第258話 詰メ
ぽろぽろと涙を流しはじめるニィル。
どうやらはじまったようだ。
さぁ! 黒歴史タイムの開幕といこうぜ!
「おやおや、どうしたんですか? 目にゴミでも入ったのかな?」
「うるさい……」
「お兄さんが聞いてあげよう。話してみなさい」
「俺は……。僕は!」
「なになに」
「見返したかったんだ! 僕を
よしよし、良い子だ。
「そんなもんだよ」
「なんだって!」
「行動を起こす理由なんてそんなもんだって。造られたからとか、愛しているからとか、おもしろそうだからとか家族だからとか、強さを証明したいとか、過去のトラウマを払拭したいとか、友達に頼まれたからだとか、見返したかったからとか」
「は……?」
「生粋の嘘つきの僕から言わせたら、高尚な理由を言う奴はみんな嘘つきだ。みんな自分の行動原理で動いてるもんです。よそから見ると、とても下らない理由で」
「お前……」
他人の弱みに付け込むのが創造系勇者、俺だ。そしていまが千載一遇のチャンス。
「君の気持ちはよくわかるよ、ニィル。辛かったよなぁ」
「わかって、くれるのか?」
「当然だとも。悔しかったよな? 悲しかったよな? 全部なくなってしまえばいい、そう思うのも無理はない」
「狂鳥……」
「ファウストと、呼んでくれないか? 僕は君を理解したい。そして君に僕と言う人間を理解して欲しいんだ」
「ファウスト!」
「ニィル!」
【ホメオスタシス】ってこういう使い方もあるんだなぁ。
「さて、話も終盤だ。続けるよ?」
アシュリーと話すうちに、俺はある事実に気が付いた。
おなじ世界から再構成された転生者であり、おなじ種族の人間だ。当然、地球に住んでいたひと時代前の人物だと思っていたのだが、彼女と話すうちにいくつかの違和感があることを発見した。
例えば、彼女の前世の航海技術はかなり稚拙で、羅針盤もなく、船と言えば帆船だった。しかし車輪の技術はなぜか不自然に発展しており、かつて俺が住んでいた世界で存在していたようなデザインの馬車にスプリングを組み込むという複雑な仕組みをしていた。
帆船しかない時代に、スプリング付の馬車が存在していた。いくら学歴のない俺でもわかる。これは変だ。
そして、医療技術もまったくちぐはぐだった。
――つまり、あなたのまえの世界には男女を生み分ける処置が存在していたわけですね?
――えぇ。詳しくはわからない。勉強なんて出来る身分じゃなかったから。
――それは、確実に生み分けられるのですか?
――妊娠が発覚した後に変えられたはず。私も売られるために女にされたから。
マンデイ先生曰く、アシュリーが住んでいた世界では結核が不死の病だったのに、歯科技術は妙に発達しており、虫歯治療に詰め物をしたり、インプラントなんかも存在していたらしい。高い製鉄技術があるのに活版技術がなく、哲学と言う概念もないのも不思議だった。
そしてなにより。
――キリストという人物をご存知ですか?
――いいえ。
――ブッダは?
――知らない。
――モハマッド。
――客にそんな名前の人がいたわ。
――預言者では?
――預言者?
――モーセ、シヴァ、ソロモン、聞き憶えは?
――ソロモンは知ってる。
――どんな人物でした?
――飲んだくれ。
――宗教はありましたか?
――ほとんどの人が星を信仰していた。
――星? 空に浮かぶ星ですか?
――そう。どの星を信仰するかで戦争が起こったこともある。
アシュリーの口から語られるものは、どう考えても俺の前世と同一のものではなかった。知らない大陸、聞き覚えのない星や大河。
その後もアシュリーと会話をするうちに、俺は一つの結論にたどり着いた。
おそらくアシュリーと俺がいた世界は、完全に別の物だ。
地球から何億光年も離れた場所にある別の星、あるいは何兆年の昔の、まだビッグバンがはじまる以前は存在していた別の文明。
マンデイやヨキ、リズに囁く悪魔の偵察をさせている間に、俺はルーラー・オブ・レイスの元へと飛んでいき、更なる智慧を求めた。
そこで知の神と面会、俺の考察を伝えてみると、やはりアシュリーは、ビッグバン以前の世界の住人だったということが判明。
前回と今回では知識の量が違う。一度目のルーラー・オブ・レイスとの融合で見た世界の成り立ち、智慧よりも、さらに多くのことが理解できた。自分がこれからすべきことも、よくわかった。
世界を救うためになにをすべきなのか。侵略者とはなんなのか。
囁く悪魔の本拠地、忘れられた森に向かい、アシュリーの魅了で少しずつこちらの手駒を増やしていく。最初は索敵範囲の広い魔術師を狙い、安全を確保した後、合成虫により強化された生き物やテイマーを魅了。
何日もかけて、徐々にこっちサイドに引き込んでいった。
なかには魅了が効きづらい個体がいたり、デスターのように取引だけでこちらに寝返った者もいたが、
――ファウスト、囁く悪魔の戦略の全貌が明らかになった。
――そうか。
囁く悪魔は、不干渉地帯【蠱毒の森】の主を洗脳し、スタンピードをコントロール。それによって確保した生物を餌にして同種合成を繰り返していた。神の力を利用した生物の波である。
お陰で壁はぐちゃぐちゃ、主である立派なムカデもボロボロになってしまっており、いつまで神の土地として存在し続けられるのかわからないほど【蠱毒の森】は追い込まれていた。
俺はニィルの動きを注視しながら、不干渉地帯の再生へと着手。まずは荒ぶる主様を拘束して洗脳を解き、こう言った。囁く悪魔を完璧に追い込みたいから、しばらくはスタンピードなどの派手な動きをしないように、と。壁を壊され、土地の生き物を利用された主様はだいぶキレてたが、俺が必ずニィルに復讐してやると言うと納得してくれた。巨大なムカデは想像以上に気持ち悪かったが、巨大生物に慣れていたからか、恐怖はそこまでなかったような気がする。
その後も日々仲間を増やしながら、注意深く囁く悪魔を監視していた。
こちらの動きが悟られても充分に制圧できるほどの戦力差が開いた頃から、俺は大胆に行動するようになった。しかし、ニィルは動かない。穴倉の奥で、ジッとしているのだ。誰かと面会しても、すぐに終わるし、長話をすのは聖者ワトくらいだった。
アシュリー先輩の進撃は続き、ついに魅了の魔の手は、ニィルの側近にまで届いた。明暗の土地で差別されたり、狩りの対象となっていたりした種族であり、ニィルの友人である。
彼らと会話するうちに俺は、明暗に壊滅的な打撃を与え、世界をも呑み込もうとしている一匹の淫魔について理解を深めていった。
俺は、侵略者側のトップ、囁く悪魔がこのような人物像であると考察した。
過去の事件のせいで、二律背反する感情に挟まれた気の毒な悪魔。世界を崩壊させるという目的を掲げているくせに、仲間の死や同郷の者、妹の命となると話が変わる。トラウマのために破滅願望を抱くようになったが、予想以上にことが大きくなって収拾がつかなくなってしまった。自分は正しいことをしていると言い聞かせるうちに本当の気持ちがわからなくなり、自分のために戦う生物と目を合わせることも出来なくなってしまう。結果、穴倉に閉じこもって現実から目を逸らし、日々を過ごしている。行動しなければ罪や責任の重さに押しつぶされてしまうのだ。
彼は本当に俺とよく似てる。小物なんだ。すべき仕事の責任が重すぎる。
――ファウスト、もう充分。ニィルを殺せる。
と、マンデイ。
――いや、やめとこう。殺すのは奴の心だけだ。
数多くの生物の命を奪った悪魔。
命で償うのは、意味がない。
生きていないと償えない罪もある。
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