第240話 最強 ノ 魔術師

 魔術師ル・マウ。


 未発達な細胞なる物でわしもいくらかは近づけたかと思っていたが、未だ、これだけの差があるとは。


 なんと……。


 なんと素晴らしいお方なのだ! やはり尊敬に値する! 奇跡だ! あのお方こそ奇跡なのだ!


 「マンデイ殿」

 「なに」

 「どのように攻めるおつもりで?」

 「ルゥをヨキの体で包んで、少しずつ魔力を吸う。もし相手が撤退する道を選べば、【ゲート】を使われるまえに少しでも多く敵を倒す。今後のために」

 「戦うとしたら?」

 「好都合。ルドももう理解しているはず。こちらにはフューリー、エステル、ファウストがいる。そしてルーラー・オブ・レイスに限りなく近い存在であるヨキが。それよりも敵が懸念しなくてはいけないのは、まだここにいない戦力」

 「誰ですかな?」

 「ワシル・ド・ミラ。ルゥほどの魔術師や特殊な攻撃をしてくる生物には弱いけど、それ以外には負けない、超生物」

 「一度、お会いしてみたいものだ」

 「そう」


 やはり立ちはだかるのはル・マウであるか……。


 彼の偉大さを再確認できて嬉しい反面、敵対しているからこそ感じる脅威もある。複雑だ。


 「そういえば、いまの敵の配置はメロイアン・コネクションのサカを狙うためのものなのであろう? これからの動きがまったく想像できぬなぁ」

 「プラムの嘘を間に受けないで」


 む?


 「嘘、とは?」

 「プラムは、敵の配置や攻めから狙いがサカだと判断したわけではない」

 「まったくわからん。どういう意味で?」

 「不確定な要素が多すぎる。サカが療養所から動かないように外壁での受傷者を減らしているという主張には、初めから無理」

 「ほう、なぜ」

 「サカはいつもなら、療養所で生活している。でも敵が攻めてきた有事にもおなじライフスタイルをするとは限らない。最初から外壁付近に陣取っていた可能性だってある」

 「なるほど」

 「メロイアンは幾度となく防衛訓練を行なってきたけど、サカの動きはそのたびに違った。囁く悪魔は各所にキメラを配置して、メロイアンの反応を観察し、サカを探し出しただけ。プラムの指示が当ったのはあくまでも偶然で、外壁付近の敵本隊は関係ない」


 うむ。確かに正しいように聞こえる。


 「だが、それだと納得がいかぬことがある」

 「なに」

 「プラムはなぜ嘘をついたのだろうか」

 「ファウストの影響」

 「詳しくお聞きしても?」

 「ファウストは周囲の生き物に影響を与え続けている。良くも悪くも。バイタリティや推進力を真似する者もいれば、嘘やハッタリを真似する者もいる」

 「つまり、プラムなる人物はファウスト殿の真似をして嘘をついたのだな?」

 「ただ真似しただけじゃない。プラムはネズミの獣人のなかでも、最も賢い個体の一つ。理由があった」

 「理由とは?」

 「今後の展開を考えていた。もしも敵の狙いが本当にサカならば、今後のプラムの発言力、ひいてはネズミの獣人の発言力の増強に繋がる。それに三大勢力や実力者が、次々に現れる敵の対応に追われて、療養所の防衛力は著しく下がっていた。実利と将来、二つの面から考察して、プラムは嘘をついた」

 「理由は得心した。だが、不明な点がまだ残っておる」

 「嘘をつく必要」

 「そうだ」

 「あった。発言力。指示に根拠があり、かつ、それが的中すれば、今後、プラムは一目置かれることになって、もし外れても療養所を守ったという実績は残る。今回のような非常時に信頼を勝ち取れば、おのずと発言力の向上につながるはず。自分の意見を通すというのは、もちろん責任は伴うけど、プラムには他の誰かに任せるよりも自分の指示が通る方が事態が好転するという自負があった。でもそれは傲慢。ファウストの叱りを受けた」


 ファウスト殿の周囲ではいつも、水面下の動きがある。ついていけん。


 「ルド、そろそろ始まる。準備して」

 「うむ」

 「囁く悪魔が次の手を打ってくる。あなたも聞いておいて」


 マンデイ殿が近くにいたネズミの獣人に視線を送る。


 「敵の戦略はルゥを起点にしている。他の魔術師では対応できない程の範囲を楽々とカバーできて、あれだけ強力な魔術をほとんど時間をかけずに乱発する能力。利用しない手はない」

 「ほう、それで?」

 「敵は、こちらのバランスを見た後で、街に送る戦力と本隊の兵力の数を決めて、自由自在に動く。メロイアンは街の防衛と、本体の侵攻、どちらも対応しなくてはならない」

 「それはプラム殿も言っておったな」

 「でもメロイアンはもう、街を救う必要がなくなった」

 「なぜ」

 「こちらにはエステルがいる。そのために療養所に負傷者を運ぶ必要がなく、街の防衛も捨てていい」

 「街の防衛を捨てる?」

 「非戦闘員は、ファウストが創造した地下施設に避難した。街が壊れても、市民の命は守れる」

 「地下施設に敵が侵入した場合は?」


 怪しく微笑するマンデイ殿は怖ろしいほどに美しかった。


 「ファウストの造った物を甘く見ない方がいい」


 なぜか、鳥肌が立った。


 「ルド、希代の魔術師は死んだ。今度はあなたが成る」

 「む?」

 「最強の魔術師に。ヨキがフォローするから、ルゥの【ゲート】をすべて潰して」

 「儂にそんなことが……」

 「出来なければ一生ル・マウの壁は越えられない。機会があるとすれば、これが最後」


 これが最後。ル・マウの壁。


 「ルドはまだ、死ぬ気で戦っていない」


 こんな老いぼれでも。


 「うむ」


 希代の魔術師ル・マウは死の間際まで、知を希求し、命を燃やした。



 【ゲート】



 限りなく美しく展開された魔術。


 そうか。


 ここで己に負ければ、彼の信奉者を自称できぬではないか。


 儂がせねば、いったい誰がするのだ。


 「ル・マウよ。儂はあなたを敬愛しておる」



 【ゲート】



 負けるものか。


 この勝負の相手はル・マウではない。世界のためなど、だいそれた理由もいらぬ。


 儂自身のために戦い、儂自身に勝つのだ。


 「それでいい」

 「うむ」

 「マンデイも行く」

 「どこへだ」

 「勝ちに」



 【亡霊の兵士アーミー・オブ・レイス


 なんの躊躇もなく外壁から飛び降りたマンデイ殿の周囲に、レイスの軍勢が続く。


 先程の鳥肌の理由がわかった。


 迷いなく敵をほふる血の聖女マンデイ殿も、この怖ろしい規模の魔力を保有する実体のあるレイス、ヨキ殿も、最速の生物も、かつては最悪の環境だったメロイアンも、そしてこの儂でさえ、ファウスト殿が造ったのだ。


 こんなに怖ろしいことがあるだろうか。


 マンデイ殿の見事な跳躍、それを合図に始まった。


 これが、世界を二分する大戦の始まりだった。

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