第259話 ボス

 ついには号泣しだしたニィル。


 俺にも経験があるからわかるが、【ホメオスタシス】の揺り返しの最中は、自分が変になっているという自覚があまりない。後で冷静になってから、俺ってなんてことをしたのだろう、と激しく後悔するのが怖ろしく厄介な部分なのである。


 いままでは俺ばかりが食らってきたから、他人が揺り返しを発症しているところを見るのは初。なんだか新鮮だ。そして楽しい。


 世界中の生物に黒歴史を作って、それを一括管理、脅したら、世界征服も実現するのでは……。


 どうやら【ホメオスタシス】もなかなか危険な創造物だったようだな。


「ニィルさん、大丈夫?」

「僕は、僕はなんてことをしたんだろうか……」

「明暗の生物を大量虐殺したのも重い罪ですが、合成虫の無計画な利用は現在進行形で世界的な脅威になっています。あなたは環境が収容できないほどの生物を産み出してしまった。いままでは不干渉地帯の持つ、生物を生産する能力で彼らの食事をまかなってきましたが、今後はそうはいかないでしょう。彼らはいずれ飢え、自発的に共食いをし、食べ物を求めて草原やメロイアン、デルアに向かうはずだ。また血が流れる」

「なんてことを……」

「全滅させるのはどうでしょうか。合成された生き物は、圧倒的なポテンシャルを有している。彼らが野に放たれたら、終わりです。無軌道に増え続け、移動して侵略、食い荒らす彼らは、いまのうちに処分しおいた方がいい」

「これ以上、罪を重ねたくない……」


 よしよし。いい感じに参ってくれてる。さすがは黒歴史生産の最終兵器【ホメオスタシス】だ。


 「ではあなたが管理するしかありませんねぇ」

 「どうやって!」

 「友人に頼んでみるといい」

 「友人?」

 「あなたの痛みを理解して、共に悲しんでくれる友人がいるじゃないですか。つい最近できた友人が、目のまえに」

 「ファウ、スト……」

 「なんだいニィル」

 「助けて、ください……。僕を、助けてください」

 「もちろんだとも」


 はい、勝ちー。


 いやぁ、長い戦いだった。自分に似た奴を相手にするのがこんなにも面倒だとは思いもしなかった。何気に一番長いこと創造に時間を取られた敵だったかもしれない。


 「しかしニィル。話はまだ終わってない。もう少し付き合ってくれるかな?」

 「うん」




 問題はニィルの軍隊をどう処理するか、それに尽きる。


 合成虫による生物の強化の面倒くささとヤバさについては、実際に戦った俺が一番理解しているつもりだ。食物連鎖のピラミッドの中腹らへんにいたゴブリン程度の生物が、一気に種の頂点へと駆け上がり、人の国デルアに牙を向いた。


 合成虫というのは、群れることを前提にデザインされていない。増殖、合成するのに大量のエネルギーがいるから、群れで生活してしまうと、すぐさま資源が枯渇してしまう。


 ゴブリンには明暗の生物を食らい尽くさせることで、今回は不干渉地帯を利用して合成虫による生物の変異を完成させたわけだ。


 自暴自棄で破滅願望のある悪魔に、戦いの後のことなどは考える余裕はない。


 不干渉地帯の壁から生まれてきていた虫を捕食していた合成獣はこれからも食事をしなくてはダメなのだが、主と神の土地を保護するためには、壁に新しく生き物を発生させられるのは無理だ。本当は、この世界のルールをこれ以上歪めるわけにはいかないのだが、創造する力にはリスクがつきものである。


 すべてが終わるまでは、俺が合成獣の食事を面倒みるしかない。


 ――マンデイ、増える食事シリーズを造ろうか。


 ――わかった。


 囁く悪魔の指示で生まれた生き物は、強力なものばかりで、かなりの数がいた。これらすべての食事を賄え、かつ先住民の生活を圧迫しないほどの土地は、俺が知る限り存在しない。数も想像以上だ。


 状況を冷静に分析すると。


 ――やはり殺すべきだと思う。


 と、マンデイ。


 ――不可能を可能にするのが俺の能力だ。


 ――どうするつもり。


 ――彼らが暮らせる土地を、造る。


 ――どこに。


 ――大陸を創造するんだ。そこに差別階級の生物や、希少種、合成獣を集め、囁く悪魔に管理させる。


 ――新大陸の戦力は、後の脅威になる。


 ――ならない。海を渡れないからな。


 ――なぜ。


 ――カトマト、ワシル・ド・ミラなどの強力な生物がいる以上、海は渡れんよ。飛行船みたいな技術がない限り。


 海の向こうに脅威があるという状況は、あらゆる種の結束を高めるだろう。いつの時代も、平和は脅威のそばにあった。


 ――マンデイ、俺はそのうち死ぬ。


 ――あらゆる生き物が死ぬ。


 ――いや、俺は自ら死を選ばねばならん。


 ――なぜ。


 どうせ、いつかマンデイにも話さなければならない。俺が知ったことを。


 ――この世界にいる生物は、設計図だ。ここに生活する生き物の情報を元に、他の世界の生き物は設計されている。ここが滅びれば、すべての世界の生き物がなくなってしまうだろう。だから、なんとしても死守せねばならんのだ。


 ――ファウストが死ななければならない理由がわからない。


 ――侵略者というのはな、この世界の神の感情の一部なんだ。


 ――感情?


 ――嫌悪や後悔だな。囁く悪魔の動機と近い。痛みや苦しみを拒否しようとする感情だ。生き物を造ってしまったことを後悔している。


 ――彼らはなぜ生物を造った。


 ――自らの行いに意味を持たせたかったのだろうな。だが後悔する心が生まれた。生の裏には死が、喜びの先には悲しみがあることを、彼らは知らなかったのかも知れない。


 ――彼らの都合で生み出され、彼らの都合で消されるのは間違ってる。


 ――おそらく神もそう考えているだろう。頭ではわかっているが、心の奥底に、痛みを認めない頑なな性格も存在しているんだよ。それが具現化して、破壊の化身が生まれた。他の世界の神は、痛みを割り切っているのだろうが、この世界の神はそれが出来ない。


 ――なぜ。


 ――まだ若いからじゃないかな。


 ――若い? この世界を存続させるために他の世界が生まれたはず。


 ――時間の流れが違うんだ。幾度となく破壊と再生を繰り返してきた他の世界と違って、この世界はまだ一度目。だから性格も若い。


 ――それで、ファウストはなにをする。


 ――神の成長を促進させる。


 ――どうやって。


 ――神と結合するんだ。


 ――だからどうやって。


 ――侵略者は神の感情の一部だ。それと結合することで、俺の意識を混ぜ、止める。


 ――それではファウストが……。


 ――死ぬだろうな。だが、この世界の生物、ひいては、すべての世界の生物が助かる。無機物がただひたすら時間の流れのなかに存在する宇宙は、きっと寂しい。そのうち神もやりがいをなくすだろう。だから俺が動く。


 ――マンデイもやる。


 ――言うと思ったよ。だがダメだ。せっかく拾った命なんだから、大切にしないと。


 ――ファウストのいる場所がマンデイの場所。


 ――どうなるかわからんぞ?


 ――かまわない。ファウストがいれば。


 ――どうしてもやるの?


 ――どうしても。


 ――はぁ。俺が唯一、なにを創造しても勝てないのはマンデイだけだな。


 神と結合する物を造るにしてもマンデイの協力が必須だ。マンデイに嘘をつき、出し抜くことは出来ない。マンデイが俺と一緒にすると言えば、俺は従うしかないのである。


 ――まずは囁く悪魔だな。それから侵略者の体をよく調べあげなくてはならん。


 ――わかった。


 囁く悪魔の仲間や部下は、ほぼ手中に収めた。


 後は、侵略者が確保されている檻と、囁く悪魔のみ。


 ――おぉ、もしかして君が狂鳥かな?


 ――あなたはアゼザルさんですね?


 だがラスボス前の中ボスをやらなければならないのは、世のことわりだったりする。




 「そうだ! アゼザル! アゼザルがいる! ファウスト、アイツには気を付けろ!」


 と、ニィル。やはり仲間や妹の証言通りだ。コイツは根本から腐った奴ではない。

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