第212話 不良 ノ ルール

 前世でブイブイいわせてた戦闘民族ヤンキー、あるいはツッパリ。


 彼らの美的感覚はまったく理解できないし、もし引きこもりにならなかったとしても、ヤンキーにだけはならなかったと断言できる。


 後日、互いの都合のいい日を設定して、しょうがなく、本当にしょうがなくバーチェットとの一対一タイマンを受ける羽目になったのだが、心は深く、それはそれは深く沈んでいた。


 まず第一に、スーツ。


 もちろんバーチェットのような強者と戦うのだから装備するのは【カラス】だ。【阿鼻地獄】でハメ倒す。


 正々堂々? バカ言っちゃいけない。


 殴られたら痛いやん? そういうことをせずに勝ち続けるために授けられたのが創造する力だからね? 楽に勝つ。ハメ殺す。これこそが至高。


 当然のようにスーツの手入れをしていると、おバカなマンデイがこんなことを言ってきた。


 「バーチェットが求めているのは徒手格闘ステゴロ。スーツを着てはいけない」

 「なに言ってんの? 徒手格闘だろ? そりゃ剣やら槍やらを装備しちゃいけないよ? でもスーツはほら、そういうんじゃないから」

 「【烏】には相手の動きを邪魔するグレネードが常備されているる」

 「はいはいわかりました。じゃあ【鷹】にしますよーだ」

 「【鷹】には魔力変換式攻撃ギアがある」

 「使わなきゃいいんだろう?」

 「バーチェットが帯剣してきたとする。使わないから大丈夫だと言われても納得できないはず」

 「うるさいな、もう。じゃあ魔力変換式攻撃ギアは外していくよ」

 「待って」

 「なんだよ!」

 「そもそもスーツは防具」


 はぁ? マンデイってこんな反抗的な子だった?


 「別によくない? 防具くらいさ!」

 「バーチェットが防具をつけてきたらどう思う」

 「ダメに決まってんてんじゃんそんなの!」

 「同じこと」

 「同じじゃない! だってアイツはこのメロイアンを拳一つで生き抜いてきた伝説の男だぞ? それに比べて俺は前世から考えても数えるほどしかケンカをしてない。いや、本気で殴り合った経験なんて皆無だ。そんなモヤシ野郎がスーツなし、武器なしで勝てると思うか? いいや思わない。いいか? もし俺が負けたら仁友会が制御不能になるかもだ。いや、痛いのが嫌とかじゃないよ? マジで。仁友会が制御不能になるのが怖いのな」

 「バーチェットは一度の勝敗でファウストを見下すほど器の小さな男ではない」

 「俺がボッコボコにされるところを見たいか?」

 「見たくない」

 「ならスーツくらい許容してくれよ!」

 「もし、ファウストが徒手格闘ステゴロのルールを破ったら、その時点でファウストの負け。勝負に勝ったとしてもバーチェットからのリスペクトは望めない。それこそ仁友会が制御不能になる可能性がある」

 「マジで言ってる?」

 「生きていれば歯を食いしばって、死ぬほど苦しんで、それでも頑張らないといけない場面が必ずくる。不干渉地帯に逃げた時がそうだった。デ・マウと戦った時もそう」

 「で、これもそうなの?」

 「うん」


 群雄割拠のメロイアン最強クラスの男だということはだ、世界最強クラスだと言っても過言ではない。そんな化け物と殴り合う? 冗談はよせよ。


 そんなこんなで一悶着ありつつ迎えたタイマンの日。


 「さすがは狂鳥だな。あの魔法の服を脱いできたか」


 はい? 着てきてもよかった感じ? マンデイのド☆阿呆の勘違い? なんならいまからでも着用しに行くが……。


 「それが徒手格闘だ、違うか? だが、バーチェット。お前がどうしてもと言うのならスーツを着てきてもいいぞ?」

 「そうだ。よくわかってるな狂鳥。それがステゴロだ。スーツ、だったか。あの魔法の服はよそう。語らいの邪魔だ」

 「俺もおなじことを考えていた。スーツは語らいの邪魔、常識だよな?」

 「あぁ」


 わかる。わかるよ。これが粋なんだな? お前の美的感覚ではこれが正解なんだな? ところで語らいってなぁに?


 あぁあ。前世で少しでもヤンキーかじっとけばよかったわ。


 こういうお方たちのルールとか感覚がいま一つピンとこない。


 ふぅ、とため息をついて一度冷静になる。


 俺がいままで勝ち残ってきたのは、大事な局面で冷静だったからだ。


 マンデイやマグちゃんが熱くなった俺の熱を冷ましてくれた場面もあったし、こうやって意識して冷静になったことも。


 とにかく、まずは冷静に。すべてはそこから始まる。


 「準備はいいか、狂鳥」


 向かい合うのはメロイアンという暴力にあふれる街で、徒手格闘ステゴロというただ一つの武器だけでのし上がった男。


 立会人は俺の希望でマンデイ、バーチェットの希望でウォルター・ランダー。この二名のみ。


 「あぁ、いつでもいいぜ」


 バーチェットとはじめて会った時、俺はすでに狂鳥として振る舞っていた。完全に友好的な関係ではなかったものの、敵対してもいなかった。


 だからはじめて向かい合うわけだ。メロイアン最強の男と。


 空の強者ムドベベは体格や表情、ルゥは積み上げてきた時間の長さと殺気。


 そしてこの男は……。


 動きは遅い。マンデイの二分の一もないようだ。だが拳は重そう。


 受けなくてもわかる。一髪もらったら一気に形勢をもっていかれるだろう。



 ブンっ!



 重い、あまりにも重い拳が、俺の頭のすぐそばを空転した。


 バーチェットの威圧感の正体は、おそらく気合いとか感情とかだ。信じられんかもしれないが、バーチェットのレベルになると、そういうメンタルの部分が可視化できそうなほどに強烈になる。


 もし、前世でこんなのとエンカウントしたら秒で全財産を差し出しただろう。通帳と印鑑まで渡す自信がある。


 こちらから攻撃すれば隙を生む。


 初手は逃げに徹する。で、行けそうなら行く。痛いのは嫌だ。


 打ち下ろしの左、右フック、回し蹴り。


 大丈夫。回避には余裕がある。


 汗。


 戦闘開始から数秒。なのに汗が吹き出してくる。なんちゅうプレッシャー。


 「どうした狂鳥。逃げてばかりでは勝てんぞ」

 「お前こそどうした。そんな雑な攻めじゃ俺はとらえられんぞ」

 「ふふふ、そうだな」



 ドンっ!



 バーチェットが踏み込み、一気に距離を詰めてくる。


 まだ焦る時間じゃない。


 バックステップで距離をとる。


 相手の攻撃パターンを読んで、カウンターを狙う。それしかない。


 いや、いっそ創造する力で埋めるか?


 だが、そんなことをしてコイツが納得するだろうか。よくわからんが、ステゴロってのは魔法もなしなんじゃないだろうか。


 じゃあ強化術は? なしなの?


 線引きがどこにあるかがわからん。


 何気なく振られる一撃が必殺の威力。回避には気を使う。こんなのずっと続けてたら精神力が続かない。


 やや不安はあるが、パターンも読めてきた。狙うか。


 バーチェットの構えはボクシングとかでいうノーガード。振りが大きいのは右、後隙もデカい。狙うならそこだな。


 体重が乗った。


 来る。



 ブンっ!



 フック気味の右に合わせて踏み込む。バーチェットの拳をしゃがんで回避。


 俺は、跳んだ。


 相手の髪を掴み、下顎に膝を入れる。


 クリーンヒット!


 こりゃ、無理だ。いくらなんでも相手が生き物である以上、急死である顎の先端に……。


 「いい蹴りだ、狂鳥。気持ちが乗ってる」


 ふぅ。


 いや、うっすらそんな予感がしてた。


 「強いな」

 「光栄だよ」


 バーチェットの強さの秘訣はメンタルと、それを支える強靭な肉体。


 スーツがあればゴリ押しでなんとかなっただろうが、素手ではキツい。


 ドワーフのガスパールのような反則的な硬さではないようだ。確かな手応えもあった。


 だがどうしてだろう。


 勝てる気が、しない。


 絶望的だ。


 スーツもなし、武器もなし、創造する力も使えない。


 「オヤジ!」


 っ!


 いかん。危ないところだった。考えすぎて集中力がなくなってる。


 「君と戦ってきた者がどういう気持ちだったのかが理解できたきたよ、狂鳥」

 「というと?」

 「いままさに狩られようとしている獣の気分だ。その目、じっくりと観察して、執拗に急所を探し続けるその目。狂った鳥などとんでもない。君はどこまでも冷静なハンターだ」


 そうか……。


 俺にはまだ武器があるじゃないか。


 「望み通り、お前の意識を狩りとってやるよ」


 いままでの経験だ。


 スーツなどただの表層にすぎん。創造する力も俺の本質ではない。


 膝蹴りのダメージがないのか、またあの重い攻撃を放ってきた。


 だがもう恐怖はない。


 「いい面構えだ」


 俺の最大の武器は、最悪の環境でも、クソみたいな状況でも諦めずに戦い、生き残ってきた図太さ。


 俺は拳を振り上げて……。


 正面から打ち合う!



 ブンっ!



 フリをする!


 相手の拳が俺の顔面にヒットする直前、懐に飛び込み、膝の側面を殴った。


 バーチェットと俺はかなりの体格差がある。だがいくら体のデカさに差があっても、力のこもった一撃のために体重を乗せた足を殴られれば。


 「む!」


 グラつく。


 図太い俺はどんな手段でも使ってきた。生き残るためにはそれが必要だったからな。


 魔法が使えない? 武器防具がない?


 だが俺は俺だ!


 一瞬の隙を見逃してあげるほど、俺は優しい男ではない。


 残った足を掴み、全力で振り回した。


 軸足は打撃で瞬間的にダメージ、もう一方の足は掴まれて振り回される。


 ここまでされたらいくら大男でも……。


 「くっ!」


 倒れる。


 四つん這いになったバーチェットの後頭部に。



 【延髄蹴り】



 まだだ。


 まだ畳みかける。慈悲はない!


 バーチェット側頭部にサッカーボールキックを……。



 ミシっ!



 嫌な音がした。


 やられたのは、俺の足だ。


 潰されるまえに相手の後頭部に肘を落として距離をとった。


 「いい攻めだ、狂鳥」

 「貴様と対峙した者の気持ちがわかってきた」

 「ほう。どういう気持ちになる」

 「死ぬほど面倒な奴だ」

 「ははははは。それは光栄だ」


 俺の足がバーチェットの側頭部にヒットする直前だった。


 ぬっ、と現れたのは奴の手のひら。俺は足首を掴まれ、握力で潰された。


 骨は折れてないようだが腱をやられたか。泣きたくなるほど痛いし、まったく動かん。


 もう回避は不可能。打ち合うしかない。


 俺は負けるのか?


 苦労して苦労してようやく手に入れた本拠地ホーム、メロイアンを失うのか?


 ふざけんなよ。


 ムドベベといいバーチェットといい、なんでこの世界の奴らは戦いが好きなんだ。


 ふざけんな!


 打ち下ろしの右。それを掴み、相手の勢いを利用して投げ……。


 岩。


 まったく動かん。


 両足が生きていたとしても、投げるなんて選択肢は……。



 ゴツン



 鈍い衝撃が後頭部に走り、血の匂いが広がった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る