第241話 天空 ノ 友

 「ウェンディさん。本当に彼は」

 「わからない。まだ、なんとも言えないね」

 「そうか」


 いま流れている情報は本当なのだろうか。ネズミの獣人の悲痛な表情を見ていると、とても嘘だとは思えない。


 もし、本当だとするならば、なぜ君が犠牲にならなければならなかったんだ。


 いつもは明るく可憐なウェンディさんもさすがに辛いみたいで、自発的な発言は一つもない。


 沈鬱な空気を破ったのは、バーチェットさんのノックの音だった。彼はよそ者の僕ら夫婦にも非常に良くしてくれいている。


 「すまない、待たせたね」

 「いえ、構いません。ファウスト君の遺体は見つかりましたか?」

 「あぁ、崩れた天守閣の瓦礫のなかにね」

 「本当……、なんですか?」

 「サカとレナード・Мが確認した。生物の細胞に含まれる情報を分析した結果だそうだ。間違いない」

 「そんな……。それでは彼の仲間は?」

 「生き残ったのはレイスのヨキ君ただ一人だった。高台の悪魔リズベット、地獄の番犬ゴマ、氷の白狼ハク。そして血の聖女マンデイ、みんな遺体で発見された。狂鳥の影マグノリアの遺体は完全に消滅して発見すらされていない」

 「なぜそんなことに……」

 「まだなにも聞いていないのかい?」

 「僕たち夫婦は、戦うことを禁止されていました。空の安全が確保されるまでは飛ぶことは許さないと言われ、ずっと待機していたのです」

 「そうか。それでは最終決戦も」

 「えぇ、ほとんど知りません。戦後も軟禁に近い状態だったので……」

 「では、私が受けた報告をそのまま伝えよう」


 囁く悪魔の軍隊と、メロイアンの兵力はほぼ拮抗していた。


 至福の家の魔術師、巨人、合成獣の残党、草原の民、そしていままで存在を認知できていなかった強者。筆頭は、ほぼ瀕死状態にあった明暗の領地内で孤軍奮闘していた軍神と呼ばれた鬼、その他にも同種合成をされたと思われるオークや、ネズミ、モグラの獣人が壁として立ちはだかった。


 マンデイさんが率いるメロイアンが外壁から降りて攻める。それと同時のタイミングでルゥさんが【ゲート】を展開、メロイアンの市中に軍を派遣した。一部はファウスト君を狙い、また一部は街の破壊を狙っていたそうだ。


 胸に矢を受けて瀕死だったファウスト君は単独で侵入者を撃破。天守閣に敵をおびき寄せては倒すということを繰り返した。これ以上、兵を失うわけにはいかないと判断した囁く悪魔の軍は、天守閣を外側から攻略する作戦へとシフトしたのだが、あの建造物はファウスト君の技術のすいを尽くして造りだされたものである。そう簡単には破壊できない。膠着こうちゃく状態が続いていた。


 街の防衛は三大勢力の活躍により、なんとか守られていたが、しだいに押し込まれ、遂には地下施設まで攻め込まれてしまった。でもそこは、触れてはいけない場所だった。


 ――僕の能力は誰かの背中を押したり、誰かを保護したり、誰かと共に歩むための能力なんだよ、ワイズ君。だからね、そういうこととなると、とてつもない力を発揮する。


 彼の言葉は本当だった。


 ファウスト君が守りたいと思っていたメロイアンの市民のために創造した地下施設は、ネズミの獣人の防衛班の制御によって様々な罠を起動させた。飛び出す針、毒霧、落とし穴に溶解液。侵入した敵は満身創痍の状態になり、三大勢力にとどめを刺されていく。


 色んなパターンで、何度も防衛訓練をしていた経験が、迅速な対応に繋がったそうだ。これでもかと準備をして不測の事態に備えるファウスト君らしい結果だと言える。


 一方、外壁の外での戦いは相変わらず一進一退の攻防が続いていた。獣の代表者であるフューリーさんが能力を使い、明暗のエステルさんが付与をして、マンデイさんが確実に強者を一個体ずつ仕留めていく。みんな必死に戦っていた。


 途中、軍神シヴァの攻撃により、ゴマが瀕死の重傷を負い、ゴマを守ろうとしたマンデイさんも危なかったらしいのだが、エステルの回復で戦線復帰。シヴァにはガスパールというメロイアンの最終兵器が対応することで一時は崩れかけていた戦況を持ち直した。


 魔術師のル・マウは、ルーラー・オブ・レイスが保持していた魔術師の記憶で魔術使用が可能になったヨキさんとルドさんによって睨まれていたが、それでもまったく止まる気配がなかった。


 「狂鳥の言う通りだった。希代の魔術師ル・マウの強さは明らかに人外のそれだった」

 「僕も何度か聞かされたことがあります」

 「老衰で亡くなったル・マウがそれほどの力をもっていたとは思えない。獣のガンハルトが体を改造されていたという情報があった。おそらくル・マウの体にもなんらかの手が加わっていたのだろう」


 拮抗する二つの戦力のバランスが大きく崩れたのは、虫の援軍【蝗害こうがい】の到着によってだった。


 敵はメロイアンの戦力の対応と同時に、恐ろしく凶暴で、大地を埋め尽くすほどの数がいるイナゴの相手もすることになってしまう。しかもイナゴを殺しても、その死体をヨキさんが吸収して、魔力と体の体積を増していく。


 そして、メロイアンは攻めに転じた。


 マンデイさんが率いる精鋭が道を切り開き、強化されたヨキさんの進路を確保、ル・マウを取り囲んだ。ル・マウは決死の抵抗を試みたが、魔術を展開すればするほどに魔力は吸われていく。なんとかヨキさんの体の外から逃げ出そうとするも、ヨキさんとルド・マウの魔術によって対応された。


 希代の魔術師ル・マウと、最強の体を持つレイスの勝負、魔力の綱引きは一時間ほど続き、軍配はヨキさんに挙がった。


 ル・マウの死。


 敵も想定していなかったであろう事態に、囁く悪魔はすぐに退避へと舵を切る。至福の家の魔術師による【ゲート】である。


 敵の戦力を少しでも削っておきたいメロイアンは、なんとか【ゲート】を止めようとするが、すでにルドさんもヨキさんも限界だった。


 退避用の【ゲート】に気を取られるあまり、一番送られてはいけない生物がメロイアンの外壁の内側、ファウスト君の元に送られたことに気が付くのが遅れてしまう。敵の隠し玉、軍神シヴァである。


 すぐさまゲノム・オブ・ルゥがフォローに向かったが、ファウスト君はシヴァと刺し違える形で命を落としていた。


 「上に立つ者は弱みを見せてはいけない。狂鳥の傍にいたマンデイさんもそれは重々理解していた。胸に矢を受けて瀕死の重傷を受けてもなお気丈に振る舞っていた彼女だったが、最愛の者の死によって、心が壊れた」


 僕はファウスト君の友人として、長い期間、彼と共いた。だからどれだけ彼がマンデイさんを愛しているかを知っているし、マンデイさんがどれだけ彼を慕っていたかも知っている。彼らの関係は、僕とウェンディさんの間にある情よりも深かったかもしれない。ずっと二人で支え合ってきたんだから。


 「マンデイさんはファウストの遺言通りに、死体を破壊しようとした。でも、例え命を失ったとしても、最愛の人の体、自らの手で傷つけることは出来なかった」

 「それで……」

 「マンデイさんがなにを考えていたかはわからない。これは推測にすぎないが、狂鳥と共に自分も、と思ったのかもしれない」

 「……」

 「彼女は、爆弾を使った」


 これまでにないほどに、彼女は混乱し、傷ついていた。


 「天守閣にいたのはゲノム・オブ・ルゥと蘇生を試みていたエステルさん、そしてネズミの獣人レナード・Мだった。マンデイのミスに気が付いたマグノリアさんは、咄嗟とっさに爆弾を外に運ぼうとしたけど、間に合わなかった。体が小さく、爆発の際にヨキ君の傍にいたレナード・Мは一命を取り留め、エステルさんは自分の体を回復させ、窮地を乗り切った。でもそれ以外は……」

 「そんな……」

 「私も混乱している。だがメロイアンの市民、特に彼を愛していたネズミの獣人や、彼に直接救われた者たちの悲しみは、私の非にならないだろう」


 本当に彼は……。


 いや、違う。彼はこんなところで死ぬ人じゃない!


 「卵は!? 卵は見つかりましたか!?」

 「卵?」

 「飛竜の卵です。彼は死んでいない。死ぬもんか! 死んだふりをしているに違いない!」

 「卵と狂鳥の死、なんの関係があるんだ」

 「彼はいまもどこかにいるはずなんだ! 死を偽装するくらいファウスト君なら出来る! 心優しい彼が僕が渡した卵まで壊しているはずがない! 探して下さい! きっとないはずだ! なぜなら彼が持っていているから!」


 死ぬはずないじゃないか! 彼はいつも周囲を驚かす秘策を使うんだ!


 「ワイズ君……」

 「ウェンディさんは黙ってて! きっと卵はない! いまも彼が持ってる!」

 「ワイズ君!」

 「そんなわけないんだ……。彼が死ぬはずなんて……、ないんだ」


 ウェンディさんが、僕を抱擁した。


 「ワイズ君、どんなに強い生き物でも……、いつかは死ぬんだ……」

 「そんなはずは……」

 「一緒に乗り越えよう、ワイズ君。彼の意志を引き継ぐんだ」

 「だって彼は……」

 「それが、友達である君に出来る唯一のことだ」

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