第168話 敵戦力
ウェンディさんの言う通りにゴブリンの群れに沿って飛んでいると、ワイズ君と愛竜ミレドのペアを発見した。
「ワイズ君!」
(ファウスト君! 間に合ったんだね)
ワイズ君は
(状況はどう?)
念話の要領はフューリーやマンデイとおなじ、強く念じる、以上。
(見ての通りだよ。すごい数だ。ここ数日でまた増えた。農作地の食べ物をすべて食い尽くしたんだ。家畜もやられてた。いまからまた選別作業が始まると思う)
(選別作業?)
(気持ちの良いものじゃないから見ない方がいいよ。奴ら、大規模な共食いをはじめるんだ)
同種合成か。
(ワイズ君、情報をまとめたい。一度、シャム・ドゥマルトに戻ろう。とりあえず一番近くの拠点、ガイマンがいた場所に集合してくれ)
(わかった。飛竜隊を集めて行くからファウスト君は先に戻っていてくれ)
(いや、先に戻るのはワイズ君の方だ。俺は奴らにプレゼントがある)
(プレゼント?)
(進攻を止めるための毒だよ)
(奴らには近づかない方がいいよ。やるなら僕がフォローする)
(いや、高高度から毒の弾を落とすだけだから安全だよ)
(わかった。手がいりそうだったら言ってね)
(ありがとう。アイツら、投石をしてくるんだろう? くれぐれも気をつけて)
(うん、そっちも)
ワイズ君は敵だった頃は冷静沈着でやたらと飛行能力の高い、ただただ厄介な奴だったが、味方になるとまったく違う。飛竜に乗らない彼は、少し頭のネジが緩んだ愛妻家、しかし一度飛竜に乗ってしまえば彼以上に頼りになる男はいない。
ワイズ君が飛竜隊を率いて避難するのを見守ってから、すぐにフライングスーツ【
そもそも【烏】は敵の邪魔を主眼にしたスーツだ。味方と連携しての総攻撃、敵の足止め、フラストレーションを溜めることによる戦意の喪失などがメインの性悪スーツ。敵の行進を止めたい現在の状況には相性がいい。
ぽんっ、ぽんっ、ぽんっ。
【阿鼻地獄】のグレネード、間の抜けた音とは裏腹に効果の程はえげつない。
気が変になるくらいに体が痛んで
いや、いたな。ゲノム・オブ・ルゥの良心が。あの悪魔、今頃なにしてるんだろうか。ゴブリンに食われたりしてないよな。
まぁ、そんなことにならないようにヨキについて行ってもらったんだ。なんとかかるだろう。だがどんな手をうっても完全に安心することが出来ないのが残念悪魔、リズベットだ。いかん、あの子のことになると急に不安になってくる。
そんなことを考えながら、上空からぽんぽんと弾をうち続けるというアルバイトでも出来そうな単純作業を繰り返していたのだが、これが敵からするとかなり辛い。
すべての弾を使い切ってから撤退しようとしていたのだが、しばらくするとゴブリンの群れに変化があった。
砂嵐が起こり、俺の【阿鼻地獄】を上空に巻き上げはじめたのだ。敵の軍勢のなかに魔法を使える奴がいるのだろう。
ゴブリンって魔法を使えるのだろうか。創作物のなかでは原始的で低能な生物だというイメージがある生き物だ、魔法って感じじゃない。
あるいは同種合成で魔法の方面に成長した個体がいるのかも。それじゃなかったらワト軍の天使が使った魔法の可能性もある。どちらにしろ魔法を使えると判明したのはデカい。
そして、おそらくルゥが使用していた通路の魔術を使用する者はいないだろう、と考察できるのも、何気にデカい。
もし通路の魔術を使える奴がいたのなら、風の魔法で吹き飛ばすなんて面倒なことをせず、弾が効果を発揮するまえにを別のどこかに飛ばした方がいい。わざわざ風の魔法で気体、粉状になった【阿鼻地獄】の対処をしたのには理由がある。それしか使えないからだ。
通路の魔術がないと判明したということは、大規模な魔法や大量破壊兵器を防ぐ手段がないということ。これは美味しい。
とりあえず使っとかなきゃ損だから残りの【阿鼻地獄】をぽんぽんと打ち込んでいく。やはり通路の魔術はない。
じっと観察していると風の魔法の発生は、いくつかの地点から起こっていることがわかってきたが、それ以上見るのは止めた。
望遠鏡のような機能はほとんどのスーツのグラスについているが、倍率を上げると視野が狭くなってしまう。敵が投石、魔法という遠距離攻撃の手段をもっていると判明しているのに視野が狭めるのはアホがすることだ。勇者感ゼロの我々ゲノム・オブ・ルゥの組織理念は安全第一、深入り、深追いはしない。
【阿鼻地獄】がワト軍にどれくらい刺さったのかは不明だが、収穫はあった。これで充分。
先程までガイマンたちがいた拠点に戻り、ワイズ君たち飛竜隊と合流。
ワイズ君とウェンディさんとは面識があるが、他の竜騎士たちとは初めましてだ。デルアと戦争した時は彼らの仲間を何人、何頭も墜とした、ある程度の歓迎は覚悟していたのだが……。
「なぜ、我らが狂鳥と共に空を飛ばなくてはならんのです!?」
想像以上に嫌われているようだ。俺の接近に気が付いていない竜騎士の不満をもろに聞いてしまった。自分の陰口を耳にすると萎えるな。嫌われてるのは理解していたんだけど。
「あなた方が僕を嫌うのにはまっとうな理由があります」
「!? 狂鳥?」
「えぇ。僕はあなた方の友人である騎士や飛竜を傷つけたのだから恨まれるのは同然です。すべてを許せとは言いません。ですが今回だけはどうか僕と一緒に戦ってくれませんか? 過去はどうあれ、現在は心の底からデルアを救いたいと思っているのです」
「……、本当に君が、あの狂鳥なのか?」
「はい、僕が狂鳥です」
口をパクパクさせる竜騎士。そんな気の毒な騎士にワイズ君が優しく語りかける。
「ね? 僕が言った通りだろう? ファウスト君はまだ子供なんだ。それに優しくて仲間想いのいい子だよ。竜騎士の、空を飛ぶ者の
「しかし……」
「信じてくれ、デルアを、僕たちの故郷を救うには彼の力が必要なんだ」
「わかりました……」
渋々と言った感じか。まぁそれでいい。不信感をもつ者には行動で示していくしかないんだ。そういう人には、言葉を重ねれば重ねるほど嘘臭くなり、心が離れていくから。
「どうもありがとう。早速だけど情報を共有したい。大丈夫?」
「あぁ、いいよ」
「ゴブリンのスペックを知りたい」
「うん、まずはね――」
国内に敵が攻め入った時に真っ先に飛んでいって、情報収集と牽制をするのを主な任務としているデルア飛竜隊。優秀なる先遣隊である彼らは特徴的なゴブリンを観察して、分類わけまでしてくれていた。さすがは情報収集のプロ、いい仕事をしている。
まず、ゴブリンの群れの大半を占めるのは、どこにでもいる平凡なゴブリンだと考えて間違いない。たいした戦闘能力をもたず、知能も低い普通のゴブリンだ。奴らは共食いをすることによって合成虫の同種合成を成立させる。
第一段階の合成を成功させた個体を、ワイズ君は【
【兵士】はおおよそ似たような身体つきをしているのだが、第二段階からはもっと特徴的な変化をしていく。そして第一段階の【兵士】とは違い、個体数がグッと少なくなるため、第二段階の合成に成功した個体の周囲には数多くの護衛がついているようだ。飛竜隊の面々はそんな行進の陣形から第二段階のゴブリンを探り当てた。
まずは【
これは見た目上でもわかりやすい。普通のゴブリンの十倍ほどの体躯をもち、洋ナシ型の体形をしているのだ。一見するだけで他とは違うと判別できる。力だけならすべてのゴブリンのなかでもトップクラスで、はるか上空を飛行する飛竜に向かって投石してくるのも【王】だ。
そして飛竜に向かって咆哮してくるのも【王】。ゴブリンの士気のコントロールに関係しているのではないか、というのがワイズ君の見解。
俺も似たような感想をもった。討伐の優先度は高そうだ。
次に【
これも見た目の特徴で判別しやすい。ずんぐりむっくりした【王】とは違い、スマートでひきしまった体をしている。とにかく身体能力が高い個体で、敵の観察のために高度を落とした飛竜に跳びかかり、一撃で
しかし、ただ運動神経がいいだけなら優先度は低いかもしれない。
【競技者】と似た二段階の同種合成を成功した個体として【
【剣闘士】も【競技者】と一緒だ。戦うだけの個体の優先度は低い。
次、【
みんな大好きゴブリン・メイジだ。俺の【阿鼻地獄】を風の魔法で払ったのもこの個体の仕業だと考えて間違いなさそう。ゴブリン・メイジに関してはワイズ君が直々に挑発して様々な魔法を吐かせたらしい。確認したのは風、火、電気、土、水。つまり基本属性のすべてを使えるということになる。
こいつも中々面倒だ。【阿鼻地獄】を払った実績もあるし、魔法の対策が出来ていない兵士はもろにゴブリン・メイジの攻撃を食らってしまう。優先度は高め。
次、【
これは優先度トップの個体だ。ワイズ君とおなじ念話のようなものを使ってきて、大人しく食糧になるように脅されたらしい。念話の範囲はワイズ君より広く、精度も高いようだ。護衛の数やゴブリンの流れからおおよそこの辺りにいるのだろうなという予測はたつものの、個体の特定は出来なかったらしい。おそらく身体的な特徴がないのだろう。普通のゴブリンと一緒か、【兵士】のような体格なのかもしれない。
これだけの情報が集まれば充分だ。
俺がすべきことは直接対決するまえにゴリゴリと敵の数を削り、【兵器】を入れて弱体化。最後にデルア正規軍と協力してとどめを刺す。
こんな感じかな。
直接対決までにどれだけの数を減らすか、それがこの戦いの肝になってきそうだ。
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