第170話 負 ノ 連鎖

 ヨキがいるのならすぐにでも飛びたい気持ちなのだが、あいにく俺にはすることがある。しょうがない、ズッ友にして空友のワイズ君に任せておこう。


 次はファン・マウか。頼みがあるって話だったけど……。


 「久しぶりだね、ファウスト」

 「えぇ、不干渉地帯でお会いして以来ですね。お元気そうでなによりです。頼みがあると聞きましたが?」

 「そうなんだ、実はね――」


 基本的にマイナス思考な俺は、危ない橋を渡るような真似はあまりしない。


 時間の許す限りしっかりと準備をして、安全に戦えそうな局面ばかりを選択している。根が引きこもりのヘタレ野郎だから、痛い思いや怖い目には遭いたくないのだ。しかし認識が甘く、仲間が苦しんでいると自分のことはリスク度外視で行動してしまう。


 ファン・マウという人物は最低にして最強の魔術師の一人であるデ・マウ、そしてデルアという強国を相手に何年も戦い続けてきた強者だ。もちろんリスク・マネジメントはするが、俺の甘い思考回路とはまったく違う。


 例えばもしマンデイやマグちゃんがが敵に捕獲されたら俺は、命がけでも救いに行く。平和な前世を経験している俺は、大切な人が傷つくのを看過できないのだ。なんとしてでもやられるまえに救出しようと考えるはず。


 だが百戦錬磨のファン・マウにとって仲間が傷つくことなど日常茶飯事だ。もちろん仲間を失わないよう最大限の配慮はする。だがそれでも敵の手に渡ってしまえば、無理に救出はしない。


 最も回避すべきシナリオが共倒れだということを知っているからだ。


 「あの日のことは何度も思い出すよ。あの日ほど己の無力さを恨めしく思ったことはない」

 「誰もがそうですよファンさん。人生は思ったようにはいかないものだ」

 「どうしてだろうね。自分のひ孫ほどの年齢の子に言われてるとは思えないよ」

 「一応それなりに人生経験は豊富なので……」


 魔術師のカルト集団【至福の家】の計画は、信者、つまり魔術師を増やして実力者だけが存在する世界を創ろうというもの。しかし、魔術師の数を増やすという目標のかたわらに、もう一つの計画があったのだ。


 「ル・マウとデ・マウの兄弟が凡庸で唾棄すべき人物であったと証明する」

 「なるほど、で、具体的にはなにをしたのです?」

 「ル・マウを超える魔術師をつくろうとしたんだね」


 希代の魔術師ル・マウの魔術習得記録を更新した天才がいる。オスト・マウとヴェスト・マウの双子の姉妹だ。


 【至福の家】はそんな双子に目をつけた。


 「それから先の話を聞くのが怖ろしいですね」

 「本当はもっと早く救いに行くべきだった。でも出来なかった」


 最初に敵に捕まってしまったのはオストだった。いつも一緒の双子ちゃん。二人が揃っている時は障壁の魔術のせいで手が出せない。だから【至福の家】のメンバーは虎視眈々と双子ちゃんを観察し続け、行動をおこした。


 ヴェストはすぐに救出部隊を組むようにファン・マウに懇願したのだが……。


 「一人のために全員を道ずれにするわけにはいかなった。ただでさえ私たちは数で負けてるんだ。総力戦になり、我々が崩れたら正当な魔術の系譜は途絶えてしまう」

 「仰っていることはよくわかります」

 「そうか……」


 これに関してはなにが正しいか、なんてのはないんじゃなかろうか。


 前世でも味方のために少数で突っ込んで戦果を上げた、みたいな英雄譚が存在していた。


 でも冷静に考えたら、その手の話が世間に出回るのって何百年に一度しかないから伝説的に語り継がれるのであって、圧倒的な数の不利を覆して勝ちました、みたいな話が毎年々々あったら、それはもう伝説でもなんでもない。


 ファン・マウの行為が正しかったかどうか、それを正しく判断するのは難しい。ただ、一つ確かなのは、立場が違えば意見は変わる、ということだ。


 デルアとの戦争時に親交を深めた双子ちゃんに関わることだから、この先の話を聞くのは心苦しいというのはあるし、ファン・マウの手腕に疑問を感じないでもない。ファン・マウの立場なら、数少ない魔術師を守りたいという気持ちは当然だろう。


 だが姉妹を誘拐されたヴェストからすると、ファンの行為は許しがたいものだった。


 「それで、どうなったのです?」

 「完全に私の落ち度だ……」


 ヴェストはファン・マウの目を盗み、一人で【至福の家】に乗り込んでしまった。


 「あの子ならやりかねませんね」

 「私もそれくらいのことは想定しておくべきだったんだ」


 オストとヴェストは特殊な魔術を使用する。二人そろって完成する魔術、あらゆる現象を無視する障壁を張れるようになるのだが、一人だとその辺の魔術師より弱い。単身で乗り込んだヴェストが助かる可能性は……。


 「容態は?」

 「奴らはまず自我を潰すんだ。毒や洗脳、魔術の使用、なんでもする。自我、人格が破壊され、操り人形と化した者は、新しい価値観と言語を植えつけられていく。拒否権はない。なすがままさ。自分の世界に存在する知を拡大させ、深める喜びなんてのはまるでないよ。単純作業だね」

 「二人の人格も?」

 「あぁ、見事に破壊されている。飯は食えるし普通に生活はしているけど、なにも喋ろうとしないし表情もない。私の過ちであの子たちの心が死んでしまった。こないだミクリル王子に話したらね、ファウストに相談してみろって」


 双子ちゃんの話が核心に迫ってくるとファンの口調はたどたどしくなり、表情も暗く、かなり苦しそうになった。


 不謹慎だとは思うが、双子ちゃんが殺されていればファンの自責の念はもう少し軽かったのではあるまいか、と思う。


 なまじ生きているから、心が壊された彼女たちと毎日顔を合わせるから、心が日々、少しずつえぐられていく。


 「どこが損傷しているかがわかれば、治せるかもしれません。彼女たちを安全な場所に避難させておいてください」

 「すまないね、恩に着る」

 「困った時はお互い様です。お気になさらず」


 こういう時代だ。誰もが失い、傷ついている。誰一人として欠けることなく活動できているゲノム・オブ・ルゥは幸せな方なのかもしれない。


 「ファウスト」

 「まだなにか?」

 「あの時、私はお前を否定した。しかしお前の方が正しい選択だったのかもしれない」

 「ん?」

 「仲間のために熱くなって街を一つ破壊してしまうくらいの熱が、私にも必要だった」


 うぅん、それは……。


 もしかするとファン、ちょっと鬱みたいになってんのかな。


 「うまくいかないことがあると人は、出来ないこととか、自分に足りないものばかりを数えてしまいます。その結果、自分の長所や美質をないがしろにしてしまう」

 「ふふ、子供の顔でそういうことを言われるとどうもな……」

 「ゴブリン共の処理が終わったら双子ちゃんの治療をしますので、それまでは明るく生活していてください」

 「明るく?」

 「えぇ、おそらく双子ちゃんは自己表現できていないだけで、精神の奥底にはあの子たちの原型は眠っているはずです。陰気な人が介護すると、わずかに残された健常な部分すら傷つく可能性がある」

 「そう……、なのか……」

 「間違いありません。ですから、日々の生活のなかでファンさん自身が楽しみを見出し、明るく健康にオストさんとヴェストさんと接してあげてください。それが双子ちゃんの回復の助けになります」

 「わかった。やってみる」


 最後に俺が言ったことにはなんの根拠もない。優しい嘘、ってやつだ。


 一人で自己嫌悪と後悔にさいなまれながら悶々と双子ちゃんの介護をするのは辛いだろう。だから、だから楽しく生活するように指示を出した。人間というのは簡単な生き物で、楽しいことを探したり楽しいふりをしていると、そのうち本当に楽しくなってくるのなのだ。


 とはいっても、そういう小細工でファンの鬱状態が完治するとは思えない。誤魔化す程度だろう。


 後でマンデイに相談してみるか。鬱状態は治しておいた方がいい。あぁいう状態が長く続くといつか侵略者に呑み込まれる。


 ファンに別れの挨拶をして飛び立つとすぐに、人だかりと土煙が目に入ってきた。何事かと近づいてみると、一人の少年を大人たちがよってたかって殴っているところだった。


 なにしてんだまったく。



 【催幻弾】



 幻覚というのは、その人がもつ潜在意識が具現化したり、感覚を映像化するパターンが多いように感じる。


 【催幻弾】を吸入してしまった生き物は、見たもの、感じたことをそのままの形で受容できなくなるのだ。


 例えば、そんな状態の時に空からマスク姿の男が飛んできて、いままで少年をリンチしていた奴の指をポッキリと折り、肩を脱臼させたとする。


 「いでぇ、いでぇよぉぉおおお」


 こいつらの目に、俺はどう映っているだろうか。


 「化け物だ!」

 「ちくしょー、薄汚れた亜人め! 盗人の肩をもつか!」


 メロイアンのご機嫌でハッピーな民衆に慣れているせいか、シャム・ドゥマルトの市民は大人しく感じるな。メロイアンのお友達なら間髪入れずに殴りかかってくるだろうから。


 「俺のまえで暴力行為をするとはいい度胸だ。そこの子供とおなじように、貴様らも痛めつけてやろう。まずは耳を削ぐ、次に指を一本ずつ落としていって最後は――」


 最後まで言い切るまえに、脱兎のごとく逃げていった。骨のないやつらだ。少しはメロイアン市民を見習ったらどうだろうか。


 ……。


 いや、ダメだ。あれは見習ってはいけない。


 さて、子供を救助するか。


 「立てるか?」

 「立てる」


 少年じゃない。小さな女の子……。違う、大人だ。


 「小人か?」

 「そうだけどなんか文句ある?」

 「いや、まったく。なにがあった」

 「知らない。ここの奴らは人間じゃない生き物が嫌いなんだろ。私の先祖様も、あばずれアシュリーに追い出された。ゴブリンが全滅したらこんな場所、二度と来ないよ……」


 みんなだ。みんな不幸になってる。


 侵略者はなんの目的でこんなことをしているのだろうか。


 「名前は?」

 「キャロル。本名は知らない。ずっとキャロルって呼ばれてる」


 捨てられた動物の目をしている。ゴマと初めてあった時みたいだ。


 「俺と一緒に来るか、キャロル」

 「え?」

 「俺はいま、ゴブリン共と戦っている。人手がいるんだ。協力してくれないか?」

 「ゴブリンと戦う? 正気なの? あ! 黒い鳥人、情け容赦のなさ。あんた……、もしかして狂鳥?」

 「そう呼ばれている」

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