第169話 逆鱗

 マンデイと合流してデルア王国の首都、シャム・ドゥマルトに戻った。


 真っ先に会いに行ったのはミクリル王子。ガイマンの件でカリカリしてて礼を失してしまった。俺がしたのは、立場のある相手にしていい態度じゃない。正式に謝罪しなければ。


 「ミクリル王子、息子は無事でした。先程は我を忘れ、失礼なことを口走ってしまい、本当に申し訳ありません」

 「いや、謝罪するのはこちらだ。すまなかった、お前の気持ちを考える余裕がなかった。ガイマンが無事でなによりだ」

 「王子の懐の広さに心から感謝します」

 「で、どうだった、奴らを見たんだろう?」

 「かなりの数ですが対処できないほどではないかと。策はあります」

 「策とはジェイが使ってたアレか?」


 おっ、伝達のキコはうまくやってくれたみたいだな。


 「そうですが、アレ、【オート・インジェクション】は最後の段階で相手を弱らせる手段でしかない。数を減らすのには別の手段を用います」

 「詳しく聞いても?」

 「もちろん、まずは――」


 ミクリル王子に俺が見た敵の情報と、考えている攻略方法を話した。大量破壊兵器だ。


 「被害が広がりそうだな」

 「ゴブリンを放っておいた場合の被害を考えると安いかと。もちろん安全には留意します」

 「……、わかった、ファウスト、お前に任せる。なにか手伝えることは?」

 「人手が欲しい。優秀な人材が」


 と、いうことで、まず俺が訪れたのは――


 「やぁ、久しぶり。立派になったね」

 「おかげさまで」


 いま現在、二度の【未発達な細胞ベイビー・セル】の打ち込みに耐えた唯一の生物、木樵きこりのアレン君だ。


 最初の細胞、【ヒトの因子ヒューマン・ファクター】でなぜかリザードマンになり、なぜかブレスを吐けるようになり、そしてなぜか毒の爪を手に入れた彼は、二度目の打ち込み、【竜の因子ドラゴン・ファクター】で覚醒した。ヒトにはとても真似できないような怪力、高温のブレス、その上に短い時間なら空を飛ぶことも出来るように。


 男子、三日会わざれば刮目して見よ。


 スパルタの闘将ユキ・シコウの下、実戦経験を積んだアレン君はとんでもなく強くなっていた。稀代の魔術師ル・マウ、ハ・タ・カイなどの強者の雰囲気、選ばれた者の気配を色濃く放っている。


 「今回はマグちゃんの護衛をお願いしたいんだけど構わない?」

 「?」

 「ん? なにか?」

 「いや、てっきり例の件だと思ったから」

 「例の件?」

 「知らないんですか?」

 「なにも。差し支えがなければ教えてもらってもいい?」

 「わかりました。実はですね――」


 アレン君が語り出した話はなかなかに衝撃的だった。


 囁く悪魔と魔王vs俺たち各世界から再構成された勇者たちの戦いは現在、スカウト合戦の様相を呈している。


 より強い個体を味方に引き入れた方が今後の戦いを有利に運べるのだから、我々も戦力になる個体は敵方に寝返らないように注意していた。強い人材が欲しいのは敵も同様であるため、デルア王国の現・最高戦力候補の筆頭であるアレン君は、囁く悪魔も喉から手が出るほど欲しい相手だといえる。


 だから、ユキ・シコウには充分に気をつけるように忠告していた。デルアが保有する戦力のなかで敵に奪われるわけにはいかない人材。対策するのが厄介なエース。それがアレン君とベルちゃんだった。


 ベルちゃんは性格に難があり、現在逃亡中。そしてもう一人のエースは。


 「囁く悪魔が接触してきました」


 デルア領内で勃発した反乱を治めるために派遣されたアレン君だが、そこで囁く悪魔から味方になるように説得された。


 囁く悪魔からは俺の悪行や、デルアの黒い歴史を延々と吹聴され続ける。終わらないのではないかと思うくらい長い時間だ。抵抗しようと思っても体は言うことをきかず、ようやく放った攻撃が囁く悪魔のたった一本の指で止められてしまう。


 「もうダメだと思いました」


 長く続く精神的なプレッシャーに心は疲弊していく。徐々に俺やミクリル王子が憎くなっていってしまう。果たして本当の自分がどこにいるのかが、さっぱりわからなくなる。


 囁く悪魔が言う。


 ――さぁ、俺と一緒に世界を変えよう。


 耳に入る囁く悪魔の声は、ただそれだけが世界中で唯一、正しく純粋で、尊ぶべきものであるかのように響いた。


 「話の展開がまずい方向に進んでいるね。アレン君、もしかして君は……」

 「いえ、安心してください。気持ちは昔のままです」


 完全に心が奪われた。


 囁く悪魔こそが至高にして正義。彼だけがどこまでも澄んだ、真っ当な存在だった。少なくともアレン君の一面、ヒトの心は囁く悪魔に奪われていたのだ。


 「ヒトの心?」

 「僕には心が二つあります」

 「もしかして……」

 「えぇ、竜の心とヒトの心が」

 「そりゃまた」


 ア、アレン君……。


 予測不能の男は、今日も元気に俺の想像の斜め上をいっている。


 「竜の心は囁く悪魔に洗脳されてしまったヒトの心を乗っ取り、暴れました」

 「暴れた?」

 「はい、周囲に人や建物がなかったのが幸いでした。もしあったらと思うと……」

 「そんなにひどかったの?」

 「かなり」

 「そっか」


 強化、いや、竜化? 有効かどうかは不明だが、カッコいい。なんかくすぐられるわ。


 「竜の心と対話したように記憶しています。あの心は幼稚で、邪悪だ」

 「邪悪? となると侵略者の思想を受け入れそうなものだけど……」

 「誰の下にもつかない、誰の言うことも聞かない、自分が気持ちいいことだけをしていたい、それが奴、竜の心です」


 こんなにイカした特徴を活用しないなんてもったいない。


 「心が二つあるというのは感覚的すぎてちょっと実感が湧かないけど、竜化をうまく使えば武器になるかもしれない。竜の心を邪悪だと決めつけて拒否せずに対話できるようにならないかな?」

 「対話、ですか……」

 「秩序と混沌のどちらを選択するかって話なんだけどさ、俺たち側、つまり秩序を選ぶと、なにかと制約が多くなるんだよね。混沌の方が好き勝手に生きていける。特にアレン君みたいな絶対的な力をもっている生き物は。でも竜の心は秩序を選んだ。本当に邪悪なら侵略者と共に暴れる方を選択すると思う」

 「でも……」

 「無理にとは言わないよ。可能ならでいい。竜の心を邪悪で厄介な奴だと決めつけずに、ちゃんと対話してみなよ」

 「確かにファウストさんの言う通りかもしれない。僕は竜の心の表面だけを見て邪悪だと決めつけていた。わかりました、僕、やってみます!」


 キラキラした瞳でそう返事をするアレン君。


 「う、うん。頑張ってね」


 竜の心をもつ多重人格者とかかっこよすぎるし、くすぐられるから、平和的に対話して使いこなせばいいじゃないか、なんて軽いノリで勧めたんだけど想像以上に食いつかれてしまった。そういえば【竜の因子】を打ち込んだ時も悪ノリが原因だったような……。


 まぁいいか、済んだことをクヨクヨと考えても意味がない。仕事だ仕事。


 だが、アレン君と話せてよかった。


 俺はなんと疑いもなくゴブリン共を殲滅する方向で話を進めていたように思う。ゴブリンの事情など考えず、ただ討伐の対象として見ていたのだ。


 だが本当にそれでいいのだろうか。いま、敵に回っているという理由でゴブリンを悪だと断定するのは、傲慢ではあるまいか。


 力をもって生まれた勇者として俺が出来ることは……。


 「マグちゃん」

 「な二」

 「ゴブリン共と対話してみようかな」

 「? わかっタ」


 もちろん、討伐するつもりで動く。


 だが、争う必要がなければ無駄に血を流すこともない。あの無限の食欲だけは対策の必要がありそうだが、厄介な生態だから駆除するのは間違ってる。ゴブリン共がワト軍の天使に強要されて仕方なく戦っている可能性だってあるんだ。


 「マンデイ、【オートインジェクション】の監督をお願いしてもいい?」

 「うん」

 「数が足りないから兵士や戦場に立つものを優先して欲しい。一般市民はしっかりと距離をとり感染しないよう指導も頼む」

 「わかってる」


 奴らを滅ぼす準備はしていく、ただ対話もする。


 「ミクリル王子」

 「どうした」

 「住民の避難を急いでください。ルドさんの通路の魔術、飛竜隊、使えるものはすべて使って迅速な避難を」

 「わかった」

 「それから……、なにかありますか?」

 「ウェンディがお前を探していた、報告したいことがあるそうだ。それとファウスト、ファン・マウを憶えているか?」

 「えぇ、憶えたますよ。ルドさんとオストさん、ヴェストさんの双子姉妹を派遣してくれた魔術師ですよね?」

 「あぁ、彼女もお前を探していた。頼みがあるそうだ」


 頼み? なんだろう。


 「わかりました、聞いてみましょう」


 ゴブリン共は着実にこちらに近づいてきているのだから、あんまり悠長なことはやってられない。だがウェンディの報告は気になるし、お世話になったファンのお願いを無視するわけにもいかないだろう。


 まずはウェンディさんだな。


 「ウェンディさん、僕を探していたとのことですが……」

 「あぁ、ファウストさん。ちょっと気になることがあってね」

 「気になること?」

 「うん、それがね――」


 機動力のある飛竜隊の仕事は多い。


 偵察や哨戒しょうかい、敵情視察はもちろんのことだが、いまみたいな非常時には連絡役、避難誘導など、その高い移動能力が活かせる場所ならどこにでも飛んでいく。


 で、今回ウェンディさんの「ちょっと気になること」は避難誘導をしていた隊員からもたらされた情報に含まれていた。


 「ゴブリンの群れから荷車を引きながら逃げている生き物がいた。黒い犬のような生き物だったと報告を受けているんだけど……」

 「それがどうかしましたか?」

 「いや、黒い犬が引く荷車、もしかしてあの人じゃないかと思って」

 「あの人?」


 黒い犬が引く荷車……。


 はっ!


 「ヨキだ!」

 「可能性はあるかと。現在、北に進路をとっているらしい」


 よし、飛ぶか! いやまて、いま俺が離れるわけにはいかない。


 ゴブリンを減らすために用いる大量破壊兵器はタイミングがシビアだ。遅過ぎればシャム・ドゥマルトにまで被害が広がる。


 ここは一つ頼めないだろうか。


 「ウェンディさん。その黒い荷車と接触して、ヨキさんかどうかを確認して欲しいんだけど」

 「うん、もうワイズ君が飛んで行ったよ。ファウスト君のためだって嬉しそうに」


 おぉワイズ君、君はやっぱりズッ友だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る