第186話 星
料理が得意なネズミっ子たちには食品加工を任せた。地熱発電によって獲得したエネルギーを利用して増える食べ物を開発する。
その食べ物は、泥や腐葉土、赤土のなかから有機物を、そして魔力と空気、綺麗な水を利用して卵のような核を造る。そしてこの核を地面に埋めると周囲の水分と栄養を吸収し、代謝しながら体積を増す。
「どういう配分で何を混ぜ合わせたらどういう物が生まれるのかを観察して欲しい。その食品が毒をもっているかどうかはテスターを使って調べてくれ。テスターの使い方はわかりやすく恋愛マンガ風にしているから、各自、確認しておいてね」
いままでに俺が創造した食品は、ゴマが子供の頃に食べさせていた人工ミルクや、マンデイの要望で造った発酵系調味料だけだ。
だが今回、創造するのは土から造るオリジナルの植物。難易度はいままでの物とは比べ物にならないだろう。面倒な作業になるだろうが時間をかける価値はあると思う。
砦を使った戦闘がどんな風に展開していくのかがまったく予測がつかない。長期戦になるかもしれないし、短期で終わるかもだ。
長期戦であれば砦の内部で造れる食べ物の存在は、兵士のメンタルを安定させる要因になるだろうし、食物不足により勃発する様々なトラブルの抑止にもなる。
基本的にこの手の創造物にはマンデイの知恵は効果は薄い。前例がないからだ。
ではどうするか。残念ながらひたすら数を重ねるしかない。
エンドレスな地味作業を繰り返すしかない。創造する、試す、評価する、創造する、試す、評価する、創造する、と続いていく。
「非常に面倒な作業になるだろうから、時々息抜きをしてね。あと、ちょっと作業して、どうしても嫌だったり辛かったりしたら遠慮なく教えて欲しい。絶対に怒ったりしないから。嫌なことを我慢してやり続けるのはよくない。わかった?」
「「「はーい」」」
「その作業と並行して人工ミルクと、ミルクを利用した乾酪の創造にも着手して欲しい。完成した作品は、味はもちろん、栄養素、食べやすさ、この三つの点から評価してくれ。各種五点ずつで十点以上を目指す」
「「「はーい」」」
二十人くらいならネズミっ子たちのわらわら感が少し軽減される。ネズミっ子のわらわら感って、妙なプレッシャーがあるから、これくらいの規模の方が楽だ。
で、残りのネズミっ子たちとゲノム・オブ・ルゥは引っ越し作業を開始したのだが、一つ気づいたことがある。
「ゴマはよく働きますね」
元々体が強いのもあるだろうが、まるで大型トラックのようにテキパキと荷物を運んでいるではないか。しかもヨキの顔色をうかがいながら、的確に、ちゃんと働いている。
「草原にも人と共存する生き物がいた。それらの生き物への教育は、草原の民の義務だった」
義務か……。
俺の視界の端には面倒臭そうに欠伸をして、体を伸ばす女王様、ハクがいる。
どこかで道を誤ったに違いない。一体どこで……。
一度、ちゃんと教育をするべきではあるまいか。しかし犬の教育はどうするべきなのだろう。まったくわからない。
「それにゴマは努力を苦にしないタイプなのだ。多くを語らないでも俺の表情から意図を汲み取るし、自分がなにをすべきなのかを常に考えている」
「なるほど」
犬にも性格がある。ハクの性格に合った教育をしなくてはならいのだろう。個体によって対応を変えるのは猫も一緒だ。きっと出来る。
「そういえばゴマはもう通信機を使えるようになったぞ」
「へ?」
「簡単な単語程度ならな」
なんてこった。
俺とヨキたちが別れたどれくらい経つだろうか。
結構なるよな。短くはない。だがその間に通信機を使いこなせるようになるとは。
ゴマは通信機を使えるようになっているというのに、うちの女王様は食っちゃ寝、食っちゃ寝しているから一向に通信機が上達していない。元々、ゴマの方が体が強かったんだけど、ゴマは犬車を引いたり、走り回ったりしているから、しばらく見ないうちに一回りたくましくなっているようだ。それに比べるとずっとだらだらゴロゴロしていたハク女王様は、なんとだらしのない肉体だろうか。
俺がハクをチラチラ見ていると、「なに見てんだテメェ、金とんぞ、あぁん?」みたいな顔をしてきた。
いままで甘やかしすぎたのかもしれない。ヨキの言う通り、犬の教育は飼い主の義務だ。ちょっと厳しくいこう。
「ねぇハク、ヨキさんちのゴマはもう通信機を使えるそうですよ? すごいなぁ、努力家だなぁ」
「だからなんだよ、まったくこの※※野郎が」みたいな感じで溜息をつかれてしまった。
ぐ、心が折れそうだ。
「ハク、負けちゃってるじゃん。いいの? ゴマちゃんに負けて。いいの? ねぇいいの?」
プイッとそっぽを向かれてしまった。
他者と比較されるのが嫌なのはわかる。だがハクにはもう少しだけ頑張って欲しいのだが……。
引越しに話を戻す。
丸二日間かけて荷物の移動を完遂させた俺たちは、そのまま地熱発電でためまくった魔力タンクを【エア・シップ】へ移動させた。
タンクは、俺がいない間にずっと地熱を魔力に変換させ続け、充電がフルになったために自動停止した状態だった。魔力タンクがフルになるとどれくらいのエネルギーかというと、すっごいエネルギーだ。タンクに備蓄したエネルギーを【創造する力】に変えて【エア・シップ】を完全武装する予定である。
目標は不干渉地帯の内部にある【農園】か、それ以上の耐久力。
「マンデイ」
「なに」
「おおまかな作戦を考えたんだけど聞いてもらっていい?」
「うん」
本当はマンガの主人公みたいに、戦場でキラキラと輝いていたい。ずっとフューリーみたいなスタイルに憧れていた。だが残念なことに、人間には適性というものが存在しているのだ。
勇者になれる奴は勇者になるべくして生まれてくるし、卑怯なことしか出来ない奴は、そういう星のもとに生まれてきている。
「本当は正々堂々と戦いたいんだ。【皇帝】を騙し討ちにした時に感じた胸の疼きが、本当の俺の気持ちなんだと思う。心に嘘はつけない。俺はヒーローでいたいし、勇者でありたいんだ」
「うん」
「でも同時に自分の弱さを誰よりも知っている。たまたま選ばれただけの俺にはヒーローの素質なんてない。いつも失うことにビクビクしていて、仲間のこととか自分の身の安全ばかりを考えている」
「うん」
「俺はダメな奴だ。絶対に勇者になんてなれない。俺は弱いから、だから失いたくないんだ。なにも」
「うん」
「ごめんな、カッコ悪い男で」
「いい。自分の理想のために誰かを危険にさらす方が惨めだから」
「……」
マンデイはやっぱりいい子だなぁ。どこぞやの女王様にマンデイの爪の垢を煎じて飲ませたい。
にしても俺はダメな奴だ。ちゃんと戦おうと意気込んでいても、出てくる策はいつも奇襲や毒殺。
心底嫌になる。
準備すべき物や、創造すべき物についてマンデイと相談して、今回の作戦が不可能ではないという確信を得た。
しかし、一つの問題が。この作戦は土壌汚染などの危険性が大変高いため、俺たちの独断では実行できない。
と、いうことで権力者に相談をしてみることに。
「つまり、大規模に毒を散布して、敵の動きを封じるんだな?」
「封じる……、そうですね。それに近いかもしれません。今回散布するのは神経毒。まともに吸い込めば呼吸抑制を引き起こして命を落とし、わずかに吸入しただけでも運動機能に障害が起こるので、後はとどめを刺すだけの簡単なお仕事になりますね」
「なるほど……」
これは封じるなんて生易しいものじゃない。完全に殺し切るんだ。まえの世界なら確実に一発アウトの非人道的兵器。使用した瞬間にあらゆる国から非難され、制裁を受けるレベルの代物だ。
「問題は土地の汚染です。最初の散布で気化しきれなかった毒が、後になって気化して住民を傷つけるなんて可能性があるかもしれない。毒の洗浄は一週間からひと月かけて完璧にしてしまわないと危ない。もちろんゲノム・オブ・ルゥも洗浄の手伝いをしますが、僕もそれなりに立場のある人間なので、そう長居も出来ません。最終的な洗浄と、土地の汚染状況の評価はデルア兵にお願いしたいのです」
「いくつか質問があるのだが構わないか?」
「えぇもちろん」
ミクリル王子が憂慮していたのは、使用する予定の神経毒によって子供や妊婦に悪い影響を及ぼさないか、土地が汚染されることによって作物の安全性が低下しはしないか、また清浄作業中のデルア兵が毒によって命を落とすことはないのか、だった。
ミクリル王子は優秀な男だ。ちゃんと国民のことを考えて守ろうとしている。
「子供や妊婦が吸入したら即死します。だから毒を散布したエリアは土地が完璧に浄化されたことを確認するまでは立ち入り禁止とした方がいいでしょう。作物の汚染についてもおなじです。気の毒ですが、今シーズンの収穫は諦めた方がいいでしょう。最後のデルア兵が毒で汚染しないかということについては、防護服や毒性を測定するテスターを創造したうえで、教育していきます。毒は管理方法を誤ると大変な被害を受けますが、正しく付き合えば命を落とすことはない」
「そうか、理解した」
「【天体衝突】で更地にするよりは毒の方が復興までの時間と費用を節約できるかと」
「わかった」
「それとミクリル王子、光と影についての話は憶えていますか?」
「あぁ、もちろんだ」
「今回の作戦で被った被害や、住民たちの不満はすべて僕の責任にしなさい。狂鳥がミクリル王子の許可も得ずに勝手に毒を散布したと。そしてデルア兵は毒の危険もかえりみずに土地の浄化に腐心した、このように喧伝するのです」
眉をひそめるミクリル王子。
「なぜだ」
「今後、世界情勢がどうなるかわかりません。国民からの支持は高いに越したことはないでしょう。メロイアン市民には嫌われないように注意しているつもりですが、残念ながら僕はデルア国民から嫌われている。これを利用しない手はないでしょう」
「お前はそれでいいのか?」
もちろん嫌われるのが好きなわけではない。出来ることなら愛されていたいさ。でも大丈夫。
「僕には
マンデイがいる。マグちゃんも、ハクも。ヨキとリズが帰ってきた。メロイアンには家族もいる。可愛い可愛いフタマタやガイマンも忘れちゃいけない。
「そうか」
失ったものや足りない部分について考えて時間を徒にするのは止めにしなくては。
いまは仕事があるから。
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