第172話 不便

 マンデイはデルア軍との連携や【兵器】の運用のためにバタバタして、マンデイ以外もみんなそれなりにせわしなく働いているなか、ダラダラしてるのはハクだけ。この女王様は本当にマイペースだ。


 一応、ワイズ君が帰ってくるかもしれないと、ギリギリまで粘ってみたのだが、ダメだった。


 あまりにワト軍を引き寄せすぎると、市街地を巻き込むことになる。建物が壊れると復興が遅れ、生活に不満をもつ生き物が増えてしまう。侵略者に感化されるリスクは極力減らしたいから、大規模に破壊するコメットスーツを運用できるタイミングはシビアだ。


 「マグちゃん、いい?」

 「うン」


 まずはゴブリンとの対話だ。


 今回のゴブリン騒動は、明暗の聖者ワトが一枚噛んでいる。理由はどうあれ、こんな騒ぎを起こしたワトやその一派を許すわけにはいかないが、ゴブリンはただ操られているだけなのかもしれない。


 安全な手段でコミュニケーションをとって、可能なら戦わずに済ませる方法を考えよう。なにか利用価値があるかもしれない。


 だが、もしゴブリン自体が交戦的であれば、迷わずにやる。


 「マグちゃん、わかってるとは思うけど、もし戦闘になった場合、まずやるのは……」

 「指揮者コンダクター


 よし、ちゃんと理解できてるな。


 「でも無理してやらないでいいからね。指揮者コンダクターの位置がわからなかったら、そのまま退くから」

 「わかってル」


 もし【コメットスーツ】の使用のせいで俺が動かなくなったとしても、マグちゃんとマンデイならやってくれる。なんたって俺より賢い自慢の娘たちだ。


 三女の女王様もこれくらいのポテンシャルはあるはずなんだが、いかんせんモチベがない。残念だが反抗期だからな。


 一度、ミクリル王子のところへと飛び。報告に行く。


 「ミクリル王子、いまから行きます」

 「あぁ、充分に気をつけてくれ」

 「デルア国民は傷つけないように最大限の注意を払いますので」

 「もちろん国民のこともだがファウスト、私はお前に言ったのだ、気をつけろ、と」

 「ありがとうございます」


 【コメットスーツ】のはらむ不安要素についてはすでに説明してある。人間の限界を超える速度と重力、魔力のコントロールの難しさ、経験のなさ、挙げればキリがない。


 計算上うまくいく。


 そんなことを言われたからといって、なんの躊躇ちゅうちょもなくこの危険なスーツに袖を通して空を飛ぶのはバカ気てると思う。


 だがもし「うまくいく」と言ってくれたのが勝利の女神ならどうだろうか。


 答えは決まってる。


 「マグちゃん、このスーツは音、振動が凄まじい。普通に飛んでもすげーうるさいんだ。もちろん遮音のためのイヤーパッドは創造するけど、それでも苦しかったら言ってくれ」

 「わかった」


 迷わず飛ぶ。


 【コメットスーツ】は普通に飛行するだけでも、すごい苦労する。


 前世での話だが、なにかのきっかけで急に大金を手に入れた叔父さんがいた。


 基本的に成金なんてのは面倒このうえない人が多く、この叔父さんも例に漏れず、とても自意識と自己主張の激しい人だった。この人に関しては、いい記憶なんて一つもないのだが、学べることもある。


 たいした実力もなく成金になってしまった場合、金に人格が負けて、なんとも空っぽで旨味のない人間に成り下がってしまうこと。そして、スーパーカーの性能は市街地ではもてあますということ。


 成金叔父さんは猛牛のマークで有名なあの車に乗っていた。やたらとうるさいエンジン音、窮屈なシート、止まらない自慢話。あんな車には二度と乗りたくはない。


 じゃじゃ馬、猛牛。


 【コメットスーツ】は成金の叔父さんが乗っていたスーパーカーや、嫌な記憶を想起させる使用感である。


 いままで使いやすくて飛びやすいフライングスーツをメインで愛用していた俺からすると、このスーツの扱いにくさは結構なストレスだ。


 創造する力が最も力を発揮する品物、シンプルな造りの一芸特化。【コメットスーツ】のコンセプトはまさにそれにあたる。


 バトルスーツ【亀】もそうだったが、なにかに特化させて造ると、ビックリするくらいのパフォーマンスをみせる代わりに致命的な欠陥も顕現化してしまうものだ。【亀】は冗談みたいな耐久力がある代わりに機動性が皆無、まったく動けなくなる。そして【コメットスーツ】は。


 『ダメだ。普通に飛べない』

 『戻ル?』

 『あぁ、それがいいだろう』


 普通に飛ぶことすら出来ない。


 このスーツ、爆音であるうえに方向転換できず、おまけに着陸すらままならないという欠陥オブ・ザ・イヤーのような性能である。


 『マグちゃん、離れて。パラシュートを開く』

 『うン』


 攻撃態勢に入ると止まらないんだけど、このスーツを着てゴブリンと対話するなんて不可能だ。うるさすぎるし、投石を避けきれない。


 「どうしたの」


 なんとかパラシュートを使って着陸した俺に声をかけてくるマンデイ。


 「いや、このスーツでもいけると踏んでたんだけど、予想以上に扱いが難しい。普通に飛行することすら出来ないから、もしマグちゃんが指揮者コンダクターを狩る展開になった時にフォロー出来ない」

 「そう」

 「最高速度は全スーツ中最速だし、何度も改良を重ねていた。巨大な子機のフォローもあるからそれなりに飛べると思ってたんだけど、さっぱりだ。このスーツに出来るのは速く飛ぶ、それだけみたい。頑固な直線番長。厄介なスーツを造ってしまった」

 「危険ならやめてもいい」

 「いや、ゴブリンの数を減らすならこれ以上の手段はない。【コメットスーツ】は、ゴブリンの投石の射程の遥か上空で仕事をする。安全だ」

 「ならいい」


 こういうロマン武器は効果や破壊力ばかりに注目して、デメリットは度外視で設計してしまう。これは反省だな。


 「【カラス】で交渉しようかな、いや、【鷹】がいいか。【阿鼻地獄】はもう見せてしまったし、メイジに対処されてしまうから。それに普通に飛ぶだけなら【鷹】の方が性能が高い」

 「うん」


 【鷹】に着替えて再度、空へ。


 勝利の女神がうんぬん言ってドヤ顔で【コメットスーツ】を着て行こうとしていた数分前の自分を殴りたい。なにが、迷わず飛ぶ、だ。笑わせんな。


 『いやー、普通のフライングスーツは飛びやすいなぁ。ストレスフリー』

 『あのスーツはよくなイ』

 『そうだな。一芸特化の癖のあるスーツは不確定要素が多すぎるんだよ。ハマれば強いんだろうけど、使用するのに一々不安が付きまとうからなぁ』

 『そっカ』


 なにも使わないでも強い他の代表者には、こんな苦悩はないんだろうな。脳死特攻してもある程度の戦果は約束されているわけだし。


 いや、卑下するのはもう止めよう。俺には俺にしか出来ないことがあるんだ。


 いくら他の代表者がハイスペックでも、あのゴブリンの群れを短時間で一網打尽に出来るポテンシャルをもっている奴はいないはず。俺はすごい子、俺は出来る子。


 こんな感じでメンタルのコントロールをしながら飛行、ゴブリンの群れの上空に到着した。


 『マグちゃん、俺の肩に止まって望遠レンズで観察してもらっていい? 敵の攻撃は俺が回避するから安心していていい』

 『わかっタ』


 さて、仕事だ。


 俺は拡声器を取りだして、ゴブリンの群れの頭上に声を落とした。出来るだけシリアスな感じ、重厚な声を意識して。


 「俺は狂鳥だ。貴様らは俺の所有物と権利を侵害しようとしている。これ以上デルアを侵攻するのなら裁きの鉄槌を下す。退けば追わぬ。どうする!?」


 こんな感じでどうだろうか。


 なんかキャロルに指摘されてからキャラの迷いに拍車がかかったような気がする。


 狂鳥ならこう言うだろう、こうするだろう、っていうのを考えすぎて雁字搦がんじがらめだ。こういうところだな。こういうところが勇者感のなさなんだ。堂々としていればいいのに、根が小物だからビクビクしちゃう。


 『狂鳥? 知らんな。貴様が何者であるかは関係ない。動く物はみな、我らの食事だ。大人しく投降しろ。苦しめずに殺してやろう』


 おっ、念話か。フューリーたちとおなじやり方でやってみよう。


 『聞こえます?』

 『聞こえる』

 『よかった。念じるだけで意思の疎通が出来るってやっぱり便利ですね。あなたがこういう能力をもっていてくれて助かりました』

 『よく喋るエサだ。我らが怖ろしくないのか?』

 『うん、怖い怖い。で、話は変わるんだけどあなたたちは天使に脅されてこんなことをしているのですか?』

 『いや、我らの意志だ。天使共、エルマーですらゆくゆくは我らの糧となろう』

 『あなた達の意志による侵攻だと判明したので、もう躊躇する必要はありませんね。迎撃します。覚悟を』


 飛行高度を上げて、念話を断ち切る。


 少し話しただけでわかった。


 コイツはダメだ。本当に俺らのことを食べ物としか思っていない。決して相容れない相手。


 『マグちゃん、どうだった? 指揮者コンダクターの位置はわかりそう?』

 『わからなイ。巧妙二隠されていルように、思ウ』

 『わかった、一度撤退しようか。コメットをぶち込んでぐちゃぐちゃにしちゃおう』

 『わかっタ』


 マグちゃんを連れてきたのは指揮者コンダクターをやれれば御の字、ダメで元々みたいな感じだった。居場所がわからないのなら攻撃のしようがない。


 早速シャム・ドゥマルトに戻って、じゃじゃ馬の【コメットスーツ】に着替えていると、マンデイが。


 「ワイズが来た」

 「どうだった?」

 「ヨキとリズだった。いまからワイズが安全なルートでシャム・ドゥマルトに誘導する。天使エステルも保護しているらしい」

 「エステル!? 代表者の?」

 「そう」

 「なんで!?」

 「わからない」


 さすがは予測不能の悪魔だ。相変わらずやってんな。


 「朗報だな。マンデイ、ヨキとリズの対応を頼んでもいいか?」

 「うん」

 「あと、今度シャム・ドゥマルトに帰還した時、俺は意識を失ってる可能性がある。キコのこと、ネズミっ子たち、キャロル、ガイマン、お願いすることは多いが」

 「わかってる」

 「ありがとう」


 本当にいい子に育ったもんだ。助かる。


 さて、やるか。


 再度、直線番長のじゃじゃ馬、【コメットスーツ】を起動する。


 爆音とともに超大型の子機も起動。


 もうマグちゃんはついてこない。俺独りの戦いだ。

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