第176話 腐ッタ 国

 自滅というハプニングはあったものの、【天体衝突】はまぁ成功。ゴブリンの数は減り、後はマグちゃんがゴブリンと散乱している死体に毒を仕込むだけ。


 さすがにゴブリン共も症状が出たら共食いを止めるだろう。そして、共食い出来なくなったら、同種合成も終わる。あとは【兵器】で弱らせたゴブリン共の残党処理をすればいい。イージーだ。


 「それにしても、すごい魔法でしたね。周囲が焦土と化してしまいました」


 と、リズベット。


 マズい。


 ゲノム・オブ・ルゥの倫理委員会が動き出してしまった。リズに見られるとは思ってなかったから気にもしていなかったが、これは間違いなく倫理員会がクレームを入れてくる案件だ。


 「申し訳ありません。あぁする以外に方法が浮かばなかったから、しょうがなくあの魔法を使いました。やりすぎだとは思いましたが、【天体衝突】でなかったらゴブリンの数を減らせなかった」

 「わかります。私たちもゴブリンの群れと接触しましたから。あれはファウストさんの魔法でなければ対処できなかったでしょう」

 「へ?」


 なんだ? そう何年も離れていたわけではないのに、どうしてこうも変わっているのだろうか。


 「ファウストさん、何を考えているのですか? ゴブリンだって生き物です。あんな魔法を使ったら誰も生き残らないじゃないですか! 可哀想です」


 俺の知ってるリズベットなら、こういうリアクションをしてくるはずだ。離れているあいだに一体なにがあったというのだろう。


 「ヨキさん?」

 「なんだ」

 「リズさんの人格が変化しているように思うのですが、なにか心当たりはありますか?」

 「知らん。こいつもこいつなりに成長しているのだろう」


 成長、か。


 あの残念悪魔、リズベットが成長する日が来るとは……。


 「なんの話ですか?」

 「いや、リズさんが以前より強くなったような気がして驚いたんです」

 「強くなった? 私はなにも変わりませんけど……」

 「そうですか? 久しぶりに会った時、表情も違うように見えたのですが」

 「そう、ですか。……、もしかすると戦う覚悟が出来たからかもしれません」

 「覚悟?」


 俺の質問にクスリと笑うリズベット。


 久しぶりに会うと、この悪魔の美しさには背筋が寒くなる。性格の残念さ、それに相反する見た目の美しさ。それがリズベットだった。久しぶりすぎて忘れていたな。


 「私の生まれ故郷はすでになくなっていました。住民もゴブリンのお腹のなかに収まっているでしょう。誰かがやらなきゃいけない。誰かが戦わなくてはいけなかった。私みたいに誰かを傷つけることに、そして自分自身が傷つくことから逃げてばかりいては、なんにも変わらない。私が間違っていました。欲しいものがあるならば、戦わなければならないのです。あなたのように」

 「僕は逃げてばかりいるから、あんまり参考にならないと思うけど……」

 「いいえ、ファウストさんは戦うべき場所からは絶対に逃げませんでした。私はずっと目標とすべき人物と一緒にいたのに、そんな恵まれた環境にいたのに、なんの感謝もせずに逃げてしまった。あの時は無責任なことをして、本当にすみませんでした」

 「いえ、リズさんも精神的に辛い時期だったし、しょうがないです。それより約束を守ってくれたことが嬉しい」

 「約束?」

 「元気に再会するってやつです。いまのリズさんは心も体も元気そうに見える」

 「えぇ」


 久しぶりの再会にいいムードになってると、どん、と足を踏まれた。


 犯人はエステルだ。なにかの間違いかとも思ったが、どうやら違うようだ。思いっきりにらまれている。故意に踏んだのだろう。


 「あら失礼、足が滑ってしまって。それよりお姉さま、ワタクシお腹が空きましたわ。なにか食べに行きませんか?」


 エステル。


 いったいなんなんだ、この女は。


 リズベット、エステルの天使と悪魔、美女コンビは腕を組み、仲良さげにどこかに行ってしまった。さっぱりわからん。なぜ俺は足を踏まれたのだろうか。


 「あの女は精神底に不安定だ」


 と、ヨキ。


 「なぜそう思うのです?」

 「短い期間だったが共に旅をしていた。あの女の心の闇には何度か触れてきたからな」

 「詳しく聞いても?」

 「あぁ」


 代表者の境遇や地位は一律ではない。生まれた場所や種族によって、まったく異なった道を歩むことになるのだ。


 獣のフューリーのように、勇者が生まれてくることが予知されて、それはそれは大切にまっすぐ育てられた個体がいる。


 水のワシルのように、生まれてくることは知られていなくても、前世の記憶があることや、実力が認められ、ある程度の地位を築いた個体もいる。


 そして俺のように、先代の代表者が残していったものに翻弄されて苦労した個体もいる。


 代表者の形は千差万別といっていいだろう。


 さて、それでは明暗の代表者である天使エステルがどういう道を辿っていたのかというと、それはそれは壮絶なものだった。


 まず我々、選ばれた勇者が直面する分岐点がある。


 生まれてきた個体が特別な能力をもつ勇者であると周囲が理解しているかどうかだ。


 フューリーなんかは生まれるまえから亀仙の予知能力のおかげで、勇者であることが判明していた。その結果、手厚い教育を受けて育ち、とても仲間思いでストレートな主人公気質の性格になった。


 育成の成功例である。


 後に勇者だと世間が認知したケースは、俺や水のワシル。俺は命を狙われ、ワシルは先代の代表者とうまくやってるという違いはあるものの、生まれた時はいたって普通の扱いだった。


 ではエステルはというと、俺、フューリー、ワシルの生い立ちの悪い部分を集めて混ぜたような感じに仕上がっている。


 どういうことかを、順を追って説明しよう。


 まずエステルが選ばれた勇者であるということは、彼女が生まれるまえから一部の天使のあいだでは有名な話になっていた。


 というのも、明暗には時折、特殊な能力をもつ個体が出現するのだ。それは簡単な予知能力であったり、洗脳の力であったり、異常なまでにレベルの高い強化術だったりと形は様々だが、そういう特殊個体は【セカンド】が出現する時期以外でも確認されている。つまり明暗の生き物は、変異しやすいという特徴をもっているのだ。


 不幸なことに、エステルが生まれた時期、そんな特殊個体のうちの一つ、真実を見抜く才を有した個体がいたのだ。それもエステルの両親のすぐそばに。


 そして、はじまったのは明暗の十八番である足の引っ張り合い、権力闘争だ。


 エステルが大人になるまえに洗脳して、意のままに操ることが出来れば、想像すら出来ないほどの権力を手に入れることになるだろう。先代の代表者、ワトなど相手にならぬほどに。


 表立って大きな事件があったわけではない。すべてが裏の話だ。


 誰かが殺された。闇討ちにあった。身元不明の遺体が見つかった。


 住民たちは、ただ口に出さないだけで、知っていた。今度生まれてくる代表者のせいで、次々に命が奪われていっていると。


 ワト派の重鎮が行方不明、悪魔の貴族が惨殺されて屋敷が燃やされた、最近たちあがった新興宗教がメキメキと力をつけていっている。


 この時期の明暗は、闇に蠢く者たちの呻吟しんぎんと嬌声、なにも知らぬ若者たちの活気によって、天使も悪魔もそれ以外の種族も、妙な高揚感に包まれていた。


 そんななか、彼女は生まれてしまった。


 エステルが生まれた数日後、彼女の父親が息を引きとる。


 酔って近所の川に入ったことによる溺死だった。感のいい方ならすでにお気づきだろうが、一応、補足しておく。エステルの父は本来、酒を飲む習慣もなければ、もちろん、夜中に川で泳ぐ趣味があったわけでもない。


 一家の大黒柱の脱落から数週間が経過したある日、今度はエステルの母親が命を落とす。死因は不明。どこにでもいる健康な天使は、普段とおなじ物を食し、普段とおなじように眠ったのだ。だが普段とおなじように朝を迎えることはなかった。


 エステルは情熱的な有志の手により、手厚く教育され、偏った育て方をされてしまう。


 すべての種が平等に手をとりあい、協力して社会を築いていこうと考えるワト派の在り方に反発する強烈な天使至上主義、弱い者のことはまったく考えない冷たさ、彼らの理想通りの性格になってしまったのだ。


 「やはり僕は、明暗は好きになれない」

 「草原も即物的な考え方をする者が集まっていたが、天使共よりは血が通っていた」


 明暗、特に天使が絡んでくると胸糞な展開になることが多い気がする。


 自分たちがよければ後はどうでもいい。そんな感じの考えをもつ個体が多すぎる。世界のためにとか、誰かのためにみたいな意識が低い。


 リズを虐待した時だってそうだ。アイツは悪魔だからという思考停止、それが短絡的で残虐な暴力へと結びついた。その下等な種族と見下す悪魔が、たった一人で戦争を止めようとしていたことなど、知りもしないで。


 今回のゴブリンのことだってそうだ。力を得るためにゴブリンを強化して、その後のことなんてなにも考えちゃいない。コントロール出来ない武器を振りかざすワト軍は、とても稚拙で愚かに見える。


 生まれてくることを予知されたうえ、彼女の身の回りにいた大人は、己の利益しか考えない浅はかな奴ら。


 「腐りきった明暗の一番の被害者は、エステルなのかもしれませんね」

 「あぁ。あの女の行いのすべてを肯定するつもりはない、だが同情する余地はある」

 「確かにそうかもしれません」


 リズの件もあったから、会った時は一発殴ってやろうと思っていたが、こうやって事情を聞いてみるとエステルもエステルなりの苦しみがあろ。それを乗り越えるために、いまのスタイルを確立したのだ。


 あるいは囁く悪魔や、現在、俺と敵対している奴らも、なんらかの事情があるのかもしれない。


 これからは、どんな場合でも一方的に殴るのは止めて、ちゃんと状況を把握してから行動を起こすべきかもな。


 と考えていた、その時、部屋にユキが入ってきた。


 「ファウスト、ちょっといいか」

 「あぁ、ユキさん。どうしました?」

 「お前の指示通り、毒の仕込みが終わった」

 「そうですか、それはよかった」

 「この子、マグノリアといったか」


 スッと差し出したユキの掌の上には、意識を失い、ぐったりとなったマグちゃんが。


 「マグちゃん……」

 「たいした根性だ」

 「お疲れ様」


 俺とマグちゃんの仕事は終わった。


 後は【兵器】を散布すればいい。


 すべてが順調だったわけではないが、誰も死ななかったし、やりたいことはやれた。俺にしてはまぁよくやった方かな。

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