第224話 希代 ノ 魔術師

 メロイアンの防衛訓練の動きは完成したと評価していいだろう。水、明暗、獣、魂、そして草原の民、仲間に出来る戦力すべてと連携の確認をしている。


 なのに決して消えることのない不安の元凶は、ただ一人の人物だ。


 「ファウスト。あんた、なんて顔をしているの」

 「ジェイ……」


 上に立つ者は不安を顔に出してはいけない。ミクリル王子からもマンデイからも指摘されたことだ。


 メロイアン市民のまえでは強い狂鳥を演じている。向こうに化け物がいるとしても気丈に振る舞っている。


 だが身内といるとどうしても戻ってしまう。引きこもりで気の弱い、救いようのないほど惨めな俺に。


 「虫への遠征は博打だった。メロイアンに残って市民の教育や防衛力の向上に着手すべきだったんだ。俺がメロイアンを離れる時に敵に攻められてた未来もあった。でも俺は虫に行った」

 「そうね」

 「安心したかったんだと思う。これだけやったんだから大丈夫だって。でもダメだった。敵方にルゥがいる。どこで出てくるんだろう。それを考えると胸が押し潰される気分だ」

 「バカな男ね、あんたは」

 「バカはバカなりにルゥを止める手段を考えてるんだけどね、まったくアイデアがない。敵に魔術師がいる時点でワシル・ド・ミラも出せないし、こちらの戦術が限られてくる。だからルゥは必ず仕留めないといけないんだけど……」

 「あんたはデ・マウを殺した。前代未聞のゴブリンの群れも抑え切った。なにが不安なのかがわからない」

 「ルゥは次元が違う。どの距離でも一撃必殺の技を出せて近づくことすら許されない。死霊術師はルゥを使って身を守ろうとするだろう。その壁をどうやって打開すればいい。草原の民との戦いに出てくる可能性も大いにある。いまならデ・マウの気持ちがよくわかるよ。ルゥがいるだけ、それだけで攻めが封じられるんだ。強くなった気持ちでいた。少しはマシになったつもりでいた。でもダメだ。本物が向こうにいる。本物の強者が」


 ジェイは、はぁと大きくため息をついた。


 「ファウスト!」

 「うわ! なんですか急に大声を出して!」

 「越えなさい」

 「はい?」

 「ル・マウを越えなさい! 自分のことを偽物だと思う男が率いる軍に怖さはない。越えなさい!」

 「だから、それが難しいんだって」

 「あんたって男はどうしてそうウジウジしてるの! ルゥを倒して自分が最強の男になるんだって、どうしてそう思えないの?」

 「ムリだ。ルゥの凄さは俺が誰より知ってる」


 パチン! 頬を叩かれた。


 「あんたを信じた者たちを、あんたを愛した女を失望させるな!」


 そう言うとジェイは、大股で部屋から出て行った。ジェイから叩かれた頬は、いつまでもジンジンと痛んでいた。




 時間は一刻もムダに出来ない。


 マンデイと相談しながら、やれることをやった。なにも思い残すことがないように。


 「ファウストさん。敵が進軍を始めました」

 「そっか」


 ヨキが戻ってくるまでの時間を稼ぐために毒の撒布を行ったが不発に終わった。毒の弾は通路の魔術、【ゲート】でメロイアン上空に飛ばされたのだ。


 あまりにも速い魔術の展開、美しすぎる魔力の流れ、誰の仕業かは明白だった。


 「敵は巨人、國呑み、合成獣キメラ、草原の民、元舞将のリッツさん、水の魔女、死の兵士、獣のガンハルトさん、死の番人ヨーク、マクレリアさん、ルゥさん……。確認できるのはこの辺です……」

 「てんこ盛りだな」


 毒の撒布が防がれた時点で、死霊術師の特定が難しくなった。【ゲート】で輪切りにされるからワシルは出せない。國呑みと呼ばれる巨大なヒュドラは、俺たちが抑えないといけないわけだ。


 ルゥに睨まれているだけで、これだけ窮屈になるのか。


 「マンデイ、デルアは?」

 「遊撃隊の一部を派遣してくる」

 「キコ、獣は?」

 「フューリーさんが来ますっ!」


 ヨキは、間に合わなかったか……。


 近くにいたネズミっ子を呼び寄せる。


 「はい、狂鳥様!」

 「敵には規格外の魔術師がいる。大規模な魔法や弓矢は利用されてメロイアンに降り注ぐことになるだろう。市民に情報の伝達を」

 「はい!」

 「それとネズミっ子をメロイアン中に配置して、街に【ゲート】が張られないかを観察し続けてくれ。【ゲート】は前線を無視しての急襲を可能にする。迅速に対応しよう」

 「はい!」


 嫌な未来しか見えない。




 数日後、フューリーがメロイアンに到着する。


 (想像以上の戦力じゃのう)

 「忘れられた森に潜伏していたのでしょう。こっちに戻って来てから、何度か潜入用の子機【ストレンジャー】を派遣したのですが、すべて潰されました。いま思えばルゥの感知で見透かされていたのですね。毒の撒布もムダ。僕自身、何度かルゥにとされそうになりました」

 (ル・マウか……)

 「急襲の可能性もある。デルアからルドさんが派遣される予定ですが、それでようやく戦力は対等といったところでしょう。虫に伝書鳩を送ったので、そっちからの援軍も望める」

 (うまくいけば挟めるのう)

 「えぇ、うまくいけば」


 獣には数個体のセカンドがいる。かなりの戦力向上になるだろう。だが安心できないのがル・マウという男。


 「ファウスト、ヨキから伝書鳩が届いた」

 「なんて?」

 「あと数日でメロイアンに着く」

 「わかった」


 その翌日、今度は水から戦力が送られて来た。


 「マ・カイさん。援軍感謝します」

 「水に陸での戦闘を得意とする者は少ない。微々たるものだが……」

 「充分です」


 敵にはマンデイの姉妹、魔女の異名を持つメロウ、ハ・ラ・カイもいる。種族的に水魔法を得意とする個体が多い水龍カトマトからの援軍は心強い。


 戦力が整いつつある。


 だが不安が払拭されることはない。敵にルゥがいるからとか伝説レベルの強個体がいるからとかじゃない。なにかがおかしい。


 「マンデイ、どう思う」

 「なにが」

 「率直に言っていい?」

 「なに」

 「敵はなにかを狙ってる」

 「なぜ」

 「なぜ水と獣が援軍を送ってくるまで攻撃してこないんだ」

 「待っている」

 「そうだな、タイミングを見計らってるように見える。水や獣の増援を無視してもお釣りが来るくらいのなにかをな」


 わずかな沈黙の後、マンデイが言う。


 「敵を捕獲して情報を引き出す」

 「厳しいな。ルゥの感知でこちらの動きは筒抜けだ。こちらが送った者を捕らえられたらディス・アドバンテージになる」

 「ルゥをリスペクトしすぎてる」

 「リスペクト? 違うよ、適切な警戒だ。ルゥが相手となると、やりすぎということはない。あらゆるパターンを想定しないと勝てないだろう」

 「……」

 「俺の言うことは理解できてるな」

 「うん」

 「勝手な行動はとるなよ。とにかくルドだ。彼が参戦しないことには。絶対に孤立するな」


 本当に気味が悪い。


 なにをしてもうまくいかない気がしてならない。


 きっと、この不安はどれだけ強い奴が味方だとしても改善されないだろう。


 ル・マウという男は五百年の間、ただ一人で大国デルアと睨み合い、怒るだけで相手の意識を奪うのだ。その強さは神の土地、不干渉地帯からも認められていた。属性魔法の祖にして、魔術の草分け。


 この世界に来てはじめてのピンチ、その時に俺はルゥに救われた。彼がかたわらにいるだけで、デ・マウは俺に近づくことすら許されなかった。最速の種、ラピット・フライがなすすべなく絶滅に追い込まれた。


 今回の敵はそんな男だ。


 不干渉地帯なら安全だろうと、この世界の風習にのっとって土葬にした俺の認識と行為の甘さが引き起こした最悪の事態。


 幼い頃に国を追われた。最強の魔術師の片割れに宣戦布告した。ケリュネイア・ムースの魔法の弾を受けて瀕死の重傷を負った。世界のバランスを崩壊しかねないほどの力をもったゴブリンの群れを討伐した。


 これまで何度も危ない局面はあった。だがこれほど危険な敵はいなかった。


 いままでの経験や実績など、あの男のまえではなんの価値もない。


 「ヨキが間に合わなかったら、俺はフライング・スーツ【燕】を着て戦うことになるだろう。戦力としては計上できない。そのつもりでいてくれ」

 「なぜ」

 「残念ながら敵はルゥだけではないんだ。マグちゃんがいれば対処できるが、残念ながらまだ帰ってきていない」

 「マクレリア」

 「あぁ、現時点でマクレリアを捕獲することが出来るのは俺だけだ」


 マクレリアだけではない。


 俺が知らない戦力、獣最高の戦士、水の魔女。この世界の上位に食い込んでくるような実力者がゴロゴロといる。


 ラスボスまえの大仕事。


 ゲームとかならワクワクが止まらんのだろうが、あいにく、これは現実リアルだ。


 自分が殺されたり痛い思いをするのも嫌だが、この戦いで傷つくのは俺の愛した生き物たちかもしれない。重圧プレッシャーに押しつぶされそう。


 「狂鳥様」


 ネズミっ子だ。


 「どうした?」

 「デルアからの援軍です」

 「これで役者はそろったな。獣のフューリー、水のマ・カイ、ゲノム・オブ・ルゥのメンバーとエステル、バーチェット、サカ、ウォルターを集めてくれ。最終確認をする」

 「はい」


 大事な決戦のまえだというのに、動悸が止まらん。かなりストレスを感じている。


 「マンデイ」

 「なに」

 「【ホメオスタシス】の準備をしてくれ。これから決戦が終わるまで、すべての感情を殺す。揺り返しは怖いが、そんなことは言ってられない」

 「わかった」


 【ホメオスタシス】を解除した時、胃に穴があいて、毛という毛が抜け落ちて、ひどい下痢をして、しばらく鬱々となるかもしれない。だが冷静さを失って誰かをなくすよりマシだ。


 さっそく【ホメオスタシス】の打ち込みをして、フライング・スーツ【燕】のメンテナンスをしていると、続々とメロイアンの主要人物が集まってきた。


 みな緊張しているようで表情が固い。


 「ファウスト君!」

 「やぁワイズ君、また会ったね。ありがとう。君がいれば百人力だよ」

 「そう言ってもらえて光栄だよ」

 「うん、だけど君の登場は戦争の後半になると思う。マクレリアがいる間は空を飛ばせられない。僕が道を切り開くから、それまで待っててくれ」

 「わかった。君を信じてるよ」


 デルアから派遣されてきたのは、ダバス夫妻と弓将ルート君、魔将のルド・マウ。


 せっかく来てくれたのに申し訳ないが、これだけかという気持ちもある。アレン君、ベルちゃんの最強ペアはデルア本隊にいるようだ。


 「サカ、ルドさんとルート君、ウェンディさんにテストをしてくれ。デルアの中枢にいる彼らが敵方に寝返っているという可能性はゼロに――」


 ドンッ!


 なにかに背中を押され、そのまま膝をついてしまった。


 誰が押したんだろう。


 ふと視界に、妙な物が入ってきた。


 俺の胸からなにかが突き出ているのだ。


 やじり?


 誰がこんなことを……。


 「ファウスト!」

 「マン、デイ……?」

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