第213話 本拠地 ト 家族
目を覚ますとそこには、それはそれは美しいマンデイが……。
いなかった。
「無事か?」
無駄に凄みのあるオッサンの顔でのおはようは辛い。カロリーが高いよ。
「俺は……、負けたのだな」
「いや、私の負けだよファウスト君」
ここはどこだ? 頭がはっきりせん。マンデイはどこだ。
「なにがあった」
「私の一撃で君は意識を失った。しかし、君はその状態で殴りかかってきたんだ。心だけで立ち上がり、拳を振るった」
「そんなの不可能だ。ありえない」
「ははははは。そうだな。私もはじめて見たよ」
「それで?」
「私は判断しかねた。殴り合いを止めるべきか、続けるべきか。だがボロボロの状態でもまだ戦おうとする君の魂に応えないのは、男の恥だと判断したんだ」
でたよ男の美学。勘弁してくれ。
「ほう、で?」
「私の打撃を防いだ君の肩が外れた。でもまだ立ち上がってくる。今度は腹に蹴りを入れた。君は嘔吐したが、それでも戦おうとし続けたんだ」
「まったく憶えてない」
「たいした男だよ、君は」
そう言われれば体中が痛む。まともな部分を探す方が難しいくらいだ。
「で、最後は力尽きたわけか」
「いや、君は最後まで戦い続けた。勇猛、その言葉を体現したような戦いぶりだった」
「だが俺は負けた」
「いや、先程も言ったが負けたのは私の方だ」
「意味がわからん。お前ほどの男が満身創痍の俺にやられるはずがない」
バーチェットは目を細め、遠くを見た。
「もう終わりにしよう、そう思って拳を振り上げたその時だった。私はいままで感じたことのないほどの恐怖に支配された。体の奥底から滲み出てくるえもいえぬ恐怖だ」
「話が見えん。端的に」
「すまんな、まだ混乱している」
――次、ファウストに触れたら殺す。
「マンデイ……」
「いままで色んな奴を見てきた。なんの躊躇もなく相手の命を奪う者、笑いながら他者を傷つける者、だが、あれ以上に洗練された殺意を私は体験したことがない」
「俺はまた、あの子に救われたんだな」
「いや、マンデイさんがいなくても君は私に勝っていたよ、その気迫、魂の強さで。彼女はただ、私を止めたにすぎない」
「甘い男だなバーチェット。魂だなんだ言うのは弱い奴だ。俺は負けた」
「そこは譲れんよ。負けたのは私だ。狂鳥ファウスト・アスナ・レイブ。君はなんでも造れるのだろう?」
ようやく体に力が入ってきた。
鉛のように重たい体をなんとか起こす。特に痛むのは頭、肩、胸、腕。
「あぁ、難しい物でも相応の時間と魔力を消費すればな」
「では私に
「杯?」
穏やかな笑みを浮かべるバーチェット。
「仁友会・会長スコット・フィル・バーチェット。狂鳥ファウスト・アスナ・レイブの男に惚れた。親子の契りを交わしたい」
極道の世界はよくわからん。
だが一つはっきりしてるのは、だ。
また息子が増えそうだってこと。
メロイアンという街はゴミ溜めだ。
いくら綺麗になったとは言え、住民の民度や知性が急に上がるはずもないし、未だに犯罪じみたことは横行している。
【ここは地獄か天国か、メロイアン】
街の入り口にある看板はそのまま残すことにした。
ここが天国か地獄かは、まだ誰にもわからない。
「坊ちゃん、お出掛けで?」
声をかけてきたのはアラーノ兄弟の兄テッド。
「ちょっと見ておきたいんだ。いまのメロイアンを」
「お気をつけて」
「うん」
俺とバーチェットとの殴り合いは、偶然その場を目撃していた誰かの口から漏れて、メロイアン中に広がった。
「狂鳥様!」
「えぇっと……」
「俺のことなんて憶えちゃいないでしょね」
「ごめん」
「いやいや滅相もねぇ。俺はいつかあなたから施しを受けた者です」
なるほど、そりゃ憶えてないわ。
薬物中毒者やアルコール依存、重度の性病や肺病みの患者に飢え。暇な時間があれば、そういう不遇な環境の奴らに施しをしていた。
一々誰を助けたなんて憶えてない。
「ほうほう」
俺の目のまえにいるのは、なんとも若々しく筋骨隆々とした男。服装もまともで、皮膚の状態も一見して清潔に見える。
「狂鳥様のお陰でもう一度、陽のあたる場所に戻ることが出来た。この恩は死ぬまで忘れはしない」
「そりゃよかったよ」
「それと狂鳥様」
「なに」
「バーチェットさんとのタイマン、俺はアンタの勝ちだと思ってる」
「……」
「なにも殴り合いの強さだけが男の価値じゃねぇ、違うか?」
狂鳥というアイコンは絶対的な強者でなくてはならない。
そう思い込んでいたが、この街の連中は俺がバーチェットに殴り負けたことなんてなにも気にしてはいないようだった。
むしろ先程の奴のように、好意的な態度を示してくる奴が多い。
散歩を終えて帰宅した。
アラーノ兄弟の弟トニーがいたから尋ねてみることに。
「このまえ俺はバーチェットに負けたわけだけど、なぜか雰囲気が良くなってるような気がするんだよね。雰囲気っていうか、待遇? なんで言えばいいんだろう」
「いや、俺にはわかりますよ坊ちゃん」
「理由もわかる?」
「そりゃ簡単な話ですよ」
トニーはこう続けた。
「あなたはこの街のルールで戦った。武器も使わず、防具もつけず、ただ拳だけで。しかも相手はバーチェット会長だ。勝ち負けなんぞどうでもいいんです。あなたが最高のケンカをした。それだけで充分だ」
「そんなもんなんだね」
「えぇ。あなたがこの街にたどり着いた時、俺は思った。救世主が現れたと。だが、そうは思わない連中もいた。英雄である狂鳥、その名を騙る詐欺師。この街を食い物にしようとしている外敵。そう考える奴も少なくなかったんだ」
「うん、それはなんとなく感じてた」
「だが、日が経つごとに街の連中は、あなたのことを知っていった。メロイアン総出でケンカしても勝てねぇ強さ、俺らのことを考え腐心する健気さと正しい場所に導く賢さ、こんな腐った街を受け入れる懐の深さ、最高の男と最高のケンカをやってのける男気。そして、どんな奴にも差別なく、分け隔てなく救いの手を差し伸べる優しさ」
「……」
「この最低の街で生まれ育った俺が言うんだから間違いねぇ。この街は、メロイアンは、もうあなたのものだ」
褒められ慣れてないから、こんな風に言われると、どうもむず痒い。
なにかを手に入れるには、対価を払わなくてはならない。
俺がメロイアンという街を
その結果、最初にこの街を訪れた時に感じていた不快や、肌を刺すような厳しい視線、そういうのはなくなった。扱いも段違いだ。
この場所では魔法の修行で疲れて眠るフタマタをヨシヨシ出来るし、気心の知れた仲間たちがいる。稀代の魔術師ル・マウに保護されていた不干渉地帯の頃とは違い、自分の足で立ち、自分の力で勝ち取った居場所もある。
こんなにも居心地がいいと思えた場所が他にあっただろうか。
不覚にも、本当に不覚にも、俺はいつの間にか、この街を愛してしまっていたようだ。
で、あればだ。
俺には通すべき筋が残っているのではないだろうか、そういう風に思うのだ。
俺は三大勢力の頭を集めて宣言した。
「俺は(知の世界)に選ばれた代表者だ」
反応は様々だった。
バーチェットは冷静そのもの。彼がアスナとマリナスの上司だということを考えると、俺の立場を知っていた可能性がある。
ウォルター・ランダーは口をあんぐりと開けて、驚愕の表情。なにも知らなかったのだろう。
サカはいつもの妖艶な感じでジッと俺を観察している。彼女にとって俺が勇者であろとなかろうと、大したことではないのかもしれない。
さて、緊張の一瞬だ。
コイツらはすべてをさらけ出した俺を受け入れてくれるだろうか。
ここを本拠地にしたいというのは、俺の勝手な計画にすぎない。
代表者がいるという事実だけで侵略する動機になりうる。
俺をトップにするということは、リスクを抱えることになるのだ。
「ち、ちょっとまってくれ、オヤジ。(知の世界)に選ばれたのはデルア王子だろ?」
「いや、俺だ。デルアは国の権力に説得力をもたすため、第三王子ミクリルを代表者と偽り、俺を抹殺しようとした。俺の能力【創造する力】は神のギフトだ。デルア初代王女アシュリーの【舞踊】とおなじ、特別な力ということだな」
「なるほど、合点がいった。だからオヤジはデルアを」
「そうだ。計画を主導した宰相デ・マウを始末したのにはそういう背景がある」
沈黙。
それぞれに考えているのだろう。俺をアイコンにし続けることのメリットとデメリットを。
マンデイもそうだった。リズもヨキも、マグちゃんも二頭の犬も。本人の意思があったからこそ一緒に戦い、苦楽を分かち合ってきた。
だからメロイアンもだ。自分で決断してもらわないといけない。戦いを強制させるわけにはいかん。すべての情報を開示したうえでそれでも一緒に戦ってくれる、という形でなくてはならないのだ。
不本意だがこの街を愛してしまった一人の男として、少しでも正直でありたいから。
「一つ聞いていいか、狂鳥」
「なんだバーチェット」
「なぜ君はこの街を再生させるまえにそのことを打ち明けなかったんだろうか」
「というと?」
「君の能力なら我々を庇護する見返りに、戦力を提供させるという手段もとれたはずだ。我々は君の指導のもと、以前とは比べ物にならないほどの収入に恵まれ、市民は安定した生活を手に入れた。力を得たのだ。こんな不安定な世界であっても自分の身は自分で守れるという自信がついた。現在のメロイアンの情勢なら、君の提案を呑まないという選択肢も存在しているように思う。あれだけの時間と労力をかける以前に打ち明けるべきではなかっただろうか」
「不合理に見えるかもしれないが、これが俺のやり方だ。内部闘争で不安定なお前たちを共食いさせて弱体化させた後に実権を握ったり、バーチェットが言ったように庇護の見返りとして戦力を提供させる手段もあった。だがそれではお前たちの選択肢が限られる。俺はすべての生き物の幸せを考えねばならん立場の男だ。戦う覚悟があるかどうかを問うならば、戦う力をつけた後でないといけない。それが俺のやり方だからな」
「……」
「俺が代表者だという事実を隠したままにしておく選択肢もあったかもしれない。だがそれではアンフェアだ」
再度の沈黙。
仲間になってくれるかを尋ねる時、この瞬間が一番緊張する。
いままでかけてきた労力が水泡と帰すかもしれないのだ。いくら単純作業が苦にならんとはいえ、街一つ再生するエネルギーが無駄になったらさすがに萎えてしまう。
「俺は死ぬまであんたのファミリーだ、オヤジ」
最初に覚悟を決めてくれたのはウォルター。
「私もだ狂鳥。私が惚れたのは君自身だ。立場は関係ない」
と、バーチェット。
「この街のおバカちゃんたちも同じだわ。ファウストのためならなんでも出来る。死すらいとわない。もちろん私もね」
サカ。
「そうか」
長い時間がかかった。だが手に入れたんだ。
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