第223話 草原 ノ 民
簡単に小人との面会を済ませた後、草原の民の代表ヨシュと会った。
草原の民、俺がもつ印象はヨキのそれだ。素っ気なくて冷静、剣がうまい。
だから自然とヨシュという男もヨキのように上から目線のいけすかない野郎かと思っていたのだが。
「君がファウスト君か。救援ありがとう」
なんとも物腰の柔らかいイケメンおじさん、イケおじだった。
「えっ? あぁ、はい」
「なにか?」
「いや、イメージしてたのと違ったから。もっときびしそうな人だと思ってました」
「草原の民にもいろんなのがいるからね。君も予想外の見た目をしてるよ。想像よりも幼いし紳士的だ」
強い奴がまともだと調子が狂う。
虫に保護されている草原の民は剣や弓を得意とするセルチザハル、そして槌や槍をメインで使うドルワジ。大きく分けてこの二つだ。
ちなみにドルワジの族長ハレルという青年とも会ったがヨシュとおなじで穏やかな男だった。
この人たちは囁く悪魔の息がかかったヨーク率いる草原の民の一派と反目しているわけだが、その情報すらフェイクである可能性も捨てきれない。
「ヨシュさん、いまからメロイアンという街に飛びますが、向こうでちょっとテストをしたいのですが」
「テスト?」
「えぇ、ヨシュさんたちが侵略者とその仲間に洗脳されていないかを調べます。微生物を体内に注入して睡眠と似た状態にするんですよ。痛みや苦しみを感じないのは約束できる。僕もやりましたから」
「びせいぶつ? 本当に危険ではないのか?」
「なんならヨシュさんの目の前でやって見せてもいいですよ? 最初は国防や医療に携わる街の中枢にいる方だけにしてたのですが、敵が浮浪者に変装して街に潜入した、という事件が起こりまして、それからは性別や年齢、立場に関係なくテストをするようになりました。いまのところ副反応のようなものは確認していません」
少し考えた後、ヨシュが返事をする。
「よし、わかった。君に任せるよ」
「どうも」
ドルワジは……。
「僕たちもお願いしようかな。この場所はどうも合わないんだ。空がない」
そういえばヨキもよく言ってたな。空がないとか低いとか。どこの空も変わらないと思うんだけどなぁ。
まぁ穴蔵のなかじゃ空もクソもない。フラストレーションも溜まるかな。
俺に残された時間はあまり多くない。いままさに敵がメロイアンに攻め込もうとしている状況。そろそろ帰らないと不安だ。
草原の民をエア・シップに乗せて、虫を飛び立った。
この世界には飛行船などないわけで、エア・シップに草原の民を乗せるのに苦労したが、たいして面白い話でもないから割愛しよう。
草原の事情は理解したが、それでもマンデイと草原の民をおなじ空間に置いておくのは不安だ。
と、言うことでマンデイ用に席を特設して、草原の民と触れ合わないようにした。
虫を出立する直前に伝書鳩を飛ばすのも忘れない。草原の民がメロイアンに到着してすぐにテストを出来るように準備をしておいてもらうのだ。
この世界は誰が敵になるかがさっぱりわからない。すべて疑ってかかるくらいじゃないと、安心して夜も眠れないのである。
いまはサカが教育したネズミっ子や、孤児たちもいるから、テストは二日もあれば終わるだろう。
草原は空が広いというのは、ヨキもヨシュも言っていたが、空が広いということは遮るものがなく、空からもよく見えるということを意味する。
穴掘りと嫌がらせの勇者たる俺は、帰り道でヨーク率いる草原の民と思われる集団を執念深く探し出し、腸管出血性の微生物を再度、振り撒いた。
これでまた半月は下痢と嘔吐に苦しむことになるだろう。ご愁傷様。
なんならこれを繰り返してもいいのだが、さすがに気が引ける。やるなら戦闘員だけの方がいい。
今回保護した草原の民にも非戦闘員が結構な数いた。
この世界を救いに来たという本分を忘れてはいけない。
嘘とハッタリと邪魔と病気、こういう行いばかりしていると、ついつい自分が勇者であることを忘れそうになるから困る。
メロイアンに向かうまえに、病気の対策として派遣していたネズミっ子たちの様子を見に、草原と隣接する街を訪問。
「狂鳥様だ」
「なにしにきたの?」
「様子を見にきたんだって」
「やっぱり狂鳥様は優しいなぁ」
どの街のネズミっ子も虐待を受けたり不遇な扱いを受けている様子はない。
俺の母親もデルア国内で普通に活動していたし、首都シャム・ドゥマルト以外は、獣人に対する扱いは普通なのかも。
なにかあったら逃げ出すように言っていたけど、メロイアンに逃げ帰った個体はゼロ。
デルアもまだまだ捨てたもんじゃない。
「き、狂鳥! 我々はネズミの獣人に指一本触れていないぞ!」
あっ、違ったわ。
ミクリル王子に伝書鳩を飛ばして根回しはしていたし、ネズミっ子を傷つけた奴はメロイアンの法で裁くことも伝えていた。
コイツらはメロイアンの法で裁かれること、そして俺の存在にビビって手を出せなかっただけだ。
「ネズミの獣人から、治療法は教えてもらったか?」
「あ、あぁ」
「それではこの子たちを預かる。あとは自分たちでなんとかしろ」
医療部門のネズミっ子たちをデルアに回したままにするのは得策じゃない。本格的な戦闘になれば医学の知識がある人材は一匹でも多く欲しいからな。
「やった! メロイアンに帰れるんだ!」
「さすが狂鳥様だ!」
「ここのご飯は美味しくないからねぇ」
喜んでくれてなにより。
そんなこんなでメロイアンに到着。
念のためヨーク率いる草原の民の動きは抑えていたが、それ以外の敵が攻め込んできているかも、とかも考えないではなかったが完全に杞憂だった。
エア・シップには草原の民、セルチザハルとドルワジ、そして彼らが使役している生き物合わせて四百近く、そしてネズミっ子がいっぱい乗っていて、さすがに窮屈な思いをさせた。
だが休む間もなくテストを受けさせる。
受け入れたあとで暴れられたら、ちょっと面倒だ。メロイアンに入るまえに侵略者や囁く悪魔の息がかかっていないかを調べなくてはならない。
草原の民はもちろんだが、ネズミっ子たちもテストを受けさせることにした。外で感化されてる可能性もある。用心するに越したことらないからな。
まっさきにサカと連絡をとり、テストの準備をはじめていると、ツカツカとジェイが歩み寄ってきた。
「あっ、ジェイさん。留守を守ってくれてありがとう」
「事件らしい事件は一つしかなかったわ」
一つはあったんだね。
「なにがあったの?」
「あんたの友達が捕まってるわよ」
「友達?」
キャラというのは面白いもので、ドジっ子はいつもドジをするし、トラブルメーカーはなにかと面倒ごとに巻き込まれる。
そして斜め上の行動をする奴はいつも斜め上の行動をするのだ。
「ワイズ君……」
「ファウスト君! 早くここから出してくれないか!?」
「テストは受けた?」
「テスト? あの針を刺されるやつだろう? もう何度も受けたよ。でも信じてくれないんだ!」
俺が関わるようになって少しはマシになったメロイアンだが、反デルアの感情は未だに抜けきっていないようだ。
テストをしてもワイズ君を釈放しないのは、そういう感情からくる嫌がらせだろう。
まったく。
これじゃあシャム・ドゥマルトと一緒じゃないか。
「サカ」
「なに?」
「テストをして敵の疑いがなければ立場は関係なく自由にしろ。これからはデルアとも協力していく。お前がそんな風では下に示しがつかん」
「あら、そう」
すぐにネズミっ子に指示してワイズ君と愛竜のミレドを自由にしてやった。
「ありがとう、ファウスト君」
「いや、お礼を言われるようなことじゃないよ。まだ反デルアの感情が抜けきっていないみたいだ。申し訳ないことをしたね」
「にしても君はすごいね。リズさんが僕を解放するように掛け合ってくれたんだけど、まったく効果がなかったんだ。でも君が来たらその場で自由な身になった。鶴の一声だ」
「一応、この街ではそれなりの立場があるから。ちゃんとご飯は食べさせてもらってた?」
「充分すぎるほどにね。ネズミの獣人が次から次に差し入れをしてくれたんだ。狂鳥様の友人だからって」
「ははは。あの子たちは優しいからね」
「君は本当に慕われてる。やっぱりすごい人だよ」
「そうかな。ところでワイズ君はなんでメロイアンに?」
「そうだそうだ」
と、ワイズ君が胸からなにかを取り出した。
「これは?」
「ミレドが卵を産んだんだ。デュカの子だよ」
「ほう」
「どうしても君に渡してくれってミレドが」
「僕に? なぜ?」
「デルア飛竜は竜騎士と一緒に子育てをするんだ。だから信頼する乗り手がいれば母親は卵を託す」
ん? だけど俺は……。
「僕は竜騎士じゃないよ?」
「きっと空を飛ぶからじゃないかな。ミレドとファウスト君は似たもの同士だし」
俺と似てるのか。なるほど、ミレドは嘘つきで卑怯者なんだな。
「とりあえずもらっておくよ。マンデイ」
「なに」
「ワイズ君から飛竜の育て方のレクチャーを受けてもらっていい? あとで確認する」
「わかった」
しかし、わざわざこの不安定なご時世に卵を届けに来ただけということはあるまい。
「卵だけじゃないよね?」
「え? 卵だけだよ? 他にもなにか欲しかった?」
おっと、忘れるとこだった。
この男はデルアの残念担当の子だったんだ。
「いや、ミクリル王子からの伝言とかがあるのかと思ってたから。デルアは問題ない?」
「うん、いまのところは。草原の民の話は聞いたよ。ミクリル王子は頃合いを見計らって挟撃するつもりみたいだ」
「ありがたい。ちょうどいま虫にも根回しをしてきた。草原の民が攻めてきたタイミングで戦力を送ってもらい、一気に潰す」
「相変わらず抜かりがないね」
「ちょっと厄介な人物を敵に回してるからね」
「囁く悪魔か。アレは確かに面倒みたいだ」
「いや、違う。囁く悪魔じゃない」
「じゃあ誰のことを言ってるの?」
「ル・マウ」
「あぁ、そうか……」
ルゥの死体がどこで使われるのか、それだけが引っかかってる。
「ルゥが敵にいる時点で、かなり苦しい戦いになるのは目に見えてる。他の魔術師にはそれなりの制約や弱点があるんだ。射程が短かったり、発動までに時間がかかったりね。でもルゥは違う」
「そうだね」
「デルアに戻ったらミクリル王子に伝えて欲しい。ルドさんを借りたいって」
「わかった。伝えておくよ」
残念ながらいま、俺の手札でルゥを相手に有利に戦える駒がいない。
ルゥに限りなく近い能力をもつルドが時間をかけ、隙をついて仕留めるくらいしか手段がなさそうだ。
やれることはやったはず。
あとは水と獣との連携を深めて魂から帰還するヨキを待つ。どのタイミングで戦闘がはじまるかがわからん。しっかりと見極めていこう。
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