第157話 スクランブル

 人はいつから大人になるのだろうか。お酒を飲めるようになってから? 違う。二十歳になってから? それも違う。


 俺はこの問いの答えを知っている。


 人は死ぬまで子供なんだ。子供っぽい部分を捨てきれず、魂のどこかに隠している。


 転生するまえの俺の両親だってそう、酒を飲むたびに変なものを買ってくるマリナスも、新しい知識に触れた千歳の爺さんだってそうだった。誰もが子供の頃の自分を内包して、なにかのきっかけでヒョコッと顔を出す。そういうもんなんだ。


 では海千山千の極道の世界で、組織のトップに登り詰めた奴らはどうだろうか。例外はない。やはり子供の部分をもっている。


 「狂鳥、噂通りの、いや、噂以上の男だ。私も君くらいの歳にこの世界に足を踏み入れたのだが、当時は本当に世間知らずのガキだったよ。君のように立派に立ち回ることは出来なかった。さすがは狂鳥と呼ばれる男。すまないが握手とサインを貰っても? サインは娘の頼みで、握手は無論、私の希望だ」

 「かまわん」


 カリスマ・バーチェット。会談の時は凄みが溢れて止まらなかったのだが、話が終わった瞬間に相合を崩し、いいおじさんに変貌した。急な変化に少し戸惑ったのだが、こういう緩急がカリスマたる所以ゆえんなのかもしれない。


 両親の上司でもあるし嫌われないようにしないとな。そのうちお歳暮的な物も送ろう。俺は前世の記憶をもって再構成されたわけだから、見た目は子供だけど経験値的には完全に大人。常識的な振る舞いをしなくては。


 次に声をかけて来たのはフェロモン値がカンストしてる薬中ババアのサカ。


 「狂鳥、いつでもいいから今度二人で呑みましょうよ」

 「機会があればな」

 「私、執念深い性格なの」

 「ん?」

 「忘れないわよ。クスリより気持ちいい、こ・と」


 おっと【ホメオスタシス】様々だ。危うく失禁するところだった。人生経験だけでいうと、もうおっさんの域に達している俺だが、恋愛経験は男子校の柔道部並だ。油断したら会話のやりとりだけで果てそう。


 「そういえば先程言いそびれたが、ユジーという男を知っているか? 大剣使いのユジーだ」

 「えぇ、わかるわよ。あの子がどうかしたの?」

 「この街に俺直属の部隊を編成する。ユジーの力が必要だ。譲ってくれ」

 「あの子がいいなら好きにしていいわ。でもタダで取っていくのはなしね」

 「取引か。なにが欲しい」


 サカが俺の耳元で囁く。


 「あ・な・た」

 「考えておこう」


 このフェロモンババアには本当に、本当に気をつけよう。


す俺の大事な大事な初めてが奪われる。それも一瞬で昇天させられる自信がある。斬られたことにも気づかないっていうあの達人がするみたいなやり方で昇天させられる。


 次はウォルター坊や。会談の最中、一番ピリついていた男だったのだが。


 「いやぁ、大したもんだな狂鳥。想像を遥かに超える男だった。さすがはデルアのクソッタレを打ちのめしただけはあるゼ」

 「あぁ」

 「うちのファミリーはいつでも歓迎だ。いつでも遊びに来いよ。うちのモンは特に狂鳥一味のファンが多いんだ。一番人気は飛刃だな。なんたってあのクソッタレのデルアのクソッタレのリッツを叩き斬ったって話だからな。そうだ! 今度聞かせてくれよ。狂鳥の英雄譚をな」


 こうやって打ち解けてみるとウォルター・ランダーは気さくなお兄さんといった感じだ。会談の時のピリピリはどこへやら、フレンドリーな好青年のように見えてしまう。


 バーチェットしかりサカしかり、極道のオンオフは本当に怖い。


 このようにして終わった会談の当日からメロイアン再生計画が始動したのだが、俺はお休み。


 なぜって? 【ホメオスタシス】の揺り返しが来たからだ。


 水の不干渉地帯、題して『さよならマンデイ』で醜態を晒した俺はもう黒歴史を作らないと心に誓っていた。小心者の俺はどっしりと構えて動じない他のメンバーに比べて【ホメオスタシス】の揺り返しに弱い。


 だが俺だって数々の苦難を切り抜け、ここまで無事に生き残ってきたしたたかさと精神力がある! 苦手だからどうした。そういうのを乗り越えてこそ勇者だ。


 自信をもて俺! 頑張れ俺!


 「ふぇぇぇえええ、マンデーーーイ」

 「なに」


 今回の会談では実に様々な感情を抑圧していたように思う。


 極道に囲まれ、ソイツらに喧嘩を売るようなことを言ったり、際どい発言をしなければならなかったことによる恐怖と緊張。フェロモンババアのエロエロ攻撃による発情。みんなが俺の案を呑んでくれた時の喜び。様々な感情が入り混じり、乱れていた。


 「うわ、フタマタしゃんだぁ〜。ヨチヨチヨチヨチヨチヨチヨチヨチ」

 「……」


 そんな状態で【ホメオスタシス】を解いた結果、俺の感情はぶっ壊れ、幼児退行のような状態になってしまった。


 「マンデイちゃん、これはどういうこと?」


 と、アスナ。


 「【ホメオスタシス】の揺り返し」

 「大丈夫なの?」

 「しばらくしたら治る」

 「いつもこうなるの?」

 「そう」

 「た、大変ね……」


 この後、【燕】を着てマグちゃんと追いかけっこをしたところまでは記憶にあるのだが、それ以上のことを思い出そうとするとなぜか頭が痛くなる。見えないブレーキがかかってしまったように、なにも考えられなくなるのだ。


 「それは健忘という状態」


 マンデイが教えてくれた。


 「けんぼう?」

 「多大なストレスがかかると人は、自身の精神を保護するために記憶を抹消する。生命を脅かすような状態ではないから不安を感じる必要はない」

 「なぁマンデイ、一つ教えてくれないか?」

 「なに」

 「記憶を抹消しなくてはならないようなことを俺はしたのだろうか」

 「忘れたことは無理に思い出さない方がいい」


 どうやら俺の知らないところでまた暗い歴史が生まれてしまったようだ。




 もっとメロイアンに残ってやりたいことがあるのだが、水も忘れてはならない。ちょこちょこ戻るのは面倒だが、【兵器】の具合も見なきゃならないし、水の情勢を常に把握しておきたいという理由もある。


 ということで三人のリーダーに簡単な指示を出して水の【大風車】へと戻ることに。


 道中、マンデイとこんな話をした。


 『うまくいったのはよかったけど、結局わからなかったなぁ』

 『なにが』

 『いや、ウォルター・ランダーとユジーの種族。ヒトとかなり近い種だとは思うんだけど、なんか違うんだよね。体とかパーツが全部一回りずつ大きいんだ。顔の造形とか雰囲気が微妙に違う気がする。あんなの空想上の生き物でも見たことない』

 『あれは知の世界出身の生き物【頑丈な人類】という種』

 『え? 知の世界の生き物なの?』

 『そう。知の世界には【頑丈な人類】の他にも小人、【大きな顎】がいる。賢く、群れる生物が多い』


 もしかして平行世界みたいなのが存在していて、そこに住んでいた生き物がこの(偉大な世界)に引っ張られて来たのではないだろうか。


 そんな結論で落ち着いていたのだが、もう少しで水に着くくらいのところで気が付いた。


 頭に電気が走るとはまさにこのことだ。すべてのピースが頭のなかでカチッとはまった。


 『マンデイ、あれはたぶんネアンデルタール人かデニソア人だ』

 『?』


 この世界には恐竜も存在している、というのはこの世界に再構成されてすぐ管理者に教えてもらったことだ。


 知の世界、つまり地球で絶滅している生き物が生活していてもなんの不思議もない。


 そういえば前世で小人の骨が見つかったみたいなニュースを耳にした記憶もあるから、小人もネアンデルタール人とおなじパターンだろう。地球で淘汰された種でもこの世界で生き残っている、なんてことはあるわけだ。


 侵略者を討伐してこの世界が平和になったらいろんな生物を探す旅に出るのもいいな。マンモスとかステゴサウルスとかサーベルタイガーなんかロマンの塊じゃないか。だがマンデイとお洋服屋さんをする夢も捨てきれない。いっそのこと旅するお洋服屋さんとかでもいいかも。色んな生き物と触れ合いながらお洋服を売る。いいじゃないか。とても楽しそうだ。


 しかし古代の生物がいるということは、幼少期に図鑑で見た海の化物やバカみたいにデカいサメなんかもいるということ。こりゃいよいよ水中戦だけは避けなければならん。そんな連中と水のなかで戦って勝てるわかがないからな。


 ネアンデルタール人という会えるはずもなかった人種と邂逅かいこうできた喜びと、また化物枠が増えるのかという不安、両極端な感情を抱えながら【大風車】に到着。


 なにかと忙しい身だからちゃちゃっと水攻略の兵器を弄ってからメロイアンに戻ろうとしていると、視界の端に、自然には存在し得ないドギツい赤色が映り込んだ。


 「マグちゃん!」


 俺の意図をすぐさま察した出来る子マグちゃんが周囲を飛行し、索敵をする。


 スキュラのマ・カイとの約束。


 緊急事態が起こった時は赤、黄、緑の板を倒す。ちょっとした変化なら緑、それより少し深刻なら黄色、そして……。


 ブンッ


 「ファウスト」

 「マグちゃん、敵影は」

 「なイ」

 「普段と違うところは」

 「なイ」

 「わかった。すぐに水へと飛ぶ。マグちゃんは俺と来てくれ。なにをされるかわからないから、高高度を飛行する。俺が安全を確認するまでは、絶対に海面には近づくな」

 「わかっタ」


 【エア・シップ】は目立ちすぎる。今回は俺とマグちゃんだけで行こう。


 「マンデイとハクはここに残って【大風車】を防衛してくれ。兵器の進捗具合を確認して、実用化できる最短の期間を算出するんだ」

 「マンデイも行く」

 「ダメだ。いまは状況の把握が先決だから俺とマグちゃんが潜入気味に動いた方がいい。水になにが起こったのかを正しく知らないとリスクヘッジのしようがない」

 「……」

 「すべてが明らかになってからだ。マンデイ、それから一緒に戦おう」

 「……」

 「必ず帰ってくる。俺が約束を破ったことがあるか?」

 「ない」

 「いいか? マンデイはいま出来ることをするんだ。俺が戻ってくるまでに兵器の正しい評価、可能な運用法を探してくれ」

 「わかった」


 後は……。


 「ハク、緊急事態だ。命懸けでフタマタとマンデイを守れ。あっ本当に死んじゃダメだよ? 命懸けってのはあくまでも比喩だからね?」


 やれやれこの間抜け野郎はみたいな表情だ。


 だがわかる。それなりに付き合いが長いからな。


 面倒臭がりな女王様も、やる時にはやる。


 さて、なにが起こったことやら。メロイアンが順調に進み出したと思ったらこれだ。


 マ・カイとの約束。


 赤の板を倒すのは、危険な時だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る