第173話 ロマン砲
【コメットスーツ】は空を飛ぶという発想と、当時、最も自信があった発電機の技術をミックスして完成した代物である。技術が向上するたびに、ちょこちょこ調整していたのだけど、その性質上、実証実験が出来なかった。
このスーツは、騒音問題、着陸問題、過剰な威力問題という致命的な
じゃじゃ馬【コメットスーツ】での飛行は本当に面倒で、より繊細な魔力のコントロールを要求される。だが、持ち前の器用さで乗り切れそうな気がしないこともない。現に使っているうちに少しずつ慣れてきた。
小回りの問題は最初から期待しなければいい。この子は真っ直ぐしか飛べない子なんだと思ってしまえば、そうイライラもしない。
期待するから腹が立つ、ってやつだ。
こういう風に、ほぼ初見のものへの対応力は、それなりに自信がある。なんたって俺は、神からのギフトで成長率をいじられた改造人間なんだ。経験値のたまり方が一般人とは違う。
特性を理解してあげれば輝く。
他のスーツは魔力操作のレベルがある一定以上に達すればコントロールできるようになるだろう。だが、【コメットスーツ】だけは無理だ。世界でただ一人、ただ俺だけが使えるスーツである。
ゴブリンの群れが見えてきた。
さすがは直線番長、シンプルな移動速度は他のスーツと比べものにならない。そして魔力消費も。
普段使いのフライングスーツがオモチャに感じるレベルで、魔力が減っていく。空気抵抗を減らすために削った翼のせいで空中での姿勢が安定せず、多くの風がいる。しかも子機が巨大すぎるせいで、飛行指示も単純なものではいけないのだ。
急がないと、枯渇する。
さきほどゴブリン共と接触した時に確認はしていたが、もう一度、人を巻き込むリスクがないかを目視にて確認。
距離が離れすぎているせいで、見えない箇所もあるが、ゴブリンと天使以外に生き物っぽい気配はないようだ。
『なにをするつもりだ』
接触してきたのはゴブリンの
爆音で上空を飛行されたら、そりゃそう思うだろう。なにをするつもりだ、って。
『攻撃です。時間がないのでパパッと最終確認するけど、共存の未来はないんだね?』
『食べ物と共存? 笑わせるな』
『そう言ってもらえると助かります。心置きなく使えるから』
『?』
『それじゃあ、どうもさようなら』
食べる目的でなく生き物を殺す。しかもこの量の命を奪う。
ゴブリンを駆除しないとデルアや、ガイマンの生活する不干渉地帯が傷つけられるのだ。
仕方ないことだと言ってしまえばそれまでだが、思うところがないでもない。
マンデイの言う通りに【ホメオスタシス】を使ってから来るべきだっただろうか。そうすれば悩みも葛藤もなかったかもしれない。心静かに【コメットスーツ】を発動できたはずだ。
いや、ダメだな。
こういう時になにかのせいにするような、卑怯な奴にはなりたくない。自分の生活のためにゴブリンを大量虐殺する。それを認識しながら、自らの意思と責任でやらないと。こういう大切なことを道具に頼るな。
さぁ、やるか。
【コメット】
発動。
必要だからやるんだ。
デ・マウの時だってそうだったじゃないか。やらなきゃやられる。だからやるんだ。
マンデイに安心して生活して欲しい。
マグちゃんが美しいと思える自然を残していきたい。
ハクが気分よく眠れる環境を整えたい。
メロイアンの市民の一人々々が、一つの生物として当然の幸福を希求するための手助けがしたい。
だからやるんだ。
俺が守りたい、俺の大切なもののために。
コメットスーツが起動する。
プス、プス、プス
スーツの内部で、しなやかな針が形成され、俺の皮膚を突き破る。
針は血管を経由して、肺、脳などの重要臓器へと伸びていき、超高高度の空気の密度の薄さによって引き起こされる症状の
初期の【コメットスーツ】にはこういった機能はついていない。もっとシンプルに高高度の厳しい環境、低温や気圧の低さの対策をしていたのだが、スーツでは限界がある。
ということで、いままで蓄積した医療技術の
だが、これがある限り肺や脳に水がたまることも、意識を失うこともない。
最初のフライングスーツで不干渉地帯の主だったムドベベとの高度勝負に勝った。
だがそれでは満足せずに努力を続け、俺はまだ誰も見たことのない遥かな高みへと到達したのだ。
【コメットスーツ】の飛行可能限界高度の世界は、とても静かで美しい。
俺だけが存在できる、俺だけの場所だ。
スーツ内に備蓄している酸素を吸い込む。
この高度は、スーツなしで生活できるレベルを超えている。普通の恰好でいれば、数秒で命を落としてしまうだろう。生物がいていい場所ではないのだ。
俺はさらに上空を見上げる。
もっとうえに行ってみたいものだ。そのうち。
いつまでも酔いしれていたい美しさだが、ここが危険な場所であるという事実、近く魔力の限界が来るということを思い出して、子機を展開。俺の周囲を巨大な子機が浮遊する。
【コメットスーツ】の子機は、内部にある無数の空洞とヒダが、受けた風を無駄なくエネルギーへと変換してくれる仕組みをもっている。つまり落下するだけで莫大なエネルギーを生産し、規格外の魔法を作り出すことが出来る、というわけだ。
以前、マンデイが殺されたと勘違いした俺がシャム・ドゥマルトに落とそうとした魔法。あれよりも遥かに高い高度から、桁外れに性能がいい発電機を使用して魔法を発動するのだ。
威力は
街程度なら簡単に更地に変えることが出来るし、自然の環境もぶっ壊れてしまう。だからテストも出来ないし、普段使う機会なんて滅多にない。よって【コメットスーツ】の生み出す効果やリスクはすべて計算上の話である。
発電用の巨大な子機の深部が充分に暖気され、高速飛行が可能であることを確認してから、子機のうちの一つ、【
俺は手を伸ばし、【
【コメットスーツ】の子機の一つである【案内人】の仕事は、飛行航路を示すことにある。イメージしたのは前世で見た戦闘機のパフォーマンスだ。空に線を引く、あの美しさと連携は圧巻だった。
【案内人】の飛行能力は【コメットスーツ】と同等。だから【案内人】が飛んだルートは【コメットスーツ】で再現できる。
いつも使わないスーツだからこそ、こういう子機を使用することでリスクを減らす。
子機、【案内人】が示してくれたピンク色の道は、雲へと突入している。
後は飛ぶだけだ。
俺がいまからする攻撃は、多くの命を奪う。
うん。
大丈夫。
頭はハッキリしているし、自分の行動の意味はよく理解している。
いまから巻き起こることは、すべて俺の責任下でおこなわれなくてはならない。すべての批難、すべての憎しみを、この胸で受け止めるんだ。
よし、行こう。
【コメットスーツ】モード殲滅。【天体衝突】を起動。
子機が骨まで揺らすような振動をしはじめる。
つぎは、落下。
どこまでも落ちていく。それだけ。
【案内人】は特定の高度に達すると破裂し、ピンク色の粉を周囲にまき散らす。俺はその地点の少しまえまで落下し、子機の内部、俺のスーツによって発電されたすべてのエネルギーを攻撃魔法に変換してドロップすればいい。
難しいのは、いままで取り扱ったこともないような膨大な魔力を暴発させず、ロスなく攻撃魔法に変換する過程だ。
だが俺ならできる。
たいして取り柄のない、コネだけで勇者になった俺が、唯一他人に誇れるのは魔力コントロールだ。これが失敗したら本当に取り柄のない無能勇者に成り下がる。だから意地でも成功させてやるんだ。
マンデイ先生の計算上でも俺はやれる。後は自分の魔法に巻き込まれないような迅速で的確な離脱。それで完成する俺の最高火力。
【コメットスーツ】が作り出す魔法、【天体衝突】。
イメージトレーニングはばっちり。
スーツのジェットを操作し、加速。
人体が耐えうる重力をゆうに超えた重圧が体中にかかる、が、気を失うことはない。殺人的な振動と音に体が包まれる、だが鼓膜も破れない。
これが、ただ落下し、殲滅するために開発された、【コメットスーツ】なのだから。
なんとも言えない不快感、異常な速度によって引き起こされる死の恐怖、体が
こりゃ本当に【ホメオスタシス】が必要だったかもしれない。メンタルコントロールが死ぬほど大変だ。
たぶん【コメットスーツ】の最高速度はマグちゃんのそれを超えている。
前世で車などの乗り物を運転したことのない俺は、速度の単位や概念、音速やら時速何キロ、そういうのがよくわかっていない。
だからあくまでも感覚だけで言わせてもらう。
このスーツ、たぶん前世の戦闘機を凌駕するスピードだ。
それを戦闘機のコックピットのなかではなく、生身の感覚がより感じられるスーツで飛ぶのだ。怖くないはずがない。
だが、負けない。
俺は虫やカエルを食ってでも生き延びたんだ。地獄の改造を耐え切り、強国を敵に回して最強の魔術師とケンカして、ケリュネイア・ムースの攻撃から生還し、スラム街の極道と渡り合った。こんなの屁でもない。
見えてきた。
【案内人】が示す魔法発動のギリギリの高度。
燃費の悪いじゃじゃ馬スーツの飛行に使用したために、魔力はほぼ空。チャンスは一度。
子機に集まった魔力を結合させ、巨大な風魔法に変換する。
これが地面に衝突すれば、ここら一帯の生き物の体は、風圧で潰れる。風圧に耐えたとしても風によって飛ばされた他のゴブリンの体や骨、岩などとの衝突により粉々になるだろう。皆殺しだ。なに一つ残らない。
集中、集中、集中。
決める。迷うな。
子機を結合、膨大な魔力を丁寧に、着実に形にしていく。
俺は代表者だ。この世界を救う生き物なんだ。
問題ない。俺なら出来る。
行くぞ!
【天体衝突】
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