第174話 極 ノ 道

  《ランダー・ファミリー》


       坊や


    〜 食肉倉庫 〜



 カツ、カツ、カツ。


 革靴が地面をうつ、軽快な音が聞こえてきた。足音は六つほど。


 護衛にしちゃ多いようだ。


 「ご苦労だったな、ジェレミー」

 「構わねぇよ、兄弟。で、なにがあった?」


 ジェレミーの後ろに控えているのはファミリーの構成員だ。古株が一人、後はジェレミーが最近スカウトした若い衆。血気盛んな顔をしてやがる。


 「メロイアン・コネクションのサカがな、ついに裏切り者の炙り出しに成功したんだ」

 「ほう、そりゃまた」

 「悲しいことだがなぁ、うちのファミリーにも入り込んでやがったよ。ネズミがな」

 「……」

 「どうした、兄弟。めでてぇニュースじゃねぇか。どうしてそんな暗い顔をしてんだ?」

 「いや、あの性悪女の情報を信じんのか、兄弟?」


 俺がポケットからタバコをとりだして咥えると、すかさずジェレミーが火を差し出してきた。


 この男の賢さや生きるために必要な能力の高さは、タバコの火を差す出す速さや配慮の行き届いた動きからもわかる。


 相手が下の者でも上の者でも関係ない、他人の欲しがるものを一早く察するのだ。ファミリーの皆がこの男を信頼し、愛す。最高のナンバー2、ジェレミー・ランダー。


 「いまやメロイアン・コネクションも仁友会も狂鳥の翼の下に集った同志さ、兄弟。あの冷血女も味方になったら頼もしいもんだ」

 「信じすぎるのは危険だぞ」

 「随分と慎重じゃねぇかジェレミー。まるで俺が奴らと連携するのを怖れてるように聞こえるぜ?」

 「怖れる? 俺らはランダー・ファミリーだぜ?」

 「ふふふ、違いねぇ。俺らはなにも怖れねぇ」

 「あぁ」


 ドンっ!


 閃光が走り、ジェレミー・ランダーの後ろに控えていた若い組員の膝から、血の花が散る。


 「うぅ、イテェ……!」


 痛みにうずくまる、若者。残りの護衛が懐に手をいれ、半歩前に身を乗りだした。


 突然の事態にも関わらず、ジェレミーは冷静さを失わない。サッと手を挙げて護衛の動きを制すると、いかにも落ち着き払った調子で訊いてきた。


 「どういうつもりだ? 兄弟」

 「そいつがよぅ、俺のことを睨みつけてやがったんだよジェレミー」

 「だからって撃つこたぁないだろう。狂鳥の武器は威力が高ぇんだ。膝をやられちゃ、今後、立てなくなるかもしれねぇ」


 立てなくなる、か。


 それも悪くねぇな。


 俺はタバコをくわえると、煙を肺の奥底まで吸い込み、そして倉庫の溝にある血溜まりに投げ捨てた。


 ジュッと火が消える。


 「立つ必要なんてねぇよジェレミー・ランダー」

 「なんだって?」

 「立つ必要なんてねぇっつったんだよ。この俺様をおとしいれようとした奴にはよ、立つ権利も、歩く権利も、生きる権利も、なにもありゃしないんだ」

 「自分がなに言ってのかわかってるか、兄弟。なんの証拠もなくファミリーを――」


 俺はシャッとカーテンを引いた。


 そこにいるのは……。


 「なんてことを……、ウォルター」

 「ジェレミー、お前のお友達からすべて聞かせてもらったぜ?」


 裏切り者にはものを見る権利も、歩く権利も、自分のケツを拭う権利すらねぇんだ。


 俺の部下がネズミ野郎の口に詰めていた布を抜き取る。するとすかさず、ネズミが言う。


 「こ、殺じでぐれぇぇぇえええ」

 「死にたいか?」

 「ウォルター……、ウォルター・ランダー……、どうか慈悲を……、一思いに俺を殺じでぐれぇぇぇえええ……」

 「お前は生きるんだ、ゴミ。そして俺の恐ろしさを世に広め続けろ」


 呆気にとられていたジェレミーの護衛が、ようやく正気を取り戻して動き出す。だが俺の方が速い。


 ド、ド、ドンっ!


 一瞬の閃光のあと、うずくまる若い衆。


 まったく、狂鳥の旦那にはいい物をもらった。指先一つで命が落ちる。こりゃいかにも俺好みだ。


 「なぁジェレミー、俺様の名前を呼んでみな」

 「ウォルター・ランダー……」

 「そうさ。俺様がウォルター・ランダー。純然たるメロイアン市民さ」

 「……」

 「時々こうやって人を傷つけてないとな、お前らは記憶力がねぇから忘れちまうんだ。俺がウォルター・ランダーだってことを」




  《メロイアン・コネクション》


       冷血


     〜 拠点 〜



 「サカ。仁友会、ランダー・ファミリーが共に動き出したぞ」

 「なによりだわ。それよりシェナ、私の背後に立たないでって何度も言ってるわよね?」

 「癖だ」

 「今度から気をつけて」

 「わかった」


 ランダー・ファミリーも仁友会もナンバー2が裏切っていた。


 義理がどうの、面子で生きる、仁義を欠く。詩人も真っ青になるくらいの綺麗事きれいごとを並べて犯罪行為をしていたメロイアンの極道も、ちょっと情勢が不安定になったらこれ。誰も信用なんて出来ない。いつ寝首をかかれるかわかったもんじゃないわ。


 スッとシェナから差し出された葉っぱの先に火をつけて一服する。


 狂鳥は、ファウストは、本当に葉っぱを規制するのかしら。こんなに素晴らしいものを。


 「アンタも一本、どう?」

 「すまない」


 私があげた葉っぱを吸うシェナ。


 「少し、苦いな」

 「そう? 古かったのかしら……。大丈夫?」

 「あぁ、問題ない」

 「ランダー・ファミリーの頭脳ジェレミー・ランダー、仁友会の若頭ハッチ・シューマンが組織を裏切っていた。ジェレミーはウォルター坊やの実弟であり、いままで組織のために粉骨砕身してきた男。仁友会のハッチはバーチェットの人柄にほれ込んで、どんな危険な橋だろうと笑いながら渡る、肝のわった男だった。本当に厄介な男たちだったわ」


 ジェレミー・ランダーがいまから味わうであろう地獄の苦しみを想像したら、ため息が出た。


 ウォルター坊やは裏切り者や、気に食わない相手に対しては容赦がない。ランダー・ファミリーに目をつけられた者は、どんなに根性のある者だろうと大男だろうとおなじ結末に行きつく。恥も外聞も捨て、号泣しながら命乞いをするのだ。


 仁友会のハッチも、ただじゃ済まないはずだ。あそこの会長カリスマ・バーチェットは、拳で語る。親愛の拳、友情の拳、期待の拳。愛のある拳は受けてもいい。だけどあの男の怒りの拳だけは受けたらダメだ。


 親殺し、強姦、子供や老人などの弱い立場の者がらみの犯罪。あの男の怒りのげんを弾いてしまったものは……。


 「奴らはもう終わりだ」

 「間違いないわ。にしてもよかった」

 「なにがだ」

 「仁友会もランダー・ファミリーもナンバー2がおイタをしてたでしょ? で、うちのナンバー2はアンタよね、シェナ」

 「メロイアン・コネクションにはサカ、トップであるお前以外の序列はない。みな同列だ。ナンバー2などない」


 それもそうかもしれない。


 「まぁとりあえずアンタが裏切ってなくてよかったわ。金の流れも販路も、全部アンタの手中にあるんだからね。裏切られたら困るわ」

 「裏切り、そんな心配はない。サカ、お前の怖ろしさを誰よりも知っているのは、この私だからなッ!」



 ドスっ!



 気が付くと私の胸から刃物が……。


 「痛いわ、シェナ。私の胸を刺すなんて」

 「なぜだ!? なぜ平然としていられる!? 確かに急所を……」

 「周到なアンタは、こうなった時のことも考えて、常に秘密裏に動いていた。だから下っ端はなにも知らない」


 胸に刺さった刃物を抜き取り、あまりの出来事に呆然とするシェナの腹に突きたてた。


 「化け……、物」

 「あら、失礼ね、化け物だなんて」

 「どう……、なってる……」


 可愛いシェナ。


 「親愛の種、使えば眼前にいる相手を親友と思い込んでしまい、なんでも吐いちゃう。裏切り者を探し出すのに重宝したわ。他にも苦痛の種、窒息の種、情愛の種、ファウストがプレゼントしてくれたオモチャは遊んでも遊んでも飽きない」

 「……」

 「そしてアンタが吸った葉っぱは、希望の種。吸入した者は自分の望みを頭のなかで再現する。現実と区別がつかないほどリアルに」

 「なん、だと?」

 「どれが現実? どれが偽物? アンタにわかるかしら」

 「サカ……」

 「下っ端にいくら親愛の種を使ってもアンタの名前は出てこない。奴らはなにも知らないんだから。でもジェレミーやハッチみたいな主要なメンツが詰められたらアンタの裏切りもいずれ白日の下にさらされる。断罪されるわ。困ったわね。どうする? 私を殺してメロイアン・コネクションを乗っ取るのはどう? そしたら少しは延命できるかもね」

 「な、なぜ……。私が裏切ったと……」

 「可愛い可愛いシェナ。私はね……」


 シェナの薄い耳にキスをする。


 「最初から誰のことも信用してないの」




       《仁友会》


        カリスマ


     〜 シューマン邸 〜



 私は血に濡れた拳をハンカチで拭った。


 「よく聞こえなかった、もう一度、言ってもらえるかな」

 「ハ、ハッチ様は、こ、ここにはおられません! ど、どうか御引取をっ」

 「ははははは、なるほど、なるほど。うちの者がハッチの在宅を確認したから、挨拶に来たんだがなぁ」


 ハッチの子と肩を組む。


 「ハッチは私の子だ。そしてお前はハッチの子、そうだろう? 誰に従うべきかはわかるか?」

 「は、はい……」

 「もう一度、訊くぞ? ハッチはどこだ」

 「こ、ここには、おられませんっ!」

 「ははははは、どんなクズだろうと親は裏切らない、それでこそ仁友会だっ!」

 「……」

 「歯ぁ、食い縛れ」

 「はいッ!」


 たいした根性だ。この男は伸びる。


 私の拳が、男のアゴにめり込む。


 いかんな、力み過ぎて、骨までやってしまったようだ。また汚れてしまった拳を拭く。


 「次は誰だ?」

 「もう、いいだろう、親父!」

 「ようやくお目覚めか、ハッチ。遊びにきたぞ」

 「俺の負けだ」


 そうか。俺の負け、か。


 まるでゲームかなにかみたいに言うじゃないか。


 「どうして親を裏切るような真似をした、ハッチ」

 「アンタの席から見える景色を拝んでみたかった」

 「それだけか?」

 「あぁ、それだけだ」


 それだけか……。


 「それだけの理由で私の子供たちを、てめぇの兄弟を殺したのか?」

 「……」

 「拳を握る気概はあるか?」

 「あぁ、腐ってもアンタの子。死ぬまで拳は握れるさ」

 「いい、度胸だ」


 子の過ちは親の過ち。私の教育が悪かったのだ。だから正す。拳で。


 私の愛が足りなかった。情熱が足りなかった。だからハッチは道を逸れた。


 「相変わらず、凄まじい威圧感だな。オヤジ」

 「あぁ」

 「なんてこった。泣いてるのか?」

 「あぁ」

 「最後の最後にアンタを泣かせて。本当に親不孝な男だな、俺は……」

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