第211話 女神 ノ 裏切リ
世界情勢で気になることは多い。
実際にこの目で見ていない明暗や虫、魂については言わずもがな。獣や水、デルアといったよく知る地域も楽観視はしていられないのが現状だ。
自分の最も信頼する相手すら疑ってかからなくてはいけない世界。油断は出来ない。
この世界を救うために再構成された勇者として、俺がとるべき行動はメロイアンに留まることではなく、世界を巡り、争いを鎮め、治安の維持や生活の質の向上を促すことだろう。
そんなことは、いくら頭が弱めな俺でも理解しているのだが、なにをするにも足場は必要だ。
なにかあった時のための奥の手、帰れる場所、動かせる兵士。
そういう居場所があって初めて能動的に動けるのである。
メロイアンに防衛訓練を導入してから一ヶ月、市民の意識は格段に上がった。
勝利条件や敗北の条件を微妙に変更しながら、訓練を繰り返した結果、指揮系統や連携は初期とは比べ物にならないほど向上した。
最終的な訓練として、非戦闘員まで含めた、より実践的なものをしてみたのだが、ほとんど問題はないようだった。
彼らは自分で考え、すべきことの優先順位をつけ、おそろしく機能的に動けていた。
しかし元反社会的な組織への干渉だけでは、この街が完全に再生したとは言えない。
俺の立場の人間に求められるのはハードな内政だけではなく、弱者によりそったソフトなものも含まれるのだ。
「狂鳥さまぁ〜、あ・い・し・て・る」
「ありがと、俺もー」
「ぎゃぁぁああああ!」
例えばこの街に流れ着く要因として、挙げられるものの一つとして同性愛がある。
考え方は様々だろうが、かなり進んだ精神性や文化がなければ、同性愛というのは生殖活動を遅滞させる異分子でしかない。様々な愛の形を容認するには、土地や組織の度量が必要なのだ。
追放ならまだいい方、処罰の対象であったり、重犯罪者として指名手配された者もいる。
同性愛というのは本当に難しい。
自分が思う性と生物学的な性が一致していないパターンや、同性しか愛せないパターン、たまたま燃えるような恋に落ちた相手が同性だったパターンなど、分類しようと思えばいくらでも出来そうだ。恋愛経験ゼロのクソ引きこもり野郎の俺にはさっぱり理解できない世界である。
「叫ぶなよアリッサ。耳が痛い」
「ごめんなさぁい。あなたがあまりも尊かったからぁ」
おなじ傷をもつ者は、微妙な差異こそあれ互いに理解し合い、支え合うもので、この街でも独自のコミュニティをもっていたりする。
組織のようなハードなつながりではなく、もっとソフトな結びつきだ。同性愛のコミュニティ、身分差や歳の差などのその土地の禁忌に触れてしまった者たちのコミュニティ、人種差別により
所詮は烏合の集、傷を舐め合う弱い集団、と、思ったのなら認識が甘い。
彼らの結びつきはソフトで、正式な組織のような会系図や名簿のようなものもなければ、責任もないのだ。おなじ心の傷を癒し、救い合うために心で繋がっている。
このコミュニティの厄介さは、仁友会系列の組織にも、ランダー・ファミリー下部組織にも、メロイアン・コネクションにも、どこにでも存在しうることだ。
この街の包容力は、他の街とは非にならない。どんな犯罪者も受け入れる、同性愛者だって、
メロイアン・ドリーム。
他じゃ厄介者のネズミっ子たちが、防衛力や連携能力を認められ、いまじゃ街の連中から親しまれ、可愛がられるようになったのがいい例だ。
こんな街だからこそ同性愛者はどこにでもいる。ネズミっ子たちのような、他の街では差別の対象になる弱い生き物もまた、どこにでも普通に生活し、組織に潜り込んでいる。
だからソフトな内政が必要なのだ。メロイアンを支える組織が内側から分裂しないように。
さきほど挨拶をしたバカでかい生物は、同性愛の罪で故郷を追われたという経歴をもつ者で、名をアリッサという。
普段はダンサーとして生計を立てているのだが、同性愛者の神という顔ももっている。
この街に流れてきて、右も左もわからない同性愛者に職や居住地を与えて、生活の基盤を作るのだ。アリッサはそういう活動をすることで利益を得ようとかそういうことを考えているのではない。ただ自分とおなじ心の傷をもつ者が困っているのが見過ごせないのだ。
神であるアリッサと懇意にしていれば、同性愛のコミュニティの内部で起こっている情報が獲得しやすいし、俺の求心力も上がり、メロイアンの隅々まで俺の影響力が行き渡る。
「そろそろいいかな」
「うん、経済もうまく回りはじめている」
ど素人の俺が指示を出すのを早々に諦めて、マリナスとネズミっ子たちに任せたのが功を奏したようだ。メロイアン経済は着々と実績をあげはじめている。
ハードとソフトな両側面からの内政、専門化されたネズミっ子たち、防衛訓練による連携の強化、サカによる裏切り者のテスト。
もうこの街に俺は必要ない。
そろそろ本腰を入れて、世界を救うために動き出さなくては。
一応こんな俺でも立場ある人間になってしまったわけで、移動の際は各所に挨拶回りをしなくてはならない。ホームを維持するコストだ。しょうがない。
まずは実家に帰ってフタマタをなでなでもふもふ、猫にゃん成分を充電したあと、挨拶を。
「あら、そう。気をつけてね」
と、アスナ。
「おぉ、そうか。ネズミのことは任せておいてくれ」
マリナス。
「行っちゃうんですか?」
テーゼ。
いままでの経歴が経歴だけに、あまり心配されていないようだ。
「はぁ? ずっとこの街にいりゃいいじぁねぇかオヤジ」
次はメロイアンの三大組織だ。
「そういうわけにはいかん。俺には使命がある」
「他の土地なんてどうでもいいじゃねぇか」
「ちっちぇな」
「なんだと!?」
「いいか、坊や、メロイアンは新しく生まれ変わった。なんでも貪欲に吸収して受け入れてきたこの街は、ついに他の街からの一般客も受け入れる度量を手に入れたのだ。客をもてなし、金を落とさせ、また俺たちはデカくなる。簡単な話さ。他の土地なんてどうでもいいだと? お前はビックマネーが欲しくねぇのか?」
「ビックマネー……」
「マネーを食って組織は肥える。ほら、聞こえるか? ランダー・ファミリーの腹の音が。もっと食いてぇ、もっと金が食いてぇって泣いてやがるぜ」
「オヤジ!」
「あぁ、任したぜ、坊や」
たいていの奴らはこんな感じで楽に説得できる。
「詐欺師……」
「うん、いまのはちょっと自覚があった」
だがしかし、一筋縄ではいかない奴もいた。
「それは構わない。だが一つ、私の願いを聞いてくれないだろうか」
カリスマだ。
「言ってみろ」
そういえばバーチェットの奴、ずっとなにかを言いたそうな感じだった。俺の記憶が正しければ、確か以前もこんな感じのやりとりがあったはず。
「俺は拳一つでいまの地位を手に入れた。拳で語り、拳で認め合い、拳で競った」
「あぁ、それはよく知っている。それで?」
「ある日、この街に狂鳥というあまりにも偉大な男が現れた。誰もが狂鳥を崇拝し、心酔した。もちろん私もそのなかの一人だ。狂鳥は素晴らしい手腕で街を再生させていく。まるで夢のようだった」
「話が見えんな」
「もうすぐ本題だ」
「あぁ」
「日々、狂鳥に対する畏敬の念や尊敬の念は増していく。だが同時に
「ん?」
「拳も交えていないこの男に、盲目的についていっていいものか、と」
おっと。
「つまり、殴り合いたい、と」
「そうだな、端的にいうとそうだ」
「殴り合わなければダメなのか?」
「でないと理解できないことがある」
バーチェットは三大組織の一つ、仁友会のトップ。しかもカリスマとかいう通り名があることからわかるように人望もある。
もしここで逃げたら狂鳥の株は一気に下落するだろう。
まさかこんなところで回避不能のクソイベントが発生するとは思わなかった。
もしも俺が負けたら、それこそ株が大暴落。求心力は地に落ちる。勝ったところでたいしたメリットもない。
360度どこから見ても良いことがない、紛うことなきクソイベントだ。
「ファウストを殴ればマンデイがバーチェットを殴る」
一瞬の
マンデイ愛してる。この子の親で本当によかった。
「血の聖女マンデイ。いつか君とも拳を交えたい。だがいまは狂鳥だ」
「ファウストを傷つけるのは許さない」
「雨が降り、大地は固まる。風に吹かれた木々が美しい曲線を描く。私はね、マンデイさん。狂鳥をもっと知りたい。もっと近づきたい。だから殴り合う必要があるのだ」
「理解できない」
アホめ。
マンデイに口論で勝てる奴なんていないんだよ。貴様の負けだカリスマ(笑)。マンデイが出てきた時点で終わりなんだよ。震えて眠れ!
「君にも経験がないか? 誰かと競い合い、死力を尽くして戦ったあとに友情が芽生えた経験が」
「……ある」
!?
え? ないよね? そんな経験ないよね?
「ユキがそうだった。最初は敵。でもあとで仲良くなった」
ホーリー・シット!
「もちろん私がやり過ぎるようなことがあれば、すぐに止めてもらって構わない」
「わかった。それならいい」
ジーザス・クライシス!
なんてこった!
「ファウスト。バーチェットと殴り合った方がいい」
ぐぬぬぬぬ。ふざけんなよ! こんなデメリットだらけのやつを……! ぐぬぬぬぬ。
「いい度胸だな、バーチェット」
「自分でもどうかしてると思うよ」
あぁあ。最悪だ。
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