第238話 白銀 ノ 壁

 「これは……」


 恐れ知らずのグジョーが狼狽しておる。だが、それも当然であろう。


 いま、我々の目のまえにいるのは、獣の勇、白銀の壁とたたえられたオークの戦士、ガンハルトである。


 生前から並外れた体格と筋肉量は有名だった。心根が優しく、弱者側に立ってものを言える男でもあった。


 (お主、本当にガンハルトかのう)

 「……」


 以前、戦った時には、まだ感情があった。獣を裏切ったとはいえ、我を襲う時にも、幾ばくかの葛藤があるようにも感じられた。


 だが、このガンハルトはすべてが違う。体はさらに肥大化し、機敏さも増している。皮膚や毛の質感はすでにオークのものでない。なにか別の生き物の皮や毛を縫いつけられているようだ。


 そしてなにより、ガンハルト唯一の弱点とも言えた鈍重さもあまり感じない。これはガンハルトではなく、まったく新しいなにかだ。


 「なんじゃこりゃ……」

 「身体改造であろう」


 ――こちら側にいるということは、あちら側にもある可能性があるわけです。


 ファウストが口癖のように言っていた。


 ファウストは実際、未確認の戦力による崩しをかなり警戒している節があり、創造プロセスにも、その姿勢が現れておる。敵を対策するまえに、まず自軍の戦力を分析し、それを対策する。ラピット・フライの速度、マンデイの破壊力、ゴマの耐久性、ムドベベやジェイの魔法。一見すると無駄なことのようにも思えるが、ファウストの実績を考えると、それが正しかったとわかる。


 弱い個体を戦力に計上できるレベルにまで引き上げ、強い個体をさらに強く。敵がガンハルトにしたことは、ファウストがいままで仲間にやってきたことだ。


 こちら側にいるということは、あちら側にもいる。こういう時のファウストの読みは外れない。


 「畜生! よくも兄貴を!」

 (熱くなるな、グジョー)

 「でもよぉ!」

 (死霊術師はガンハルトの体を改造しておる。強靭な肉体をもつガンハルトだからこそ改造に耐えられたのか、普通の生物でも改造が出来るのかはわからん。だが、後者であった場合はマズいことになる)

 「すまねぇ親父、もっとわかりやすく言ってくれ!」

 (稀代の魔術師ル・マウにも改造が施されているかもしれんのう)

 「……、それはマズいことなのか?」

 (生前のル・マウはおそらく我でも勝てん。亀仙が存命でもどうなるかはわからんのう。そのル・マウが体を強化されていたら、手がつけられん)

 「そんな奴が……」

 (うむ)


 このガンハルトは強い。


 ただでさえ強靭な体が、さらに強化されておる。肉体だけなら、この世界でも最高クラスのポテンシャルと言っても差し支えないだろう。


 (グジョー、ちょっとよいかのう)

 「なんだぁ、親父」

 (敵の主戦力がまだ残っている現在いまこのタイミングで、能力を使うわけにはいかん。必然、決着がつくまでにかかる時間が長くなるのう)

 「あぁ、それで?」

 (我と連携して動き、ガンハルトの皮を少しずつめくっていく。勝つにはそれしかない。ガンハルトの動きが止まるまで攻め続ける。連携はお主の戦い方の長所を潰すかもしれんが、やれるか?)

 「余裕だ!」

 (死ぬなのう)

 「当ったりめぇだ!」


 ネズミの獣人たちの動向には注意を払っておこう。出し惜しみをして負けましたではつまらん。戦況の変化によっては、【死の恩恵】を使用をせざるを得んだろう。


 ガンハルトとは一定の距離を置きながら戦闘する。


 やはり動きは以前より幾段か上がっておるようだし、圧力も凄まじい。だか、どうも違和感がある。ガンハルトと戦っておるような具合ではないのだ。


 「親父! コイツ、ガンハルトの兄貴じゃねぇ!」

 (どういうことだ)

 「体はガンハルトの兄貴なんだが、動きがまったくちげぇ、別物だ」

 (我も感じておった、なにかが違う)


 恵まれた体と、守りの技術。


 それがガンハルトが獣で地位を築いてきた理由であった。だが、いまのガンハルトには守ると言う姿勢がない。ただフィジカルで圧倒する稚拙な攻め。


 攻撃の後隙が大きいから、簡単に被弾する。


 何度も何度も戦い、互いの力を高め合ってきた仲間だった。かつてのガンハルトの盾は、我の攻撃をすべて遮断し、奴の体を実際以上に巨大なものに感じさせた。


 白銀の壁。


 いつしか、ガンハルトはそう呼ばれるようになった。仲間の窮地を幾度となく救い、精神的な支柱となった奴の背中は、心が折れた者を鼓舞した。


 しかし、いまのガンハルトはまったく違う。


 これではただの操り人形ではないか。


 「親父?」

 (……)


 どうしてこうも……。


 苛立つのだろう。


 裏切りを知った時も心が痛んだ。


 しかし、なんの尊厳も与えられず、ただ暴れるだけの兵器にされた友を見るのがこれほどに、苦しいとは。


 「フューリー様!」


 む、ネズミの獣人。


 (どうした)

 「ガンハルトを誘導して下さい!」

 (どこに)

 「ノーム様が目を覚まします!」

 (ノーム?)

 「メロイアンの切り札です! ノーム様のほこらの周辺の避難は既に終えてる! 早く!」

 (うむ)


 メロイアンの切り札……。


 あの男は、いくつ奥の手を隠しておるのだ。


 「親父! ノームってのがどんな奴かは知らねぇが、ガンハルトの兄貴をやれるとは思えねぇ。俺たちでやろう」

 (いや、従う)

 「なぜだ!? これは獣の問題じゃねぇか!」

 (ここの頭はファウストだ。我らが個を出せば出すほどファウストの負担が増える)

 「ファウストの叔父貴おじきが賢いのは知ってる。だが……」

 (賢い賢くないの話ではない。義理を欠くなのう、グジョー。ファウストのような律義な男には礼を尽くせ。さすればファウストも最大限の礼を返してくる)

 「義理か……。得心した。男がポリシーを曲げる時はそれしかねぇ。おらぁ! 兄貴! 俺様が引導を渡してやらぁ! かかってきやがれ!」


 ただの荒くれ者が、随分と柔軟になったものだ。


 ――みんな良く成長してますね。フューリーさん。


 うむ。


 ――僕たち勇者も負けてられない! 頑張りましょう!


 うむ。そうだな。




 ネズミの獣人の案内に従い、ガンハルトを誘導していると、明らかにファウストが創造したとわかる建物があった。あれが祠と呼ばれているものなのだろう。


 祠の周囲にはネズミの獣人が集まっている。


 (我はどうすればいい)

 「時間を稼いで!」

 (うむ)


 ノームを呼びだすのには、なにか準備がいるのか。


 「グジョー」

 (おう、わかってる!)


 駆け引きや戦闘の理解度は以前のガンハルトと比べ物にならぬくらい低いが、いまのガンハルトにはスピードがある。一撃も貰わずに耐えきらなくては……。


 百戦錬磨の喧嘩師であるグジョーは、単調な攻撃しかしてこないガンハルトを、見事にいなしておる。しかし、なにがあるかわからん。我も可能な限りフォローし、ガンハルトの注意を引くとしよう。


 「ねぇ、ノーム様の覚醒周期はそろそろなんでしょ?」

 「そうだけど、お寝坊する時もあるよ?」

 「これだけうるさかったら目も覚めるよ!」

 「そうだ! もっとうるさくしちゃおう! ワー! ワー! ほら! みんなも一緒に!」

 「「「ワー!」」」


 子は親に似るというが、ネズミの獣人もファウストに近いような気がするのう。


 しまらんというか、なんというか。


 (我らはいつまで時間を稼げばいい)

 「もうちょっと! ワー! ワー!」


 どうも不安になってきたのう。


 といって能力なしで、ガンハルトを突破できるとも思えん。我の牙と爪、グジョーの拳では時間がかかりすぎる。


 「起きた! 起きたよっ!」

 「ノームの取扱説明書は誰がもってる?」

 「僕が!」

 「よし! やっちゃおう」


 取扱説明書?


 一匹の個体が、眠たそうに瞬きをするノームのまえに出た。


 そしてこう言った。


 「ノーム様、敵襲です。共に戦いましょう!」

 「うーん、嫌だ。ボクは平和主義なんだ」


 なに!?


 (おい! ダメではないか!)

 「大丈夫!」


 なにが大丈夫なのだ……。


 「えぇっと、断られた場合は十八ページで……」

 「早くしてよ! フューリー様が怒ってるってば!」

 「わかってる! ちょっと待っててよ! 戦闘を拒否する理由は眠たいからですか? ノーだ。戦いが嫌いだから? イエス。イエスの場合は二十一ページ……。場所はメロイアン? それ以外? メロイアンだから……。よし、わかった!」


 まったく信用ならん。このまま時間をかけるくらいなら、能力を使うか? いや、それはならん。


 「ノーム様!」

 「なにぃ」

 「この街であなたが造った物が壊されたら、また魔法が下手になるかもしれませんよ?」

 「そうなの?」

 「はい、狂鳥様が言うから間違いありません。自分の作品に愛着を持てない者に、魔法を極められない、ここにはそう書いてあります!」

 「それは困るなぁ……」

 「では、あのオークを地下深くに埋めてしまいましょう! あいつが諸悪の根源です!」

 「どれくらい深く?」

 「これは戦いではない。魔法の修行です。出来る限り深くいっときましょう」

 「修行なのかぁ。それじゃあ、やってみようかな」


 ノームが魔法を行使した瞬間、全身の毛が逆立った。


 これほどの魔力の動きを見たのは、ファウストの発電機か、ルーラー・オブ・レイス以来だ。


 なんという……。


 「どうかなぁ。深く埋めてみたけど」

 「うん! バッチリです!」


 なんという隠し玉を。


 「すげぇな」

 (ノーム……。こんな生物は見たことがない)

 「いや、ノームもすげぇが、ファウストの叔父貴だよ。この場にいねぇのに……」

 (うむ。違いない)

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