第189話 闘神 手向ケ Ⅰ
◇ 闘 神 ◇
腹を減らした同胞たちのためにも、新鮮な肉や豆などを探そうと思っていたが、まさか向こうから肉がノコノコやってくるとは。
これまでのように慎重に動き続けられたら面倒だった。だがこうやって愚直に攻めてこられると、対処が楽だ。人など脅威ではない。
コイツらの肉を届ければ、幼い王の腹も膨れる。王が育てば、コイツら人の群れなど一晩で食糧に変えられる。
楽には死なせん。最高の苦痛を与え、
いかん。
奴らの肉の味や、奴らが浮かべるであろう苦悶の表情を想像すると腹が減ってきた。ヨダレが止まらん。
「貴様ら! 肉だ! 捕まえろ!」
Gyaaaaa!
さぁ、楽しむとしよう。
◇ 聖 王 ◇
仲間を鼓舞するような咆哮をあげた、一際目立つ、背の高い個体。
桁外れの視力をもつファウストの仲間、悪魔のリズベットが見た映像では、体についた筋肉は一つと一つの
動くたびに波打つ筋肉、手足の長さ、ちょっとした動作から垣間見える俊敏性は、明らかに他のゴブリンとは一線を画す。
こうやって実際に対面してみると、その威圧感はさらに増している。
【闘神】
奴ほど純粋でナチュラルな殺意を放つ生き物は見たことがない。
ゴブリンは俺たちと戦う気なんてないのだ。人間のことを食糧だとしか考えていないのだからな。戦闘というよりはむしろ、一方的な虐殺という認識なのだろう。
奴らにとってこれは、食糧確保のための狩り。そして俺たちが獲物。
気後れしたらやられる。気持ちを強くもつんだ。
「また成長してるな」
「みたいですね、王子様」
「クラヴァン、あれは個人でどうなるレベルじゃない。足並みをそろえて確実に討ち取る」
「はいはい、そう何度も言われなくてもわかってますって」
「お前の顔を見ていると不安になってくる。ユキのことは残念だが、ここでお前が命を落とせば――」
「わかってます。充分に。俺は、あの人がやり残したことをしなくちゃならない。こんなところで死ぬつもりはありません」
「それを聞いて安心した」
「王子様も小鹿のように震えていますが大丈夫ですか? もし戦うのが怖かったら指揮に専念してもらってもかまわないけどね」
「言うな、クラヴァン。お前の方こそ病み上がりで辛いだろう? 家に帰って寝ていたらどうだ。武者震いと、小鹿の震えの区別もつかんとは、だいぶ重症のようだ」
「ククク、死ぬなよ。王子様」
「あぁ、お前もな」
ゆっくりと深呼吸をした後、俺は知の世界の代表者、ファウスト・アスナ・レイブの顔を思い浮かべた。
――いいですか? ミクリル王子。いくら強い個がいようと勝負には勝てません。ミクリル王子も憶えているでしょう? 最強の怪鳥、元不干渉地帯の主であるムドベベとジェイのような実力者でも獣の精鋭をまえに死ぬ寸前まで追い込まれた。なぜだかわかりますか?
本人は否定するが、あの男はまえの世界ではかなり優れた軍師だったのだろう。そうでなければあの男の指揮能力は納得できない。
――憶えておいてください。戦争で勝つのは強い
ファウストの口から発せられると、いかにも単純明快で簡単そうに聞こえるのだが、アイツの言っていることをすべて実行に移すのは難しい。
あの男と比べるなら俺は凡人だ。能力、経験、人望、執念。すべてで負けている。
だが好機。
あのような男が身近にいるのはなんと幸運なのだろうか。学べることはすべて学び、もっと自分を高めよう。そして、デルアを、俺を信じてついてきてくれている者たちを正しく導くのだ。
「ワイズ! ウェンディ!」
「「はっ」」
「まずは【飛榴弾】で敵の数を減らし、負傷させる。慈悲は与えるな、奴らは鬼畜、いままで無念にも散っていった同胞の血を力に変えろ」
「「はっ」」
まずは先制攻撃。
奴なら、ファウストならそうするはずだ。敵を混乱させ、動揺させ、隙を見せた瞬間に一気呵成に責め立てる。
飛竜隊の動きに合わせるように、敵が動き始めた。投石である。
「ルド」
「はっ」
いま、この戦場を支配しているのはこちら側だ。流れはもって行かせない。
飛竜隊とゴブリンの間に、ルドの魔術が展開された。すると投じられた石はベクトルを変え、勢いを増し、ゴブリンの頭上に降り注ぐ。
(ありがとうございます。ミクリル王子)
ワイズの念話だ。
(かまわない。【飛榴弾】を)
(はいッ)
この特殊なゴブリンの生命力の強さは、痛いほどよく理解している。これだけで倒せるとは思っていない。確実に全滅させ、すべての望みを断ってしまわないと我々に未来はないだろう。
一匹も残さない。
投石の反射、そして追撃の【飛榴弾】がゴブリンの群れにヒットするのを確認。
ある程度の被害はあるようだが、やはり全滅はしていない。しかも一度のアタックで、それなりに知能の高いゴブリンは、落下してくる【飛榴弾】に向かって投石、自分たちに被害が及ぶまえに起爆させる手法を学んだようだ。
(ワイズ)
(はい)
(奴らの投石を
(これ以上高度を落として、あの攻撃の網をかいくぐり続けるのは至難の業。それをやれるのは僕くらいです)
(それではお前に任せる。我々がゴブリンの注意を引く。頭上に槍をお見舞いしてやれ。他の飛竜隊は上空からの爆撃を継続。奴らの数が減り、俺たち前線も圧をかければ、投石で【飛榴弾】を落とす余裕もなくなるだろう。ただしワイズ、【闘神】には近づくな。奴は別格だ)
(はいッ)
強い奴は囲んで確実に、だ。
【闘神】は絶対に処理する。だがいまではない。
もし焦って突っ込めば、ノーマルのゴブリンと【闘神】に囲まれることになる。そうなればチャンスはない。邪魔者をしっかりと削っていき、ここぞというタイミングで勝負に出る。
そして、ユキの死陣ですら届かなかったその命、我々が刈りとるのだ。
このままではジリ貧だと判断したゴブリンが、激しい雄たけびを上げた後、猛烈な勢いで攻めてきた。
「クラヴァン、いよいよだ」
「はい」
俺が握り拳を伸ばすと、クラヴァンも拳をこちらに。二つの拳がコツンと合わさる。
「勝つぞ」
「当然」
槍と盾をグッと握りしめる。掌に汗が滲んでいる。
「ルート」
「はっ」
「背中は任せた」
「はっ」
俺は自らの後ろに控える自陣の方を振り向いた。
「いいか、お前たち! 我々はこれまで、いくつもの脅威に打ち勝ってきた! 戦いのたびに兵が散り、傷を負い、それでも何度も立ち上がり剣をとってきた! どれだけ状況が変わろうが、どれだけ苦しかろうが、俺たちの魂だけは美しく燃え続けている! もっと燃やせ! 敵の血で染めろ! 体に流れるデルアの血と誇りを、脆弱なるゴブリンにみせつけてやれ!」
一斉にあがった
「隊列を乱すな! デルアの団結を示せ!」
度重なる戦闘で、ユキが率いていた強化術に秀でた者の多くは命を落とした。だが、それだけで弱りきってしまうほど、デルア兵の層は薄くない。
まず敵と接触するのはファウストが創造したクロスボウや、先代の弓将ルベルが厳しく育ててきた弓兵。適切な距離で敵の前線を一方的に削る。
自軍奥にはファウストの創造物、据え置き型の大弓バリスタ、投石器などを配置しているから、弓による攻撃と足並みをそろえながら敵に圧をかけていく。
すると。
こちらの飛び道具に対抗するような形で、敵が投石をしてきた。
「ルド」
「はっ」
まだ流れはもっていかせない。
ルドの魔術で投石のベクトルを変える。するとゴブリンが投じた石は、自らの頭に降り注ぐ形になった。
この距離の戦いは我らが圧倒的に有利。
敵がとれる手段は……。
Gyaaaaa!
そうだな。距離を詰めてくるしかない。
「シールドをッ!」
こんなちゃんとした戦闘を指揮するのは、はじめてだ。だが、これまでも国内の村を襲った魔物や賊の討伐の指揮の経験はある。
特別視は危険だ。いまこの瞬間を、日常の延長にあるものだと考える。リラックスし、俺本来の力を出し切るんだ。
衝突。
この一瞬で勝負の趨勢が決まる。
「アレン!」
「はいッ、王子様ッ!」
こちらの前線には三本の柱がある。
俺、クラヴァン、そしてアレンだ。本当はここに舞将のベルがいるはずだったのだが、彼女の足取りはさっぱりわからない。それもこれも俺の求心力のなさが故。いまある戦力で戦うしかないのが現実だ。
ゴブリンの群れの前線は、弓矢を耐え、生き残ってきた能力の高い個体だ。普通のゴブリンより少し体格がよく、体がしまっている。もちろん【闘神】ほどではないが、威圧感は充分だ。
――王子。
こんな時にユキの顔が浮かんできた。
昔、格闘術の指南をしてもらっていた時の光景。
――あなたは少し、正直すぎるようだ。
――なぜそう思う。
――こうやって向かい合ったら、どこを殴りたいのかがすぐにわかるから。それじゃ目を瞑っていても防げる。
――では、どうすればいい。
――それを私に訊いてもいいのです? 私が教えたことを実行して、私が対処できないとでも?
――くっ、それもそうか。
――ふふふ。しかし、そういう正直なところがあなたの強みかも知れない。
――ん? なぜだ?
――あなたを守る兵は、あなたのそういうバカ正直な姿に発奮するのです。
――バ、バカだと!
――おっと、熱くなってはいけませんよ。冷静さを欠いては勝てるものも勝てなくなる。
ユキ。
俺はいま、冷静だ。
お前を失い、デルアを愛する兵士の命運をこの手に握っている。
だがそれでも冷静だ。
もしお前と会っていなかったら、俺の魂はこんなに静かに澄み切ってはいなかっただろう。
ありがとう、ユキ。
ゴブリンが叫びながら突進してくる。
俺はゆっくりと盾を上げた。
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