第187話 争ウ 理由
ゴブリンの群れが妙な動きに変化があった。
いままでは愚直にまえに進んでいただけだったのが、急に迂回をしだしたのだ。
「食糧を確保するためだと考えるのが自然だな」
と、ヨキ。
俺もまったくおなじ考えだ。
ゴブリンの数は共食いや食糧難、同種合成の失敗などの原因で日に日に規模を縮小していっている。そろそろ新鮮な食べ物が必要なはず。
ゴブリンの動きをコントロール出来なければ、被害は広がる一方。土地を食いつぶし、食料をすべて奪っていく奴らの行軍の動線は出来るだけ短い方がいい。
俺はすぐにミクリル王子に状況を説明し、策を講じるように迫った。
「ゴブリンを誘導する?」
「ですね。考えられる方法は大きく分けて二通り、一つは進ませたくない場所の食べ物をすべてなくす、もう一つはある程度の間隔を開けて食料を配置しておいて、最短距離で誘導する。メリットとデメリットはちょっと考えればわかりますね。食べ物をなくす方法のメリットは敵軍が強化される心配をする必要がない点、ゴブリンが砦に到着する頃にはそうとう疲弊いているでしょう。安全に勝てる。ただし、ゴブリンの雑食性はご存知でしょう? 奴らの食糧を奪おうと考えるのなら、進んで欲しくないところを更地にするくらいの気持ちでいなくてはならない。それ相応の被害は覚悟しておかなくてはならないし、国民の生活もかなりの打撃を受けるでしょう」
「なるほど」
「食事を与える方法のメリットは建物や土地を壊さずに済む点、しかし敵に体力をつけてしまう可能性がある。同種合成で戦況を覆す敵のキーマンが誕生してしまったら、取り返しのつかないことになるかもしれない。現在、戦況はこちら側が若干の有利だと考えています。拉致したゴブリンがもっている感情はネガティブなものばかり、怒り、餓え、恐怖、欲求不満。特に一対一で【皇帝】を処理してからは、ゴブリンのメンタルはボロボロになっている。食事を与えてしまうと、活力を取り戻してしまうでしょう」
「ファウスト、お前はどう考える」
難しいところだ。
「正直、どちらがいいかがわかりません。敵はゴブリンだけではない。囁く悪魔がどれほどの戦力を保有しているかはいまだ不明。ここでデルアの国力を低下させるのは得策ではないでしょう。ですが、この戦いに勝たないことには未来はない。なにも壊さずに奴らに勝てるなら、それに越したことはないだろうけど、そんなに簡単に済む相手だとも思えません。急ピッチで神経毒などの迎撃準備を整えていますが、未来のことはわからない。もし、シャム・ドゥマルトが陥落したら、ゴブリンはデルア国民を食糧としてさらに増長するでしょう。そうなればもう奴らを受け切れる可能性は……」
「……、父に相談してみる」
「そうですか……」
デルア王か。
デ・マウに洗脳され、ジワジワと精神を蝕まれていた王だ。息子であるミクリル王子に対する信頼はまだあるようだが、冷静かつ合理的な判断を下せるとは思えない。
最悪のケースも考えておかなくてはなならない。
「ミクリル王子」
「なんだ」
「いまからかなり失礼なことを言います」
「言ってみろ」
「もしデルア王が自らの保身のためにこの世界を危険にさらすようなことがあれば、僕は迷わず王を殺害します。そして、この決断により、シャム・ドゥマルトが落とされると判断した場合はデルア国民に毒を仕込んでミクリル遊撃隊や、主要人物だけを救出してすぐさま撤退するでしょう」
「……」
「あなたにも譲れないものや守るべきものがあるように、僕にも大切にしていることがある。あなたに対する親愛の情や、友人であるワイズ君のために最後まで死力を尽くす
「わかった。俺も出来る限りのことはする」
非常に難しい選択ではあるが、ゴブリンに餌を与えずに誘導するのがいいだろうな。
こちらから攻めるのは……。
奴らの生態を考えると危険だ。デルア兵を食べさせるわけにはいかない。
史上最悪の攻撃。
ゴブリンを指揮していた天使たちが機能しなくなったいまでも、奴らの脅威はまったく消えていない。なにか明確な目的があるわけではなく、ただ生き残るためだけに食って繁殖している。規模が異常にデカいから対処が難しく、一手の判断ミスで状況がひっくり返ってしまう。
ひと時も安心できない。
ユキ・シコウが命を代償にして教えてくれたことだ。確実に潰すまではあらゆる手を講じなくては勝てない。
ゴブリンって雑魚のイメージしかなかったが、代償度外視で繁殖させ続け、変異を起こす虫をプラスさせるだけでこうも厄介になるとは思いもしなかった。
デルアが国としてどう動くのかはまだわからないが、俺がすべきことは変わらない。来るべき決戦の日に備えて創造する。これしか出来ない。
神経毒、砦にする【エア・シップ】、中距離から遠距離で戦えるデルア兵の武器、食糧。
魔力は豊富にあるし、ネズミっ子たちのお陰で作業ははかどる。ギリギリまでいい物を造り続けるんだ。後で後悔しないように。
で、いつものようにせっせと作業をしていたのだが、事態は急に、思わぬ方向に展開した。
ミクリル王子との二日が経過した頃、デルアが今後の方針を決定するまえに、ワト軍の動きがまた変化したのだ。
「おそらく、鍵になる個体が生まれたな。群れが獲得した質の高い食糧が、ある個体へと運ばれているようだ。もう一刻の猶予もない。食糧を与えて誘導する手段も取れないだろう。こちらから攻めて潰した方がいい。マンデイ、かなり厳しい戦いになるぞ」
「うん」
デ・マウ戦で自信をつけた俺だったが、今回はこちらの動きがすべて裏目に出ている。最悪だ。
「ファウスト」
「ミクリル王子、ゴブリンの群れが三つに分かれました。北に向かったのが【闘神】率いる小規模な群れ、おそらく新鮮な食糧を確保するために動いているのでしょう。中央の群れには【魔神】と新しく生まれたゴブリンのキーマン【
「悠長なことをやってる暇はない」
「はい。進軍スピードも飛躍的に上がっている。勝負に出てきているのでしょう。数的に【君主】がいる方がメイン。中央を叩けば北と南に挟撃される。北か南を潰してから、【君主】率いる本隊を叩くか、三点を同時に攻めるかのどちらかになるでしょうね」
「全軍をもって北を叩いたとして、そこで戦闘が行われている間に南が街や田畑を襲って食糧を確保したとなれば、本隊が力をつける」
「その通りです。もう遅れをとるわけにはいかない。状況は
「あぁ、わかった」
「ゴブリンがこちらの兵士を食糧にして力をつけるまえに一気に叩いて終わらせましょう」
いま、俺たちが保有する戦力も、大きく分けると三つ。
ミクリル遊撃隊、ゲノム・オブ・ルゥ、不干渉地帯組。
「量は完璧とは言えませんが神経毒はある程度のストックを確保、【エア・シップ】を改造した砦も運用可能です。リズさんの狙撃、マグちゃんの奇襲で【君主】をやれる可能性がある我々ゲノム・オブ・ルゥが中央を攻めましょう」
中央はゴブリンの数も多く、リスクは最も高いがミクリル王子、ガイマンに任せるには荷が重そうだ。俺がやるしかない。
「いや、ファウスト、中央は我々が担当しよう。デルア兵のとの連携も取りやすい」
「兵を食糧にされるのが一番厄介です。我々は神経毒を完璧に使いこなせるし、危なくなれば空に避難できる。ここは任せてください」
「しかし……」
「ミクリル遊撃隊は数をかけて北を抑えてください。実力者で【闘神】を囲み、討ちとれそうなら討ちとる方向で行きましょう、危なかったら敵に肉を提供するまえにルドさんの通路で速やかに撤退を」
「わかった」
南は……。
「ガイマン……」
「わかってるよ、父さん」
「無理はするな。可能な限り抑えて、ダメそうならすぐに俺たちがいる中央に撤退だ」
「わかった」
「お前を失えば不干渉地帯の生物は導き手を失う。深追いはするな、強欲になるな。戦うフリをして時間をかければいい。俺が中央を抑えれば奴らは分断される。それまで頑張れ」
「うん」
だが、それだけでは不安だ。南にはユキをやった強個体の一つ【武神】がいる。
「ヨキさん」
「なんだ」
「エステルさんを保護する時に使用した技がありましたね?」
「あぁ」
「あれでガイマンをフォローしてもらってもいいですか? それに中央は神経毒を散布する。ヨキさんの体は防護服とのシナジーが悪い」
「あぁ」
俺はヨキの手をつかんだ。
「ガイマンは僕の大切な息子なんです。どうか、どうかよろしくお願いします」
「ふっ」
「なにがおかしいんですか?」
「お前は変わらんな」
「そうですか? これでも成長していると思うのですが」
「いや、お前は変わらん」
それなりに成長していると思うんだけどなぁ。
「それでは皆さん、すぐに支度をはじめます。ルドさん、必要な場所にゲートをつないでください」
「うむ」
この戦い、被害がゼロということはないだろう。
こちら側の戦力が削られる可能性もある。それもこれも、俺の采配の甘さゆえ。
リカバリーしてみせる。大切な仲間を殺させない。
北のキーマンになるのはアレン君だろう。俺が知る限りアレン君はかなり強い部類に入る。本当はベルちゃんもいればよかったのだけど、ここまで見つからないのだから、すでに命を落としているか、すでに遠くに逃げているのかもしれない。
南にはヨキがいる。エステル救出の時に会得した技があれば、時間稼ぎは出来るかな。
高火力のガイマンとの相性も良い。ヨキとの連携を考えればゴマも南に派遣した方がよさそうだ。頼むから、誰一人欠けることなく無事に帰ってきてくれ。
そして中央は……。
絶対に失敗は出来ない。俺がヘマをしたら、北にも南にも多大な負担がかかる。
成功させる。絶対にだ。
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