要なんてないさ。死んだふりをしたくらいなんてことないよ。僕は君を責めたりしない)

 (死んだふりのこともなんだけど、ミレドのことでも謝らなくちゃいけない)

 (ミレドの?)

 (君の愛竜ミレドは、自然のルールを破壊する能力を持っている。未発達な細胞ベイビー・セルのせいでね)

 (もっと詳しくお願いするよ。僕はバカなんだ)

 (ミレドが出産する個体は、飛竜のレベルからはかけ離れてる。君から貰った卵からはクロウラーという子が生まれたんだ。最初は空を飛ばない奇妙な飛竜くらいの感覚だったけど、成長するにしたがって、これは妙だと思い始めた。いまではゴマ以上の耐久、ガスパールレベルの腕力、ハクと同等の知力を兼ねそろえた化け物だになった。空を飛べない代わりに多くのものを手に入れている)

 (空を飛べない?)

 (地を這う飛竜だよ。姿形も飛竜とはまったく違う。ミレドの子は危険だと判断した僕は、君たちに許可を取らずに不妊手術をした)

 (なるほど。だからミレドは卵を産まなくなったのか)

 (勝手なことをした)

 (本当は僕にだけでも言っておいて欲しかったけど、君にも事情があったわけだからね)


 ワイズ君は本当にいい奴だ。


 (それで今後のミレドのことだけど、彼女の不妊状態を維持するかどうかを君に尋ねようと思っていたんだけど……)

 (また卵を産めるようになるの?)

 (なる。体内に埋め込んだリングを取り除くだけでいい。ただし、ミレドが産む個体がスペシャルだということは絶対に忘れないで欲しい。いま、クロウラーは僕の手元から離れて、重要な任務についている。僕が安心して任せられる強さがあるんだ。もしあの子がシャム・ドゥマルトで暴れたら、止められるのはアレン君かルドさん、相討ち覚悟ならクラヴァンくらいしかいない。僕がなにを言いたいかわかるね?)

 (しっかり教育する)

 (そうだね。そして数を増やしすぎないように調整してほしい)

 (わかった)

 (あまり時間がないんだ。ミレドに手術をして、離れるよ)

 (わかった。気をつけて)

 (うん)


 ミレドの体内に埋め込んでいた不妊用の円環を手早く除去して、別れの挨拶をする。


 「僕が来たことはウェンディさん以外には言わないでくれる?」

 「いいけど、なぜ?」

 「世間的には死んだことになってるから」

 「わかった」


 あとはガイマンに会ってから、オストとヴェストを拉致だな。


 翼を広げた時にワイズ君が。


 「ファウスト君、また会えるよね?」

 「なぜそんなことを?」

 「君の後ろ姿がなんだか……。悲しい感じがして」

 「不吉なことを言うなよワイズ君。また会えるさ」

 「そうだね、ごめん。全部終わったら、また一緒に空を飛ぼう」

 「あぁ」


 僕らは握手をして別れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る