第239話 血 ノ 聖女

 外壁付近に到着した頃には、すでにゲノム・オブ・ルゥのメンバーが集まっていた。


 眼下に広がる敵の群れを、いかにして攻略するかを話し合っているみたい。


 ヨキが話しかけてきた。


 「マンデイ、あの男はなにをしている」

 「ヨークを殺した」

 「なぜここにこない」

 「動けない」

 「胸に矢を受けたそうだな」

 「そう。心臓を貫いた」

 「治療は出来るのか?」

 「必要ない」

 「ではなぜ来ない」

 「動けないから」

 「意味がわからん。ちゃんと説明しろ」


 ルド・マウとネズミの獣人も話を聞いている。


 「ルートの矢はファウストの心臓を貫いた。心臓は四つの部屋に分かれていて、矢が刺さった部屋は全身に血液を送る働きをしている。抜けば即死。治癒魔法では追いつかない。ファウストが創造した治療用の人工筋肉により、いまのところ出血は抑えているけど、少しずつ血液が漏れている」

 「エステルがいるだろう」

 「不可能。ファウストは知の世界の神から改造を施されている。それだけなら問題はない。でも未発達な細胞ベイビー・セルを使用してしまったせいで、普通の生き物の体ではなくなった。経験に裏付けされたエステルの治癒魔法では、まったく新しいファウストの体を蘇生できない。運が悪ければ蘇生できずに死ぬ」

 「アイツはゴブリン討伐の際にエステルの治癒魔法を受けたはずだ。そんな道理は通らんぞ」

 「治癒と蘇生は別物」

 「俺の体を使っても助からんのか?」

 「助からない。このまま放置していても近いうちに死ぬ。治療は死の危険性をはらんでいる」

 「ではどうすれば……」

 「助からない。かなり高い確率で、ファウストは死ぬ」


 話を聞いていたネズミの獣人が、パニックを起こしはじめた。


 「そんな! 狂鳥様がっ!」

 「落ち着いて。確実に死ぬと決まったわけではない。エステルやレナード・Мと協力すれば助かる道が開ける可能性がある。この話はまだ広めないで」

 「なぜですっ! 狂鳥様の生命の危機に僕たちがなにも知らず、なにもせずにいられるでしょうか!」

 「あなた達が動いてもなにも変わらない。むしろ、ファウストがそんな状態だという情報が敵の耳に入れば、身に危険が及ぶ」

 「しかしっ!」

 「あなた達はファウストからなにを学んだの」

 「それは沢山のことを学びました」

 「本質をまるでわかってない」

 「本質?」

 「ファウストはすべきことにいつも従順だった。感情では動かず、目的のために行動していた。知識は表層にすぎない。言葉だけの尊敬なんて不必要。本当にファウストの力になりたいのなら、動いて。感情に左右されず、あなたの仕事を遂行しなさい」

 「マンデイ様……」

 「非戦闘員の避難はほぼ完了しているから、街の防衛は三大勢力だけでいい。実力者を集めて。ノーム、キコ、ユジー、ガスパール、エステル、フューリーを」

 「キコ様も!? それでは狂鳥様が!」

 「護衛の必要はない。それがファウストの指示」

 「しかし万が一のことがあったらどうするのです!? 狂鳥様を失ったら我々は……」


 ファウストは、完璧な人間ではない。でもこの求心力は他にはない。ファウストが愛されているのは、自分のことのように嬉しい。


 「ファウストからの伝言があるから、それも伝えて」

 「なんです」

 「もし、俺が死ぬようなことがあっても、街を失うようなことがあっても、最後の一瞬まで諦めずに戦え。逃げてもいい、惨めでもいい、でも自分がメロイアン市民だということを最後まで忘れるな。俺の意思は、メロイアンの魂は、市民の心のなかにあり続ける。自分の身と、自らの愛する者たちを、最後の一瞬まで守り続けろ」

 「ぎょうじょうざま……」

 「ファウストの存在はあなた達のなかで生き続け、あなた達を後押しする」

 「はい……」

 「行って」

 「はい!」


 すべての戦力を使う。でなければルゥは倒せない。


 ――マンデイ、迷惑をかける。


 ――うん。


 ――ルゥだけは……。ルゥだけはいまやらねばならん。


 ――わかってる。


 ――なぁ、マンデイ。


 ――死ぬなよ。


 ――いつもファウストは肝心な時にはマンデイを置いていった。


 ――根にもってるのか?


 ――もってる。


 ――それは、すまん。


 ――今度はマンデイがファウストを置いていく。


 ――あぁ。


 ――ファウストは詐欺師だけど、肝心な時に嘘はつかなかった。


 ――言い方は気になるが、その通りだな。


 ――マンデイも嘘はつかない。必ず帰って来る。


 ――うん、待ってる。


 「ヨキィィィィ!」


 リッツ……。


 「ヨキ」

 「あぁ、すぐに終わらせる」


 死の番人ヨークとおなじ、侵略者による能力の引き上げ。


 まともに戦闘すれば、その圧倒的な能力でやられてしまう。でも、ファウストのように対策し、生物の範囲を大幅に超えた力で抑えつければ、倒せる。


 ファウストがよく言う、ハメ殺しだ。



 【亡霊の軍隊アーミー・オブ・レイス



 ヨキの体が無数の生物に分化する。ファウストが言っていた通りだ。


 ――ヨキはいま、ルーラー・オブ・レイスに限りなく近い存在と言っていい。


 ――力の一部を譲渡された。


 ――そうだ。ルーラー・オブ・レイスは、前回の代表者であるグレイト・スピリットと結合して一つの存在になった。それにより、膨大な魔力を獲得したのだが、致命的な欠点を抱えることになった。


 ――移動。


 ――あぁ、グレイト・スピリットは場所だ。すべてのレイスの故郷ふるさと、最果ての地に存在する生命の泉に他ならない。それと結合してしまったものだから、その場から動きにくくなってしまった。ルーラー・オブ・レイスはその莫大なエネルギー故に、移動するだけで魔力が抜け落ちていく。フタのない鍋に満たされた熱湯のようなものだ。移動すればするほどに力は失われていく。以前、ルーラー・オブ・レイスは侵略者と戦っている。敵から魔力を吸い上げることで戦闘を続行していたが、その時に最果ての地から離れるリスクを知ったはずだ。もちろんフューリーも感づいていだろうが、その事実は俺にすら伏せられていた。敵に知られるわけにはいかないからな。別に俺のことを信頼していなかったわけではなく、情報の管理を徹底していたんだ。だが、もう敵はこの事実を知っている。


 ――亀仙。


 ――だな。しかし、それを食い止める手段があった。ヨキの体だ。


 ――魔力の蒸発を防ぐ。


 ――完璧にではないがな。もちろんすべてを計算していたわけではない。ルーラー・オブ・レイスの欠点なんて考えたこともなかったし、ヨキが強化されればくらいに考えて、最果ての地に向かわせていた。だが想像以上にうまくことが運んでいる。


 ――うん。


 ――だが、幸運はそれだけじゃない。


 ヨキに斬りかかったリッツの速度は、人間の限界を遥かに超えていた。でもヨキには勝てるはずがない。


 すべてのレイスの王、ルーラー・オブ・レイスが保有しているのは、魔力だけではない。


 記憶。


 いままでこの世界で死んだ者たちの記憶や技術、体の動かし方、そのすべてがヨキの魂に内包されている。


 ――ヨキが最強なのは短い期間だ。ルーラー・オブ・レイスの魔力がなくなれば、以前のヨキに戻ってしまう。だがいまだけは、何者にも破れない最強の存在になった。


 結果は一瞬だった。


 リッツの体はレイスの群れに呑み込まれ、骨すら残らずに消えた。


 「この体は本当に理不尽だな」

 「ファウストが造ったから」

 「いよいよか……」

 「うん」


 大地が鳴動しはじめた。


 (なにがあった)

 「ファウストの奥の手が来る」

 (はぁ。まったくあの男は)


 フューリーが到着した。


 「ヨキ、戦力を集めて」

 「あぁ」


 ヨキが手をかざすと、魔術の陣が現れる。ルゥの十八番、【ゲート】だ。


 「お待たせしましたっ!」


 キコが現れる。


 「ぬおぉぉぉ! 持ち場を離れて申し訳ない!」


 ガスパールも。


 「……」


 ユジーも。


 「なにぃ?」


 ノームも。


 大地の鳴動は、さらに大きくなっていく。


 「【蝗害こうがい】と一緒に攻めて、敵を挟む」

 (【蝗害】だと?)

 「虫の代表者ツェイの能力。ファウストとの面会のすぐ後から発動させ、指示したタイミングで攻めてくる予定だった」

 (だが、虫程度でどうにかなるのか?)

 「彼らは雑食、生き物の肉も食らう」

 (それでは我々もターゲットになるのではないかのう?)

 「ならない。【蝗害】をコントロールしているのはツェイだから。ファウストは恨まれているからターゲットになるかもしれないけど、それ以外は大丈夫」

 (恨み? あの男はなにをしたのだ)

 「いつものように嘘をついた」

 (その説明で納得してしまうのは、ファウストとの付き合いが長くなった証拠であろうのう)

 「うん」


 ――さっき知の神と話したんだけどさ、やっぱアイツは友達だよ。


 ――うん。


 ――きっとこの幸運もアイツのお蔭なんだろうな。


 「ヨキ」

 「なんだ」

 「蝗の体を取り入れて」

 「……、なるほど。アイツはここまで読んでいたのか」

 「読んでない。ファウストは行き当たりばったり。ルゥだけではなく、魔術師を優先的に仕留めて」

 「あぁ」


 ――ヨキはまだ完全体とは言えん。体が小さすぎるんだ。だがもし、【蝗害】を吸収すれば。


 ――魂と体が釣り合う。


 いつも一生懸命だから。


 だから微笑む。神が。

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