第257話 魔王 トハ
わがままニィルと話してたら、なんか腹が減ってきた。
「マンデイ、なにか食べる物ある?」
「干物なら」
干物……。
干物かぁ。
なんの干物か聞くのが怖いなぁ。
「悪魔の干物は食わないぞ?」
「そう。じゃあ出汁をとるのに使う」
「やめとこう。体を壊すかもしれん。彼は丁寧に埋葬するんだ」
食っちゃいけない物とそうでない物の区別を教えとかなくちゃな。
「お前ら、なんの話をしてる」
と、ニィル。配慮のない発言だった。
「あぁ、妹さんには手は出してませんよ。いまもピンピンしてます。少しまえに、ちょっとした手違いで悪魔を干物にしてしまってですね。無意味な殺傷をしてしまったと僕が落ち込んでいたら、優しい優しいマンデイちゃんが食べてあげようと言い出したんです。その時は微妙な返事をしてやり過ごしたのですが、まさかまだ持っていたとは……」
「そうか……。フィルは……」
安堵の息をはくニィル。
「一つ質問していいですか?」
「なんだよ」
「あなたの理想の世界が実現したら、妹さんはどうするつもりだったんですか?」
「無論、すべてを無にするつもりだった。神の土地を破壊し、すべての生き物を殺す」
「じゃあ僕が干物にしても変わらなかったのでは? あなた、さっき安心しましたね。自分の妹は無事だったと」
「俺が破壊するんだ」
「あなたが破壊するのと僕が破壊する、この違いはなんですか?」
「それは……」
「気持ちの問題なんて言わないですよね? 気持ちや感情なんてものはあなたが否定したいものじゃないですか」
「俺が否定しているのは痛みや苦しみなんだよ!」
「それを否定すると妹さんを憂うあなたの気持ちも否定しなくてはいけませんよ? 愛と煩悶は表と裏ですからね。片方だけでは存在できない。そうだ、いまからあなたの妹さんを殺してきましょう。あなたが憎むべき命が一つなくなります」
「お前……」
「お礼はけっこうです。出来るだけ苦しめて殺すとしましょうか。どうせなくなるんだから」
「フィルに指一本でも触れてみろ」
「なんです? 僕が憎いんですか? 世界から命を消すのはあなたの理想に近づくこと。感謝されるならまだ理解できますが、怒られる筋合いはありませんよ?」
【ホメオスタシス】ありじゃ囁く悪魔の感情がよくわからん。揺り返しも見てみたいし、いったん虫下をしてみるか。
「マンデイ、虫下を」
「うん」
ふふふ。揺り返しが楽しみだ。
他人の黒歴史の誕生に立ち会えるなんて機会は、そうそうあるもんじゃない。
こんなことならハンディカムでも造っとくんだった。その映像を使えば一生ニィルを強請れそうだ。
「あなたの妹さんや同郷のお仲間の命があるかどうかは、今後のニィルさんの選択次第です。さて、続けましょうか」
やっぱ俺って勇者じゃないな。魔王側の気質だわ。
マクレリアの復活後、すぐに俺の前任者、アシュリーの復活に取り掛かる。
この世界において、アシュリーは神だ。使用していた衣服なんかは聖遺物として厳重に保管されてある。そして、アシュリー関連の物が管理されてる施設を使ったのは、あの物臭ジジイだった。ルゥの知識は、マンデイの頭に叩き込まれてる。
聖墳墓にあるセンサーをすべて止め、見張りを眠らせてからアシュリーの物を盗んだ。
俺の予想ではアシュリーという女性はとてもゴージャスな女性だったのだが、現れたのは気の強うそうな普通のおばさんだった。
――こんにちは。アシュリー・ガルム・フェルトさん?
――えぇ、あなたは?
――あなたの後輩です。世界の脅威を抹殺するために、この世界に召喚されました。どうぞファウストとお呼び下さい。
――ごめんなさい、ファウスト。あなたのことを思い出そうとしているんだけど、どうしても無理なの。デイ……、ルゥはどこ?
――デイもルゥも死にました。現在は、あなたが死亡してから一千年近い月日が流れています。
――千年!?
俺は映像を見せたり、いまのデルアの様子を伝えたりしながら、少しずつアシュリーの混乱を解いていった。
――レイスとして人を復活させるなんて……。
――レイスは全生物の敵のような存在ですからね。僕はヨキという前例があったからそこまで抵抗がなかったのですが、他の生物はそうはいかないでしょう。
――それで、いまからなにをするの?
――あなたの魅了を、復活させます。
――あの魔法は若い頃の方が強力だった。いまの私は年増の女なんでしょう?
――えぇ。
――自分の手を見たらわかるわ。晩年は、ほとんど魅了を使えなかった。
アシュリーの体はダルダルだし、とても綺麗とはいえない。こんな姿で踊っても効果が薄いのだろう。だがしかし、こんなことで諦めるわけにはいかん。楽に勝ちたい。もう、意味のない殺しはしたくないんだ。
――そうですか。では若返りましょう。
――は?
――いまから王城、かつてのあなたの家に侵入します。そして、あなたの若い頃の残留思念を探しましょう。あなたは僕たちについてきて、思い入れのある代物を教えて下さい。なにせ千年前のことだから、残っている物は少ないでしょうがね。
というわけでアシュリーを伴って王城に侵入。
――ねぇねぇ、なんだかわくわくするね! ファウスト君。
――ちょっと黙ってようね、マクレリア。
――ごめんごめん。
現代にまで残っていたアシュリーの私物は、宝石類や特別な食器などの一部の物や、家具、辛い時によくもたれかかっていたという柱など。
王城内部でレイス復活祭をはじめると収拾がつかなくなりそうだから、【
アシュリー以外の人物がレイスとして人格を持ってしまったり、若かりし頃のアシュリーが混乱して騒ぎ出すなどのトラブルがあったが、なんとか一つずつ解決していき、すべてのアシュリーを一つの存在として融合させることに成功した。
若返ったアシュリーは、それはそれはゴージャスな女性だった。圧倒されるような美しさ、溢れる自信。この女性になら魅了されるのも理解できる。だが。
――魅了魔法は使えないようですね。
――えぇ。
――まぁ、想定内ですね。
レイス体でも使えたら楽だったのだが、しょうがない。
魂の創造の次は、体だ。
俺は王城内にある記録庫に侵入し、デルアに点在するアシュリーの子孫の採血を始めた。
しかし、ここでもエラーが。戸籍にしたがって採血していったのに、どう調べてもアシュリーと血が繋がっていない人物がチラホラいたのだ。
――マンデイ、これ、どういうこと?
――不義を働いた。女系に絞って調べて言った方がいい。
――なるほど。
ようするに浮気によって生まれた子がいるのだ。どの世界にも悪い奴がいるもんだな。
アシュリーの娘、またその娘、このように調べていけば間違いない。アシュリーがそれなりに多産な家系だったこともあり、血は充分に集まった。
血を解析してアシュリーの体を創造。すると生前ほど強力ではないが、確かに魅了魔法が復活した。
――君はついにルゥを越しちゃったんだねぇ。
と、マクレリア。
――どうでしょう。結局ルゥにとどめを刺したのはヨキ、というかルーラー・オブ・レイスの一部だったわけだし、ルゥのなしえなかった死者の蘇生もマンデイの補助で実現した。ていうか補助という言葉にも違和感がありますねぇ。ほとんどマンデイの仕事と言っても過言じゃない。
――ヨキ君もマンデイちゃんも、君が造ったんだよ?
――かもしれません。でも……。
俺がやったのは、自分に与えられた能力と向き合った。ただそれだけだ。
産廃認定せずに、諦めずに、使い続けてきた。それだけだった。
――でも?
――やっぱり、この能力は……、僕は、世界に存在してはいけないんだと思います。
世界を守る者が、秩序を乱してはいけない。
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