第225話 坊ヤ ノ 喧嘩

 オヤジが倒れた瞬間、誰もが思考停止していた。


 なにが起こったのかがわからなかったんだ。


 背中に立った矢羽を見て、大弓を構えるデルアの男を一瞥いちべつして、初めて攻撃されたと理解できた。


 こういう緊急時ってのはソイツがなにを大切にしているかってのが如実にあらわらるもんだ。


 マンデイ嬢はすぐにオヤジのそばへ駆け寄り治癒魔法をかけ、バーチェットはオヤジを襲う二射目の矢を素手で掴んでいた。サカはスッとその場から消えたかと思うとネズミの獣人に耳打ちをし、獣の代表者は毛を逆立てて威嚇しつつ矢が味方に飛ばないよう身をていしてオヤジを守った。


 みんな立派だよ。大したもんだ。俺にはそんなことは出来ねぇな。



 ドンッ!



 「くっ!」

 「デルアのガキよう。うちのオヤジに傷をつけて、まさか生きて帰れるとは思ってねぇよな?」


 残念だが俺に出来るのはこれくらいだな。生まれた時から極道なんだ。これしか出来ねぇよ。


 まさか反応されるとは思ってなかったが、俺の撃った弾は腕をかすめたようだ。


 「なんの殺気もなく……」

 「殺しは俺の日常だ。気負うほどのことじゃあねぇよ」

 「まだ、死ねないっ!」


 デルアの弓兵がなにかを投げてきた。俺はほぼ反射的に撃ち抜く。


 臭い玉。


 狩人か。


 弓兵はそのまま逃げようとするが、そんなことはさせねぇ。


 残りの弾を何発か撃った。相手の逃げ道を予測したつもりだったが奴、まるで猿みたいに動いて全弾回避しやがった。


 「たいしたもんだ」

 「まだ、死ねないんだっ!」

 「お前はわかってねぇよ。極道とケンカするってことをよぉ」


 弓兵はそのまま窓から跳んで逃げていった。


 「さてと……。クソッタレのデルアのお客人、わけを聞こうか」


 俺は銃に弾をこめながら、残されたゴミ共に近づく。


 「儂はルド・マウなにが起こっているのかさっぱりわからん」



 ドンッ!



 「もう一度訊くぜ? 素直になりな。あの世で後悔しても遅いんだ」


 ジジイのふとももから鮮血が飛び散る。いい気味だ。


 「ウォルター!」


 優等生のバーチェットが口を挟んできやがった。


 「あぁん?」

 「狂鳥の言葉を忘れたか。サカのテスト受けるまでは敵対しない。ムダに敵を増やすな!」

 「コイツらの一味がオヤジを攻撃したんだ! コイツらも敵だろうが!」

 「君のファミリーは過ちを犯したな? 私の子もそうだ。だからといって仁友会が、ランダー・ファミリーが狂鳥の敵になったか? 冷静になれ!」

 「冷静になんてなれるか!」

 「ウォルター! テメェは狂鳥の子だろうがっ! 親の顔に泥をぬるんじゃねぇよ!」

 「……、クソッたれ」


 とその時、外から高い笛のような音がした。


 鏑矢かぶらやか。


 「サカ、さっき俺が撃ったジジイを治療してテストをしてくれ」

 「坊や。仕事を増やさないでよねぇ」

 「その名で呼ぶな。呼んでいいのはオヤジだけだ」


 にわかに外が騒がしくなる。


 「マンデイ嬢、オヤジの容態は?」

 「心臓が貫かれてる。水の魔法で出血を止めてるけど危険な状態。エステルと一緒に治療する。これ以上話しかけないで。集中できない」


 マンデイ嬢と明暗のエステル。


 大丈夫。


 オヤジは死なねぇ。そう約束したじゃねぇか。オヤジは嘘をつくような男じゃねぇよ。


 「草原のアホ共はオヤジさえ抑えれば、なんとかなると思ってやがる。俺らくらいなら勝てると思ってんだろうなぁ」

 「「「……」」」

 「上等じゃねぇか。メロイアンの、極道の怖ろしさをたっぷりと教えてやろうぜ」


 それぞれが思い思いに声を上げ、メロイアンの街に散っていった。


 「オヤジ、相手の首をもって来てやる。一人残らずだ。あんたが目を覚ました頃には全部終わってるよ」


 俺もあの弓兵にお礼参りに行かなきゃならんが、オヤジの傍を離れたくはねぇ。敵には距離を無視して移動する魔術師がいると聞く。いまの弱ったオヤジを置いておくわけには……。


 と、オヤジがうっすらと目を開けた。


 「オヤジ!? わかるか? 俺だ! ウォルターだ!」


 ゆっくりと腕を持ち上げるオヤジ。


 「ファウスト! 動かないで!」


 マンデイ嬢がそう言うが、オヤジは聞かない。


 弱々しい動きでマンデイ嬢の顔を指刺し、こう呟いた。


 「マン、デイ。耳を……、かせ」


 そしてボソボソとなにかを言う。マンデイ嬢は目を見開いたあと、治療をしながら近くにいたネズミの獣人と俺に向かって指示を出す。


 「ファウストからの指示を伝える。ウォルター、ここから離れてメロイアンを救って」

 「それは出来ねぇ。危ない魔術師がいるんだろう?」


 オヤジがまたなにかを呟く。


 「そのまま伝える。親の言うことを聞けないガキがいるか坊や、俺は死なない。お前の責務を果たせ。ここにはマンデイ、エステル、ジェイの三人だけでいい。俺に構うな。メロイアンのために戦え」


 オヤジ……。


 「マンデイ嬢」

 「なに」

 「オヤジを頼んだぞ」

 「わかってる」


 この世界で最も尊敬する最高にクソッタレなオヤジが戦えと言う。戦わない理由は、ない。


 一発撃っちまった銃に弾を込め、タバコに火を点けながらオヤジの元を去った。


 俺が相手にするのはあの弓兵だな。それ以外にない。


 待ってなオヤジ、きっちりお礼をしてきてやる。


 「ウォルター様」

 「ビー、情報を集めろ」

 「弓将ルートですね?」

 「名前なんざどうでもいい。どうせ肉の塊になるんだ」


 そりゃ俺より強い奴なんざ五万ごまんといる。こんな街にいりゃ負けることだってある。


 「ビー、俺の姿をよく見てろ。極道のやり方ってのを覚えとけ」

 「はい」


 オヤジの城、天守閣を出た俺を出迎えたのは怒りに震えるランダー・ファミリー。


 俺の家族だった。

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