第175話 自滅 ノ 勇者
慣れないことはするもんじゃない。
そんなことは理解している。だが今回はしょうがなかった。敵のゴブリンの量は大地を覆うほどで、自然界ではありえない強化のされ方をした奴もいる。なんとかして敵の数を減らさなければならなかったのだ。
だから、しょうがなく【コメットスーツ】を使った。殲滅用に開発された、【コメットスーツ】のコンセプトは、今回のためにあると言っても過言ではない。
飛行能力に不安がある、経験もない、性能自体にリスクをはらんでいる。だが、しょうがなかった。
【天体衝突】を発動した後、すぐに回避行動に移ったのだが、予想外の事態に直面する。
予想外の事態、その一。
【天体衝突】が強力すぎた。
想像以上に範囲が広く、
ゴブリンの群れの中心に投下したつもりだったのだが、実際は群れのかなり前方に落ちてしまったのだ。俺の回避行動は、群れの中心に【天体衝突】がドロップされた場合を前提としていたため、時間的、距離的な余裕がなくなってしまう。
焦燥。
あの魔法に巻き込まれたらどうなるか、それを一番よく知っているのは俺だ。どうにかして逃避しなくてはと焦る。
予想外の事態、その二。
緻密な魔力のコントロールを要求される【コメットスーツ】の使い勝手が悪すぎた。
飛びにくい、小回りが効かないというのは、作戦を決行する以前から理解していたのだが、一瞬の焦りからくる精神の動揺により、わずかにバランスを崩してしまう。
空中でのバランスの乱れ。
普段のフライング・スーツなら簡単にリカバリー出来るレベルのトラブル。それが使い勝手の悪い、使い慣れていないスーツだと致命的になる。
なんとかまっすぐ飛べるようになった時にはすでに、【天体衝突】は俺のすぐ背後まで迫っていた。巻き込まれるわけにはいかないと高度を上げてみたが、逃げ切れなかった。
いやぁ、自分が創造した最高火力を、自分自身の身で受けることになるとは
【天体衝突】がどれほど強力かと言うと、接触した瞬間に呼吸が出来なくなり、意識が飛んだ。【コメットスーツ】のケアでなんとか呼吸と意識をとりもどしたのだが、すぐになにかが右の肩に当った。おそらくゴブリンの体の一部だろう。
速さは強さだ。人の意識を簡単に奪ってしまうほどの力をもった【天体衝突】に吹き飛ばされたゴブリンの体の一部は、俺の肩から先を吹き飛ばしてしまった。
痛みより先に衝撃が来た。なにが起こっているのかがわからない。本来あるべき自分の体がなくってしまう恐怖。
このまま意識を失ったら、確実に死ぬ。血を止めないと。
憶えているのは創造する力で止血をした後、パラシュートを開いたところまでだ。魔力の欠乏、血液の不足、気力の低下。
まったく人生とはうまくいかないものだ。
卓上の計算が役に立つのは、ほんの一部の事例。計算よりはむしろ、実践から学ぶことの方が多い。【コメットスーツ】のようなものは火力が高すぎてテストが出来ないから、こういう困ったことになる。
「ファウスト」
「なんとか生きていたか」
「なんとか」
死にかけるのは何度目だろうか。
生まれた時の改造で一回、ケリュネイア・ムースの時が一回、で、コレが三度目。
勇者という立場上、危険と隣り合わせなのは承知している。だがケリュネイア・ムースの一件以外はほぼ自滅というのはどういったことだろうか。改造は自滅みたいなもんだし、今回は純然たる自滅。
よくないな。とてもよくない。
「肩は……」
「エステルが治した」
「エステル?」
「代表者」
「そっか、ヨキたちと合流したのか」
「うん」
【天体衝突】の後、見事に自滅して意識を失った俺が、パラシュートでふわふわ落ちてきているのをハク、マンデイ、キコが救出し、すぐに治療がはじまった。
しかし肩が
デルア最高戦力による殲滅作戦の偽装だ。
空からは飛竜隊による爆撃、地上では最強の男・竜人アレンと最高の兵士ユキ・シコウが指揮する強襲部隊、希代の魔術師の系譜ルド・マウの広範囲かつ効果力の魔術による制圧。
こうやって挙げてみたらとても負けそうにないのだが、それでも仕留めきれないほどゴブリンの数が多かった。【天体衝突】が群れの中心を外れたせいでロスが生じ、最初の見込みよりも数を削りきれなかったのだ。
肝心なところでへまをするこのスター性のなさは、何度転生しても治らない気がする。
だがしかし、問題ない。デルア戦力は戦っているフリをしてくれればいいのだ。肝心なのは彼らの影で暗躍するゲノム・オブ・ルゥの裏のエース、マグちゃんなのだから。
マグちゃんの種族ラピット・フライというのは、二つの武器を用いて生き残ってきた生物だ。一つは機敏さ、そしてもう一つが毒。
彼らの毒に対する理解はかなり深く、レシピは数千、数万にのぼる。
そのすべてを理解するほど長生きしていないし、記憶力がずば抜けているわけでもないマグちゃんだが、困った時は助け合いだ。
うちには記憶力の鬼がいる。
――
作戦決行のまえ、マンデイが頭のなかの書庫から引っ張り出してくれた情報がこれだ。
【
森の妖精、心優しいラピット・フライであるマクレリアが生前、マグちゃんに教えることを拒んだ毒の一種である。
この毒は、経口摂取および静脈内注射、吸入により体内に吸収され、造血系の臓器に作用。血液が固まらなくなるそうだ。厄介なのは摂取から症状の発現までに時間がかかり、症状が現れてからでは事態の収束不可能な点にある。
これも【天体衝突】とおなじだ。人倫に
もし、【怨念】ががっつり刺さったら、ほぼ確実に対象の生物は絶滅してしまう。マクレリアが嫌う理由がよくわかる。本当はマグちゃんにも使わせたくはなかったのだが、わがままは言ってられない。やらなきゃやられるのだ。
「マグちゃんはうまくやってるだろうか」
「マグノリアは強い。ファウストが思うよりもずっと。それに今回はガイマンもデルアの加勢をしている。万が一にもマグノリアが命を落とすことはない」
「ガイマンが戦場に?」
「父さんを傷つけたゴブリンを許せない、もう家族を傷つけさせない。そう言っていた」
「あのバカ……」
「ガイマンも負けない。生き延びる賢さがある」
ガイマンはとてもいい子なのだが、いい子すぎて親として不安になる時があるな。
ていうか俺を傷つけたのはゴブリンじゃなくて、俺自身の魔法なんだけど……。まぁわざわざ訂正するのも恥ずかしいからこのままにしておこう。
「ファウストの【天体衝突】でゴブリンの群れの六割は削れた。死体に仕込んだマグノリアの毒でまた半数は削れる。ファウストの目論見どおり、ゴブリンが毒を警戒して共食いをしなくなれば、これ以上の戦力増強はなくなるから、最終的に叩く時のリスクは低くなるはず」
「そっか。うまくいきそうでなによりだ」
マグちゃんの毒の仕込まで終わったら、もう俺たちの仕事はなくなる。デルアでの仕事はもう終わりだ。
あとはオストとヴェストの双子ちゃんを治療して、クラヴァンの体も治さないといけないな。治療期間を無駄にするのも嫌だからキャロルの強化もしておきたいところではある。あの子はきっと強くなるから。
可能な限り戦後処理もしていこうかな。創造する力が活躍する場面があるだろう。不干渉地帯にある放置した地熱発電機によって生み出された魔力も使っとかないともったいない。
「それとファウスト、ヨキとリズが会いたがってる」
「あっ、そっか。入れてくれ」
「わかった」
久しぶりだな、ヨキ。元気にしていただろうか。
にしてもすごいな、エステルの治癒魔法は。まったく怠くもないし、可動も問題ない。肩のケガはがっつり
「ファウスト……」
「お久しぶりです、ヨキさん」
まったく変わってないな。当然か。ヨキの体は、ヨキのイメージで構成されている。老化なんてのは無関係だ。
後ろからひょこっと顔をだしたのは……。
「リズさんもお久しぶりです」
「ファウストさんっ! ご無事ですか!?」
リズベットは顔が少し変わった気がする。なんていうかその……。深みが出たっていうのか、大人っぽくなったっていうか。なんて表現すればいいんだろう。
「えぇ、無事です。エステルさんから治療してもらったようですね。どうもありがとう」
残念悪魔の隣にとびきり美しい天使がいた。おそらくコイツがエステルだろう。だがしかし
「別にアンタのためにしたんじゃないわ。お姉さまからお願いされたからしたまでよ。代表者の治癒は面倒だわ。疲れた」
そうか、代表者の治癒にはコストが……、ん? お、お姉さま!?
なんだ、なにが起こってるんだ。
『ヨキさん、これはどういうことでしょうか』
通信で尋ねてみる。
『知らん、俺に訊くな』
との返事。
そのままリズベットの方へ視線をスライドさせる。すると。
『エステルさんが混乱されていたので
『それだけ?』
『下等な種が私に触れるなと言われたので、愛に下等も上等もないと言い、さらに強く抱きました。エステルさんはいままで誰かに抱かれたことがなかったらしく、私の抱擁がかなり衝撃的だったみたいなんです』
『なるほど、で、
『惚れたとかじゃないと思うんです。私たちって女性同士だし、種族も違うし……』
『真実の愛には性別も種族も関係ないですよ、リズさん。リズさんが望むのなら、僕がいま拠点にしているメロイアンという街に来るといい。あの街ならなんの差別もなく生活できるはずです』
『は、はぁ』
やっぱこの悪魔は変わんないな。
見た目が若干、成長したように見えたが、本質は変わらない。
まったく予測がつかん。
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