第171話 差別

 強い光は巨大で濃い影を生む。


 俺の前任者である、女王アシュリーはこのうえなく強い光だった。よって彼女の存在は、よくも悪くも後世に多大な影響を与え続けている。


 小人などのヒト以外のいわゆる亜人といわれる生物は、デルア王国の首都シャム・ドゥマルトにおいて、すべて差別の対象だ。


 小人、獣人、エルフやドワーフ、ネアンデルタール人や、【大きな顎】と呼ばれる人類ももれなく差別され、苦渋をなめている。


 俺の母も獣人だったが、差別らしきものは受けていなかったような気が……。


 それは住んでいた街が首都から遠かったことが原因だろうか。いや、あるいは俺の知らないところで、なにか差別を受けていたのかもしれない。


 では、なぜ彼らが差別を受けることになったか、ということについては、神格化されてしまったアシュリーの存在と、生前の発言が原因だ。


 ――小人? 私が住んでいた世界にそんなのはいなかった。


 おそらくアシュリーというのは、俺が住んでいた時代より一昔前の地球で生活していた人なんだと思う。以前、ミクリル王子の造られた記憶を見た時にも感じたことなのだが、たぶん彼女は前世の時間軸で百年くらいまえのヨーロッパ辺りの人物っぽい。


 だからアシュリーは小人を知らなかった。


 猿人から発達した人類が様々な分岐をして、同時代を生きていたということを。


 というか彼女が生きていた時代には、まだ化石が発掘されていなかったはずだから、知りようがなかったのだ。


 別に特定の生き物をしいたげようとか、そういうつもりはなかったと思う。ただそんな生き物はいなかったと正直に言っただけだ。それが周囲の解釈の仕方で変な感じになった。


 「あのアバズレのせいで私ら小人は行き場を失った」


 アシュリーが政策として亜人を追放したのか、それとも後年、アシュリーの発言を曲解した信者やデ・マウが差別をしたのかは不明だが、彼女の発言のせいでわりを食った生き物はみな一様にアシュリーを恨んでいる。彼らは強い光と、巨大な国によってつくりだされた影だ。


 「僕の暮らす街は小人を差別しませんよ?」

 「どこ?」

 「メロイアン。いずれ少数派の楽園になるでしょう」

 「そうか……。じゃあ……、行こうかな。私、他にあてがないんだ……」


 シャム・ドゥマルトという大都市のど真ん中で遭難していた小人、キャロルは、ゴブリン騒動で避難した一家の家政婦をしていたのだが、あまりの待遇の悪さに日頃から不満をもっていた。で、混乱に乗じて逃げたのだが、金もなければあてもなく、おまけに亜人ときてる。


 あまりの空腹に耐えきれず店に並んだ食べ物に手を伸ばした。後は子供でも想像できるお安い展開だ。


 「ねぇ、なんでアンタは私みたいなのを助けてくれるの?」

 「キャロルさんは僕が求めている人材だから」

 「求めている?」

 「えぇ、僕が欲しい人材は二つ。一つは元々強い世界に選ばれた生き物、そしてもう一つがキャロルさんみたいにどんなに苦しんでも不幸でも、必死で、ひたむきに生き伸びようとする生き物」

 「どうして?」

 「強い生き物はシンプルに頼りになります。そして困難に立ち向かい、それでも瞳の光が消えない者は、これから強くなる余地がある」

 「そう……」


 とはいえゆっくりしている暇はない。早速キャロル用のネックガードを創造して空へ。


 「一つ聞いていい?」

 「なんです?」

 「初めて会った時の印象と、いまの印象がまったく違うような気がするんだけど」

 「外では極悪非道の狂鳥キャラを守らなくてはならないので」

 「キャラなの?」

 「まぁ、そんな感じです。でも世間一般に思われてる狂鳥がどんな感じなのかいまだによくわかってなくて、キャラがブレブレなんですよね。ちなみにどうでした? 最初の印象。怖い感じでした?」

 「そうね。わりと威圧感があった、かな?」


 メロイアンのリーダーたちの対応をする時も狂鳥キャラをやってるから、それなりに自信があったのだが、キャロルの反応を見ていると不安になってくる。


 「忌憚きたんのない意見を聞きたいのですが、正直どうでした?」

 「子供がイキってて滑稽だった。狂鳥だとわかれば、ある程度の怖さは感じたけど」


 マジか……。


 メロイアンのスリートップが信じるくらいの説得力があったのだから、どこでも通用すると思っていたのだが慢心だった。あれはあくまで俺が狂鳥、メロイアンのスターだという前提があって初めて成立していたのだ。もっと演技力を向上させなくては。


 あぁでもない、こうでもないと狂鳥キャラを確立する方法を考えながら飛んだ。キャロルはなかなか肝の座った性格をしているようで、わりと高いところを飛んでいたのだが、泣き言一つ言わなかった。


 体のサイズといい、恵まれない境遇、表情から伝わってくる反骨精神、すべてがジェイと似てる。


 未発達な細胞ベイビー・セルとシナジーがいい個体っぽい。もしダメでもなんらかの仕事を振り分けてあげれば幸福な生活が送れるはずだ。メロイアンには小人もいるし、運がよければ結婚して家庭を築くみたいな展開もある。


 マンデイと合流して、キャロルを預けることに。


 「わかった」


 と、顔色一つ変えずにキャロルを引き受けてくれるマンデイ。やはり頼りになる。



 ブンッ!



 俺の気配を察知したマグちゃんが飛んできた。そして俺とキャロルを交互にみつめてから、言う。


 「なにガあっタ」

 「ファウストがまたなにか拾ってきた」

 「そノ小人?」

 「そう」

 「なゼ」

 「収集癖に理由はない」

 「うン」


 そのうちでいいから、娘たちとは膝を交えてしっかりと話し合いをしたいものだ。すごく誤解されている気がしてならない。


 「ねぇ狂鳥」

 「ファウスト」

 「え?」

 「僕の名前、ファウストです」

 「わかった。ファウスト」

 「なんです?」

 「あんた、もしかして仲間からすっごくなめられてる?」

 「いえ、そんなことはありません。愛されているのです」

 「?」

 「愛されキャラなのです」

 「……、そう」


 確かにまだ俺には目立った実績はないよ。侵略者をボコボコにしたとか、戦争を止めたとか、そんなことは。でもいまからだもん。いまから水の内戦の仲介したり、デルアをゴブリンの魔の手から救い出したりするんだもん。だからなめられてるとか、そういうのは断じてないんだもん。


 いかん、メンタルをリセットするんだ。立ち止まってる暇はない。


 「マンデイ、【オート・インジェクション】の具合はどう?」

 「ネズミの獣人への指導は終わった。でも問題がある」

 「なに?」

 「デルア兵のなかには獣人から針を刺されるのに難色を示す者がいる」


 ちっ。デルアの闇だな。


 いままでたいした危険もなく、デ・マウとドミナ・マウに護られてきた平和ボケした国民。一致団結して立ち向かわなければいけない段階で種族を差別して足の引っ張り合い。深く根差したヒトの特権意識。


 面倒なことこの上ない。


 ネズミの獣人を起用したのが間違いだったか? だが、デルアに来るまで状況がわからなかったんだ。現地の人を教育するよりも【エア・シップ】でネズミっ子たちに教育した方が時短になった。判断自体は間違ってなかったはず。


 いまからデルア兵を教育して【オート・インジェクション】を展開していくのもありだが、それだとせっかく俺につてきてくれたネズミっ子たちとジェイに申し訳が立たん。


 いっそのこと拒否する奴には【オート・インジェクション】を打たないで【兵器】の影響をモロに受けてもらうのも手かな。さすがに死にかけたら頼らざるを得んだろう。だが、そのまえに。


 「ユキとミクリル王子に【オート・インジェクション】を打ってもらっていい? 出来れば公衆の面前で」

 「わかった」


 ユキはデルア軍のアイコンだ。


 対面最強、打たれ強く、最後まで戦い続ける戦場の花。経験も豊富で、見たところ人望も厚い。彼女が【オート・インジェクション】を受け入れればユキを尊敬する兵士たちは追従するだろう。


 そしてミクリル王子は先代の代表者であるアシュリーの生まれ変わりと思われている。この国で彼は、信仰の対象なのだ。


 この二人はデルアの勘所。抑えておけば問題ないだろう。まぁダメな時はまた別の手段を考えてみるか。


 「マグちゃん、毒の生成はどうだろう」

 「間二合ウ。でモ、出シ切ったラ動けなイ」

 「俺と似たようなもんだ。本番は一緒におねむだな」

 「うン」


 今回のゴブリンの対策が計画通りに行けば、俺とマグちゃんは本番でグロッキーになっているはずだ。可能な限り敵の数を削って戦線離脱。本当は最後まで戦いたいが、大量破壊兵器の使用と毒の散布が最も効果的に敵の数を減らせるのだからしょうがない。


 人事を尽くして天命を待つ。後はデルア国民の底力と、マンデイを信じる。


 「ところでマンデイ、ワイズ君はどうなった? うまくいけばヨキと合流できるかもしれないんだ」

 「まだ戻ってきていない」

 「注目していてくれ。ヨキがいれば前線の保持力が段違いに向上するし、リズがいれば敵情の視察が楽になる」

 「わかった」


 本当はもっと安全な選択をしたいのだが、こればかりはしょうがない。


 聖者ワトの手腕、それが優れていたのだ。まったく敵にするのは惜しい。やり方が汚すぎて味方にスカウトする気がおきないのが残念でならないな。


 「で、マンデイ。避難の方はどうだろうか」

 「問題ない。ルドの通路ゲートはすでに晩年のルゥ以上」

 「ルドほど明確なビジョンをもって未発達な細胞ベイビー・セルを打ち込まれた個体はいなかったからな」

 「うん」

 「じゃ、初弾、行ってくる。もし俺が途中で力尽きたら回収を頼むよ。アレは不確定要素が多すぎるんだ」

 「わかってる」

 「あと充分に距離をとるように。巻き込まれたらただじゃ済まない」

 「うん」




 大地を埋め尽くす緑の肉塊。


 共食いしてどんどん力をつけていくゴブリンに時間を与えるわけにはいかず、水攻略用の【兵器】も開発途中だ。


 だから不安定でも確実に敵の数を減らし、【兵器】の効果を最大限に発揮させなくてはならない。最悪、デルア軍とワト軍の衝突の時に俺が動けなくてもいいから。


 創造する力は事前準備で本領を発揮する力。俺がその場にいなくてもいい。望む結果が得られるのならそれで。


 「緊張しているのなら【ホメオスタシス】を打てばいい」


 と、マンデイ。


 「いや、いい。計算上、一発撃つのに体力をすべて使う。最後は気合いがものを言うはずだ。冷静でいるよりは熱い方がいいだろう」

 「わかった」


 俺は最初期に開発して、いまだに一度も使用していなかったスーツを起動した。


 大量破壊兵器のロマン砲、【コメットスーツ】に。

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