第222話 小人 ト 蟻
急に心が軽くなったような気がした。
いままでは自分が守らなくてはいけないという意識が強かったのだが、マンデイの明らかな成長に気がついたことで心のなかでなにかが変わった。
俺が守っているのではなく、俺自身も守られているのだ。
そして俺が救っているのではなく、同時に俺自身も救われている。
殺人的に巨大なアリの巣にど真ん中にいるという気持ちの悪さは未だ消えない。だが
俺には仲間がいる。
愚かな俺は、そんな簡単なことを知らずに生きてきたのだ。
「貴方ガ、ファウスト・アスナ・レイブ」
この世界に来てから何度も見た強生物、しかも虫。それをまえにしてもどこか冷静でいられたのはマンデイや、いま近くにいない仲間のお陰だったのかもしれない。
帝国蟻の
「はい。面会の機会をいただきありがとうございます」
「我々ハ草原ノ民ヲ、保護シテイル」
「えぇ、ツェイ様からの依頼で引き取りに参りました」
「戦火ノ火種ニナル、アノ者達ノ引取、感謝スル」
「彼らは元々、知の世界の住民。いままで危害を加えず保護して頂いたことを僕も感謝しています」
王の資質をもつ者が一つであるとは限らない。
この世界に勇者がいくつかいるように、王と呼んで差し支えのない個体や生物はいくつかいる。
水龍カトマト、ワシル・ド・ミラ、フューリーにミクリル。パッと思いつくだけでもこれだけいるのだ。俺の知らないところにも存在しているだろう。
虫のツェイは、虫由来の生物を導き、魔王を倒すという使命を受けて生まれてきた。王の資質を有しているのだ。
だが帝国蟻の女王もまた、王になるべくして生まれた個体である。
存在感や威圧感、器の大きさ。そのどれもが王の雰囲気をかもしている。ツェイよりもよっぽど王の風格を漂わせている。
最悪ツェイと揉めてもいいが、帝国蟻とはケンカしたくないと思わせる雰囲気があるのだ。
「細菌兵器とか天体衝突とかを保有してるし俺もたいがい強生物だと思うんだけど、まだまだ化け物がいるな。自分の小ささを痛感するわ」
「ファウストにはメロイアンがある。ゲノム・オブ・ルゥも」
いままでなら、そんなことはない、帝国蟻の方が脅威だと思っていただろうが、いまの俺なら心の底からこう返事を出来る。
「そうだな」
俺の強さは俺一人の力で測れるものではない。これまでに積み上げてきたすべてが力になる。
いつのまにか俺も強生物の一つになったわけだ。
帝国蟻に促されて薄暗い通路を歩く。
アリは視力が弱いらしく、真っ暗な場所でも普通に生活できるらしいが、彼らは小人と共生しているのだ。通路にも光源が仕込まれているらしく、地面が見えるくらいには明るい。
前世でいうところの山道を走っていると突然現れるトンネル、くらいの明るさ、そして不気味さ。
一応敵対した時のために通路を記憶しておこうと考えていたのだが、すぐに諦めた。帝国蟻の巣はまるで迷路。
ルゥが帝国蟻に撤退を余儀なくされた理由がよくわかる。
通路の魔術、【ゲート】を展開しても旨味がない。倒すなら女王蟻だろうが、護衛がわやわやといるのだ。【ゲート】を繋げた時点で蟻に逆流されて痛い目を見るのはサルでも理解できる。
巣の内部は働きアリで満たされているから適当に【ゲート】は発動できないし、巣以外の戦場で白星をあげてもムダ。なぜなら巣から次々に戦士が送られてくるからだ。
正攻法で攻めても厳しい。一匹一匹倒しながら女王蟻のところにたどり着くことなんて荒技も出来ない。そのうえ帝国蟻の種のサイクルを上回るペースで殺し続けなくてはならないのだ。いくらスタミナがあっても足りない。
俺なら毒の撒布かトラップを仕掛けるかだろうが、それでもうまくいく保証はないだろう。なにせこの数、そして女王蟻を仕留めるまで戦闘が終わらないという理不尽さ。
しかし空に対する戦略がいないから、攻めるなら空からがいい、などと考えていたら普通に翅の生えた個体がいた。
「もしかして帝国蟻って空も飛んだりするの?」
「そう」
隙がないなぁ。
「でも数は少ないみたいだな」
「過去の文献によると、帝国蟻は、外敵が空を飛ぶと判断した時点から、
ふぅ。
「そうっすか」
「合成虫により強化された精鋭部隊もいて、数個体で武装したデルアの街を陥落させた」
「もういい、お腹いっぱいだ」
さすがはルゥ。
こんな無理ゲーを全滅ではなく撤退で抑えたのか。
汚点でもなんでもない。それだけ善戦したのなら実質的な勝利だよ。
しかしこんな数の蟻の食欲をどうやって満たしているんだろうと思いながら進んでいると、開けた場所に出た。穴のなかなのに、外よりも、いいや外界以上に明るい。
「これは……」
「たぶん小人たちの居住空間」
天井を見上げると、所狭しと光る石が組み込まれている。よく観察すると蟻の巣の通路や、水の拠点に使われていた素材であるのはわかるのだが、規模がまるで違う。
「外となんら遜色ないな」
「彼らには光が必要だから」
「光が?」
「そう」
と、マンデイが指差した方向を見て、言葉を失った。
「嘘だろ」
「本当」
そこに広がっていたのは牧草地だった。
土で出来た柵のなかに、よく見覚えのある、牛や豚によく似た生き物がいたり、見たこともないような奴がのんびりと
「放牧してんのか……」
「放牧だけじゃない。農場や淡水魚の養殖、食品加工もしている」
「もしかしたらデルアより進んでるかもな」
「可能性はおおいにある。天井を見て」
言われるがままに視線をうえへ向けると、緑色をしたヒルのような生き物がウネウネと動いていた。
「なんだあの薄気味悪い生物は」
「プラント・ワーム。熱と空気の濃度をコントロールしている。ある程度の毒素なら代謝して無害化する性質があるから、この巣に毒を撒布するなら、プラント・ワームの毒代謝能力を上回らなくてはならない」
「ビックリ箱だな」
「水源を汚染させてもムダ。すでにルゥがやってるけど、帝国蟻の巣にある濾過機能でシャットアウトされてる」
打つ手なし。
いよいよ帝国蟻とは揉めるわけにはいかなそうだ。
ここまで隙のない生物も珍しい。この世界に再構成されてから、いろんな生き物を見てきた。ユニークな奴やちょっと笑いそうになっちゃう奴、チートじみた奴。だがここまで完成された生き物はいなかった。
もし地球に帝国蟻がいたのなら、人類の発展はなかっただろう。
土の柵に入れられていたのは人類かもしれない。
俺とマンデイはまず、小人に引き合わされた。
この世界に来てから何度かお会いしたことのある生き物だ。歌姫のキャロルなんかも小人である。体のサイズが小さくて手先が器用、そして狂鳥には良い印象をもっている、はずだったのだが雰囲気が悪かった。
「別に見ていくのは構わないけど、ウチらには関わらないでね」
こんな感じである。
ヒト以外の亜人種のヒーローがこの俺、狂鳥であるはずだったのだが……。
このままやり過ごしてもいいが、この敵意が今後に響くかもしれないと思い、会話してみることに。
「すみません、なにか怒ってらっしゃるようですが理由をお伺いしても?」
「あんた、知の世界の代表者なんだって」
「えぇ、まぁ」
「ウチらは嫌いなんだよ。あんたらが」
あんた
「どういう意味かを聞いても?」
「鈍感な奴だ。アシュリーのクソ◯ッチのせいで小人は住む場所を奪われた。あんたも一緒さ!」
そうか。
外の世界と帝国蟻の巣のなかでは、情報が違う。
デルアの亜人種は、俺のことを代表者ではなく、デルアの敵で、差別の原因だったデ・マウを仕留めた男だと思っている。人種もヒトではなく、鳥人。
だが帝国蟻の巣の小人は、アリと共生して情報を交換しているのだから、俺が代表者だと知っている。アリに守られていたのだから俺の活躍で利益を得たということもない。現在の帝国蟻とシャム・ドゥマルトはなんの関係もないからね。
この巣の小人のなかで俺は、かつて国を追い出したアシュリーの後継者としてしか映っていないのである。
「なるほど、そういうことでしたか。それなら安心なさい。僕とアシュリーはまったくの別物です」
「でもおなじ代表者じゃないか」
「一緒に暮らす小人でも、考え方や好きなこと、得意なことが違うでしょ? 僕とアシュリーもそうです。おなじヒトだしおなじ世界から来た。でもまったく違う」
「口ではなんとでも言えるさ」
「そうですね。急に信じろと言うのは難しいでしょう。だから一つだけ伝えて帰るとします。小人は僕のまえの世界にいました」
「え?」
小人がデルアを追われた理由は、アシュリーの一言が原因だった。
――こんな生き物はいなかった。
だが俺の世界に小人はいた。
たしか、どこかの島で骨が発見されたんだ。
「いましたよ、小人。生息した期間が微妙に違ったから直接会ったことはなかったけど、小人の痕跡は残っていた」
「ホントに?」
「はい。でもアシュリーがいた時代には小人の存在が一般的じゃなかった。たぶん悪意があって小人を追いやったんじゃないと思います。本当に知らなかったんだ」
「……」
長い歴史で固まってしまった感情は、そう簡単に溶け出すことはない。きっと時間をかけて分かり合っていくしかないのだろう。
「僕が知の世界の代表者であることは
「そんなことをされても我々がデルアに戻ることはない!」
「もちろん。好きにすればいい。どこで生活しようとあなた方の勝手だから。あっでもそのうちメロイアンに遊びに来ませんか? 楽しい街ですよ、メロイアン。あらゆる種族が力を合わせて生活する街です。ちなみに小人もいますよ」
「考えておく」
小人の技術や生活習慣に興味がないこともないが、ちょっとおあずけ。
全部終わったら、また遊びに来るとしよう。
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