第156話 会合 ノ 続キ
「なにもこの街を牛耳ろうって話じゃない。ただ理解して欲しかったんだ。この能力がある限り俺が金には困ることはないってな」
水を打ったように静まり返る会場。もし【ホメオスタシス】がなかったら、緊張と焦りで気が変になっていただろう。
あぁ、揺り返しが怖い。
「それは理解した。で、狂鳥、アンタの望みはなんだ」
マンデイショックから立ち直ったランダー・ファミリーのボス、ウォルター・ランダーが訊いてきた。この辺のメンタルコントロール、立ち直りの早さはさすがに極道のトップといった感じか。
「メロイアンを誇れる街にする。ただし稼ぎやデルアの待遇はいま以上にするつもりだ」
「狂鳥様がお呼びだと言うから楽しみにしてたが、とんだ茶番だったな。メロイアンを誇れる街にする? ふざけんなよ。そんなことが出来るならとっくにやってる」
とっくにやってるってことは、改善したい気持ちはあるのだろう。ただ現状では不可能だと。
「我々ゲノム・オブ・ルゥはこの街に蔓延するすべての病魔を駆逐する技術があり、デルア王族と獣に太いパイプがある。その上、これからの世界が必要とする物を造り出すことが出来るのだ。貴様らが望まないのなら俺は父と母、使用人だけを救出してこの街を捨てる。この混乱極まる世界で獣とデルアに囲まれてメロイアンが何年生き延びられるかの賭けでもして楽しむだろうよ」
「……」
再びの沈黙。
口を開いたのはカリスマのバーチェット。
「狂鳥、詳しく話してくれないか? パイプってのはなんだ、君が描く絵はどんなもんだ、しっかりと説明してくれないと私たちも返答のしようがない」
そりゃそうだ。
メロイアン再生計画その一。
すべての人に仕事を。
「これからの世界に必要となるのは安価で栄養のある食事、麻薬に代わる鎮痛剤、武器と兵器だ」
「具体的にはなにをすればいい」
「あぁまずは……」
都市の改造だ。
理想とするのは市民の出した排泄物を利用して燃料と肥料を生み出すエコタウン。
住民や家畜が出した排泄物は街に流れる下水管を通って一か所に集められる。
溜まった排泄物は俺が創造した微生物で発酵、ガスを発生させる。それを利用して燃料に。だが、なんでもかんでも俺がしてしまったら俺が死亡なり関与できなくなった途端にこの街は終わる。だから自立という観点からも考えなくてはならない。そのためには……。
「まずは都市の構造を一新する。清潔で明るい街。排泄物を利用したエネルギーの確保による未来的なインフラ、そして栄養満点な肥料によって栽培された高品質な農作物。いままで職にあぶれていた者達には農業とエネルギー産業に従事してもらう。賃金は獲得したエネルギーの利用料として市民から徴収した金から捻出する」
「おい、まてよ。メロイアンにクソッタレのデルアの税制を持ち込もうってか!?」
「いままで貴様らが税制を拒否して好き勝手に動いた結果なにが起こった? 疫病の蔓延、麻薬による市民の退廃、街中には排泄物と吐瀉物が溢れ、安心して子供を育てることも出来ない。権力をもってるから、金があるから関係ないか? 他の土地を見てみろ。侵略者の影響を受けた貧しい連中が武器を手にとり権力者を吊し上げている。なぁ、坊や、自分だけが安泰だとどうして言い切れる?」
「だ、だが……」
「メロイアンの権力者は艱難辛苦に耐え、泥水を啜りながらも懸命にその二本の足で立ち上がってきたタフな奴らだと思っていたが違うのか?」
「なんだと!?」
「これからの世界は侵略者による身内の裏切りや騙し討ちで溢れるだろう。貴様の隣にいる腹心が、ある日突然貴様の胸に刃を突き立てる。飢えた者、貧困に喘ぐ者たちが武器を手に取り権力者に牙を向く。様々な苦境に打ち勝った貴様らメロイアンの頭が、この事態を看過するのか?」
「……」
いままでのシステムではダメだ。内側から組織を壊してしまう侵略者にやられる。
「貴様らは真のアウトローだ。世界の安定期に暗くて汚れた場所で金を稼ぐ害虫。俺はそんな貴様らが好きだ。愛していると言っても過言ではない。なぜなら俺自身も貴様らとおなじ害虫だからな。だがしかし、世界そのものが暗く、深く沈んでしまったら、薄汚れた場所で息をしていた俺たちはどうなると思う?」
答えたのは坊やではなくバーチェット。
「それは違うぞ狂鳥。外の情勢が不安定になれば需要が上がり薬や肉の売れ行きは上がるはずだ。メロイアンにはより金が流れ込む」
「では取引先が潰れてしまったらどうだ。貴様の部下が裏切り金を自らの懐に入れてしまったらどうだ」
「欲に際限はない。一つの取引先が潰れても、また新規の顧客を探せばいいだけの話。それに私の部下は裏切りなどしない」
「メロイアンの周囲の勢力が倫理観を失い、退廃してしまえばまともな取引は出来なくなるだろう。買うなど面倒なことをせずに奪おうとするかもしれない。それくらいの混乱は予測に難くない。それになバーチェット、侵略者の手にかかればいくら信頼されていようと、いくら求心力があろうと無駄だ。血の繋がり、いままでの関係性、そういうのをすべて無視して感化する。誰かが侵略者に呑まれ、そいつに感化された奴が闇に落ちるのだ。負の連鎖は続く。そうやって敵の数は増えていき、気が付けば仲間は一人もいない。侵略者に対抗する手段はただ一つ。恵まれない者達に安定した生活を与え、不満をなくすことだ」
「……」
「都市が完成に近づくまでに必要な金は俺が保障する。誰一人飢えさせないし、誰一人侵略者には渡さない。貴様も、貴様の家族も、貴様の部下も、貴様の友人も、誰一人だ」
「……」
バーチェットは賢い奴だから俺を味方にするメリットは考えてくれそうな気がする。ウォルター・ランダーとサカはどうだろうか。
事前情報ではウォルター坊やは漢気のある奴や、いかにも極道らしい仁義だなんだの話が好きなようだ。サカはそのムンムンなフェロモンにも関わらず立場のせいで男日照りが続いているらしい。さっきのセックスアピールがいい方向に働いていればいいのだが。
「言っていいか?」
沈黙を破り手を挙げたのはウォルター坊や。
「あぁ、言ってみろ」
「うちのファミリーの事件はもう耳に入ってるか?」
事件?
「えぇ、一応ね」
「あぁ、知っている」
なんの話?
「なぁサカ、バーチェット。腹ぁわって話そうや。見栄の張り合いは止めだ」
「「……」」
いかん、なに言ってるのか全然わからん。情報収集が足りなかったか。
わずかな沈黙の後、サカが喋りだす。
「私んところはブツが流されて売人が殺され、何人か消えたわ」
「仁友会も似たようなものだな」
なるほど。
三大勢力が互いに睨み合いながら均衡を保っているというのはアスナの事前情報であった。この会談の場にこれだけの護衛をつけるくらいだから仲良し三人組って感じじゃないと判断できる。弱みを見せれば食われる、背中を見せたら斬られる、そういう風に関係し合いながら組織の運営をしていたのだろう。
話から察するにランダー・ファミリーでなにかしらの事件が起こった。人が攫われたか殺された、あるいは商品が盗まれた、そんなところだろう。そしてメロイアン・コネクションと仁友会も似たような被害にあったものの、弱みをみせないよう隠蔽していた。
「やはりなにか問題があるんだな?」
俺の問いに代表して答えたのはカリスマ・バーチェット。
「あぁそうだ。私はウォルターの意見に賛成だ。どうやら腹をわって話す必要がある。共倒れにならないためにも。サカ、お前はどうだ」
「いいわ。乗った」
バーチェットがパンっと手を叩いて立ち上がった。
「いまからする私の行為、これは私の覚悟だと思って欲しい」
「「……」」
なにをするつもりだろう。
『マンデイ、警戒しろ』
『うん』
ないとは思うけど狂鳥の首を討ち取るのが俺の覚悟、みたいなことも完全には否定できないから一応ね。
「いま私の背後にいるのは仁友会の大幹部。血を分けた親類よりも深い繋がりのある私の家族だ」
「「……」」
「家族を疑うなんてあっちゃならんことだ。そうだろう?」
「「……」」
「だがウォルター、サカ、実に嘆かわしいことに私は、この大幹部のなかに裏切り者がいると踏んでいる。いや、確信している。お前たちはどうだ」
そういうことか。自分の組織の恥部を見せるのはトップとしてあり得ないことだ。これが覚悟か。
「私も一緒ね。元々誰のことも信じちゃいないけど最近は特にひどいわ。誰も信じられない」
「俺もだ。あの事件以降、いや、その少しまえからファミリーのなかに異物が混じっているような気がしてならねぇ」
メロイアンに侵略者の影響がないように感じたのは三大勢力のリーダーが睨みをきかせていたからなんだな。それぞれに不安や疑念を抱えながらも組織を束ね、運営していたんだ。
これはいい傾向かも知れない。大きな抗争がないというのはリーダーの手腕が確かだという証明だし、状況が不安定なら俺の話に乗るメリットはある。好機。
もうちょっと押せばメロイアンは落ちる。
「メロイアンを蝕む害虫の駆除なら俺に任せてくれないか」
と、俺が言うと、サカが反応する。
「なにをするつもりなの?」
「処罰する。これからのメロイアンに不必要な人間だからな。それに貴様らには重大な仕事がある。内側から崩れるようでは話にならん」
「仕事?」
メロイアン再生計画その二。
すべての人に教育と医療を。
「サカ、貴様は麻薬に代わる鎮痛剤を取引してもらう。脳内の伝達物……、コホン、もっと簡単に」
「なに?」
「気にするな、こちらの話だ。安心感や幸福感を与える鎮痛剤だ。常用し続ければ麻薬への執着や依存も減る。アルコールに依存している者には別の薬を準備しよう」
「
「なくならない。貴様はその薬を販売した後、療養所の経営をするのだからな」
「療養所?」
「あぁ、この街に蔓延する病魔を駆逐する療養所だ。すべての人間に仕事を与えたらすべての人間が金をもつ。そして金をもったすべての人間が怪我をし、病気になる。貴様はこの街の医療を独占できる」
「病気の知識なんてないわ」
だろうな。だがそれでいい。
「ランダー・ファミリーにはこの街の防衛と建築、農業を、仁友会には法の執行と治安維持活動をしてもらうのだが、それぞれの組織には学校の運営もしてもらう」
「「「学校!?」」」
「そうだ。街に溢れている孤児を治療し教育していく。メロイアン・コネクションには医療的な知識と治癒魔法を、ランダー・ファミリーは戦闘技術と建築、農業のノウハウ、仁友会は法と戦闘訓練だ。小さなうちから教育することでその道のスペシャリストを育成していく。まずはそれぞれの組織から賢い者を数名選べ。血の聖女マンデイと俺が教育し、いっぱしの職業人に仕立てる。そいつらが自分の組織の連中、孤児に知識を広めていくのだ。最初は俺が支えるが一年もすれば自分達で利益を上げ、運営できるだろう」
……。
反応は……。
「私は構わない。いまのメロイアンには狂鳥ファウストの力が必要だ」
と、カリスマ。
「私も構わないわ。正直、疲れちゃったのよね。どこに裏切り者が潜んでるかわからない状況が。最近不安で夜ゆっくり眠れないの。不眠は美容の敵だわ」
と、フェロモンおばさん。
「学校なんて出来るかはわかんねぇが、狂鳥の案を呑んでもいい」
と、坊や。
「感謝する」
いい感じに話が進んでくれてよかった。
不安要素があるとすれば……。
【ホメオスタシス】の揺り返しか……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます